デスゲーム時代の眼鏡の彼女
否定論理和
裏切り者は誰だ!
彼女には三分以内にやらなければならないことがあった。
「裏切り者は……お前だ!」
時計の針は淡々と時間を刻む。制限時間は刻一刻と減り続け、部屋の外からは獣の雄叫びが聞こえてくる。
彼女は、残された僅かな時間で裏切り者を暴かなければならない。それが、彼女たちが生き残るための唯一の道だからだ。
◇
――時刻は今からおよそ1時間ほど遡る。
彼女は、否、彼女を含む5人の男女は見知らぬ部屋で目を覚ました。あたり一面真っ白で、正確に測ったわけではないが恐らく立方体に近いであろう箱のような部屋、そして壁の一面に吊るされた壁掛けモニター。性別も年齢もバラバラの5人はおそるおそる自己紹介をした結果、ほどなくしてひとつの結論に辿り着く。即ち、自分たちがデスゲームに巻き込まれてしまったということだ。
ここでデスゲームに詳しくない読者諸氏のために簡単な解説を挟ませていただこう。
デスゲームとは文字通り命がけのゲームのことだ。
具体的にこうでなければならない、というルールが決まっているわけではない。単純に危険な内容のこともあるし、ゲームそのものは簡単でも重いペナルティがかけられていることもある。莫大な懸賞金がかかっていることもあるし、単に生き残ることだけを目指すこともある。
そういった命を落としかねないような危険なゲームのことをデスゲームと呼ぶ。
そして時は西暦3024年、人類には空前のデスゲームブームが到来していた。デスゲームは開催頻度、参加者、賞金額に至るまで過去最高水準に達しており、子供向けのマンガ雑誌にはデスゲームに挑む漫画が掲載され、ゴールデンタイムのバラエティ番組には旬のお笑い芸人がデスゲームに挑む様子が中継される。そういう時代になっていたのだ。
「これが最近流行りのデスゲームかぁ……デスゲームなんて、てっきりプロの芸能人とかがやるものだと思ってた……」
5人のうち1人、学生服を着た少女がそう呟いた。他人事のようにも聞こえるその言葉は、現実離れした現状を受け入れ切れていないかのようだった。
「お、落ち着いてください。デスゲームと言ったって最近は安全に配慮されたものが多いんです。一昔前みたいな理不尽難易度のモノは減っているはず……みんなで協力すればきっと全員で生還できますよ!」
初老の男性が皆を落ち着けようとしているが、本人も決して冷静なわけではないらしくさっきから頻繁に自分のささくれを噛んでいる。
「ねえたっくん……あたしのこと、最後までみはなさないでね……?」
「も、もちろんだよまーちゃん……」
20代半ば頃であろうカップルは互いに声を掛け合うが、その声は震えている。
「とりあえず」
彼女は、ズレた眼鏡をかけ直すと、冷静に聞こえるように宣言する。
「あのモニター、あからさまに怪しいです。TVで見るようなデスゲームのパターンなら、脱出のヒントなりルールなりが表示される筈……」
言い終えるのとほぼ同時に、壁掛けモニターに電源が入り仮面をつけた人物が浮かび上がる。
「皆様、どうやら目を覚まされたようですね。私の名前はカーバンクル黄泉、長いので親しみを込めてカクヨムとお呼びください」
ただでさえ仮面で顔が見えないというのに、それに加えてボイスチェンジャーで声を加工しているらしく正体はおろか性別すら分からない。
一般的なデスゲームと違って今回のように参加者に同意を取らないまま開始されるデスゲームのことを闇デスゲーム、略して闇のゲームと呼ばれており、一部で高い人気を誇る一方犯罪と紙一重である。その為闇のゲーム運営スタッフは顔や声等の個人情報を秘匿したがる傾向にあった。
「もうお察しのことと思いますが、皆様にはデスゲームに挑んでいただきます。とは言えやることは簡単。皆様5人の中に1人だけいる裏切り者を見つけるだけです」
裏切り者、その言葉を聞いた瞬間誰ともなしに5人は目を合わせる。
「制限時間は今から1時間、見事裏切り者を見つけた場合皆様を無事元の生活にお返しした上で賞金も出しましょう。ですが……万が一裏切者を見付けられないまま制限時間が過ぎてしまった場合は……」
