深層と封印されし竜

第41話 オオカミ、深層に入る

 俺は今、アルケー大森林の深層に来ている。


 全てはアヴィディーを倒し、ノルとシアを取り戻すため。その為ならばどんな相手であろうと食らいつき、その喉笛を噛みちぎる。


 そんな覚悟でやって来たのだが……


『ハァ、ハァ、また駄目か…』


 これまで、深層の魔物に戦いを挑んだ結果は47戦15勝32敗。それがこの1週間だった。


『層が1つ変わるだけでこんなに強くなるのかよ……』


 前にも近くに来たことがあったから理解していたつもりだったが、それでも甘かった。


『勝てるのが、普通だとEランクの魔物なんてこの階層、どうなんってんだよ』


 そう、俺がこの一週間負け続けた相手は森の上層などによく出てくるような魔物だった。ここの階層の魔物は、じいちゃんの元に行く時に会うオーガなんて目じゃないくらいの強さだった。


 いや、おかしいだろ。動くパターンはアイツらとは変わらない。寧ろ単調でわかりやすいぐらいだった。


 それなのに負けた理由はただ1つ。この階層、阿呆みたいな量のマナが溢れかえっているのだ。


【経験値を100獲得しました。】

【経験値が貯まりました。ナディーのレベルが30→31に上がりました。】

【熟練度が一定に達しました。スキル〈マナ感知〉とスキル〈マナ操作〉のレベルが6→7に上がりました。】


 ほら、今みたいに弱い魔物はここに溢れているマナを取り込み続けるだけでレベルが簡単に上がっていく。


 森の上層だとレベルが1つ上がるのに10年はかかることを考えれば、ここがどれ程異常なのかを知ることが出来るだろう。


 この階層にいるだけでレベルが上がる。その事実が俺がこの階層で弱者である証拠となっていた。


『マナが膨大過ぎて、植物が繁殖しまくっているのが不幸中の幸いだな』


 食料に関しては幸いにもマナの影響により、この森の植物が急成長し、あちこちに木の実などがある為、心配は無かった。


『くそっ、強くなる為にこの深層に入ったのに、こんなざまじゃあ、ノルとシアが……』


 親父と母さんを殺したアヴィディーを倒し、ノルとシアを取り返す。その目標を達成するために、俺はじいちゃんから聞いた伝説の種族【魔人】。


 ある魔人はたった1人で国を滅ぼし、またある魔人は数多の種族を従え国を創り、またまたある魔人は荒れ果てた大地を緑溢れる豊かな森にしたりと、その圧倒的な力を歴史に残している。


 しかし、魔人になる方法は明かされていない為、ひたすら強くなる為レベルを上げるために深層に入ったが、このザマだ。これじゃあ、いつになったら俺が【魔人】になれるのか分かったものじゃない。


『【纏技合マギア】を使えばオークとかもいけるんだけど、時間がなぁ…』


纏技合マギア】を使えば、ギリギリ勝てない奴らと互角に戦うことができる。そう、互角なのだ。


 どうしても勝つにはドンぱち鳴るような派手な魔法も使う必要が出てくる。そんな魔法を俺よりもステータスが格上の魔物が蔓延っているこの深層で使えばどうなるかは一目瞭然だ。


 音や匂い、マナを察知した魔物がどんどんと集まり、勝ちそうになったところで新たな魔物に乱入されるのだった。お陰で追い詰めた魔物を泣く泣く諦めることになり、レベルを上げるのに苦心し、現在この様になっていたのだった。


『鍵はこのスキルだよな…』


 強力な魔法を使わないと魔物に勝てない。強力な魔法を使えば察知されることで乱入され、レベルを上げられない。無茶をして乱入された状態でも戦闘を続けたこともあったが、運良く死にかけるだけで済んだ。偶々生き残っただけであり、普通なら死んでいたのを自覚しているので恐らく次はないだろう。


 強力な力を使わないとこの深層では生きてきけない。それなのに、周囲で戦闘が行われている気配が全くない。これに気づいたのは深層に入ってから3日後くらいだったけなぁ。これはおかしいと思い、辺りを駆け回って戦闘が起きていないのかを調べたときに見たのだった。


 その戦闘に気づいたのは衝撃波を浴びたからだ。慌てて衝撃波が放たれた方向に向かっていくとそのことに気づいたのは少し経ってからだった。


 マナを感じられないのだ。そこにいる筈なのに周囲を漂っているマナと同じ気配しか感じない。


 派手な技を使えば当然、マナは荒れ狂い、周囲に多大な影響を及ぼす。その兆しはある。それなのに、マナを感じないという矛盾。


 あれはきっと【隠密】を使った技術なのだろう。マナを隠し、周りの生物に感知させない技術。


 まず、覚えるのなら俺はそれから始めなくてはならない。この化け物しかいないようなこれまでとは次元が違う世界で生きていくためには。


『て言っても、まだまだ日常生活で意識しながらギリギリできてる感じだから、先は長いなぁ…』


 アイツらは無意識にやっているだろう。さもないと、どちらかが【隠密】に意識を割いた瞬間に負けてしまう。


 そんなに甘い世界なら、親父と母さんも殺されずに済んだだろう。この世界は優しくない。


 それは分かりきったことだ。弱者は全てを奪われるしか無く、強者がそれを奪い、貪る。


 こんな醜い世界で生きていくには強くなるしか方法は無いのだ。


『はぁ、兎に角、【隠密】のスキルレベルを上げることと、常に使って慣れていくしかないな』


 当分の目標を決めた俺は、近くにあった果実を食べると、レベルを上げる為に魔物を探そうとした瞬間だった。


「キシャアーーーッッ!!」


「ピ、ピィッッ!?」


 何処からか、ふたつの鳴き声が聞こえてきた。ん?聞こえるってことは、この近くだな。


 俺は周囲の警戒を始め、マナを体に巡らせ【身体強化】、そして魔法の準備を始めた。


 しばらくしたが、こちらにやって来る様子はなく、何かが逃げ回っているようだった。


『…一応、確認してみるか』


 俺は音のする方向に行ってみることにした。上手く行けば、レベルを上げられるチャンスだ。これを逃す手は無い。


 恐る恐る向かい、茂みの影から覗いてみるとそこには、巨大な大蛇と、1匹のピンク色のスライムがそこにいたのだった。

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