「……場合は?」
彼女は思わず聞き返した。
「この部屋の外に、特殊な遺伝子改造を施したバッファローの群れを待機させてあります。今は鎮静剤で眠らせていますが……1時間後にはその効果が切れ、皆様がいる部屋めがけて全てを破壊しながら突き進むことでしょう」
◇
――それから彼女たち5人はときに感情的に、時に論理的に議論を繰り返したが、遂に裏切り者を確定することはできなかった。
誰もがバッファローに轢かれて殺されることを覚悟したその瞬間、彼女は徐に口を開いた。
「裏切り者は……お前だ!」
そう言って、彼女は初老の男性を指さした。
「な、なにを根拠に!違うぞ!私は裏切り者なんかじゃありません!」
当然の反論だろう。しかし、彼女は反論するどころか笑みさえ浮かべていた。
「そしてお前だ!あとお前とお前、ついでに私も裏切り者だ!!!」
続いて彼女は学生服の少女、カップル、最後に自分までも裏切り者に認定した。
「どうだ!この中の誰かしらが裏切り者だって言うならどれかしらは当たってるだろ!」
「な、なるほど……いやありなのか?それ」
カップルの片割れ、若い男が思わず疑問を口にすると、それにこたえるかのように再びモニターが動き出す。映し出されるのは仮面をつけた人物、カーバンクル黄泉。略してカクヨムだ。
「くっくっく……お嬢さん、どうやらこんな闇のゲームにあなたのようなパワータイプのデスゲーマーが紛れ込んでいたとはね」
「あなたは裏切り者、だなんて言ったけど、そもそも何についての裏切りなのかも明言してないし誤答をしたらダメなんてことも言ってない。つまりさっきの回答もNOとは言えない筈!さあ、私たちをここから出して!」
カクヨムの口調から付け入るスキがあると判断した彼女は一気呵成に捲し立てる。
カクヨムは暫くの間くつくつと笑っていたが、やがて静かに口を開いた。
「いや、その辺は言わなくてもわかるでしょって言うか……まあ普通にダメですね」
モニターの電源が切れる。瞬間、部屋の外から勢いよく突っ込んできたバッファローの群れによって彼女たちも部屋もバラバラに破壊されてしまったのであった。
◇
「えー、以上がテストデスゲームの結果なわけですが……いかがでしたか?お眼鏡にかなったしょうか?」
瓦礫の中、ボイスチェンジャー越しの声が響く。誰も答えるものなどいないように見えたその場にはしかし
「うーん、悪くないけどちょっとパンチに欠けるかな」
彼女の声があった。
「おや、もう再生されましたか。やはり最新バイオテクノロジーは凄いですね、死んでから復活まで三分しかかからないとは」
「でしょでしょー、これ結構高かったんだよー。まあそれはそれとして……なーんにもない箱型の部屋って確かになんか一発で閉じ込められたなーってのが分かるんだけど、シンプルだからその後あんまり凝ったデスゲームできないんだよねー」
「言われてみれば確かに……今後の参考にさせていただきます。」
会話がひと段落したところで彼女は近くに落ちている布を適当に体に巻き付ける。
「まあこれは私個人の意見だから……他のモニターの人達にも後で意見聞いといてね。旧式バイオボディっぽいから再生まで小一時間かかりそうだけど」
「かしこまりました。それで……もう少しデスゲーム部屋の内見は続けられるのですか?」
「そうだねー。もうちょっと色々見て回りたいから。あ、でも」
彼女はあたり一面をぐるっと見渡すと
「いい壊しっぷりー。うん、このバッファローはオリジナリティあってよかったかなー」
そこまで言い終えて満足したのか、ごろんと大の字に寝転がった。
世は大デスゲーム時代。バイオテクノロジーの発展によって極限まで人の生死が軽くなった時代。これからも彼女は、時代は、多くのデスを積み重ねていくことであろう。
デスゲーム時代の眼鏡の彼女 否定論理和 @noa-minus
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます