第40話 オオカミ、地獄に進む

〈ナディー視点〉


 不味い!親父から死んじまう!


 気づくと親父の胸にアヴィディーの大剣が突き刺されていた。あれでは致命傷だ。


『クソっ!』


 まだ体が上手く動かすことが出来ないが、そんなことは言ってられない!俺は慌てて親父の元に行こうとした。


『あ…れ?』


 しかし、立ち上がった瞬間、不意にふらっときてしまいその場に座り込んでしまった。


 は?


『動け……動けよ!』


 なんで動かないんだよ!

 心の中で何度もそう叫んだが、俺の体はピクリともせず、ただただ荒い息を吐き出すだけだった。


 何でだ?マナは底を尽きそうだが、まだ残っている。HPもまだ、危険地帯には入っていない!


 それなのに何で……


 このままだと、親父が殺される。それにノルは?シアは?まだ、あのジジイに捕まってる。


 ここで俺が動かないと!俺が助けないと!



『俺の大好きな日常が、大好きな家族が……だから、ここで動けよ。動いてくれ、頼む。頼むから!』


 俺が何度も叫ぼうが、体は言うことを聞かない。さっさと動けよ。動いてくれ……


「なんだよさっきから叫びまくってさぁ」


 気がつくとアヴィディーが俺の目の前にいた。あの大剣を肩にかけており、まだ余力がありそうだったが、体のいたる所に傷があり、息も途切れ途切れ。左腕も肘から先が無く、頭から血が流れていたりとかなりの重症だった。


「あん?動けないのか?ベインはどれほどのダメージを喰らおうとも俺に襲いかかってきたのにか?」


 アヴィディーは不思議そうな表情を浮かべたが、直ぐに興味を無くしたようで真顔になり、肩にかけていた大剣を大きく振りかぶった。


「お前、弱いな」


 そうポツリとアヴィディーが呟き、大剣を振り下ろそうとした瞬間だった。


「──────────ッ!」


 トレントが急に現れ、アヴィディーに攻撃を仕掛けた。根を鋭く突き刺し、植物魔法を発動させ、周りの植物を操り、強力な毒を持ったものをアヴィディーに向かわせるなど、様々な攻撃が全方位からアヴィディーを襲った。


『は?おい、何すんだよ』


 その中、1本のツタが俺の元に伸びてくるとそのまま俺に巻き付き、トレントの元へと俺を運んだ。


「────────」


 トレントが言葉を発すると俺の足元に魔法陣が現れ、回転を始めた。


 まて、この魔法は知っている。確かじいちゃんが遠くからものを転移させる時に──


『おい!じいちゃん!じいちゃんが動かしてるんだろコイツ!ちょっと待────』


 俺は直ぐに気づき、止めさせようとしたが、俺の抵抗虚しくそのままどこかへと飛ばされてしまった。



 ──────────────


〈アヴィディー視点〉


「ちっ、思ったよりも手間取ることになったな」


【繧「繧ク繝サ繝?繧ォ繝シ繝】に込めていたマナがもう切れたからな。後は死にかけの人間に戻ったがトレント程度なら一発で殺せるとおもってたんだが、案外硬かったな……


「さて、それじゃあ最後のお話とするか……ベイン」


 俺はまだギリギリ死んでいないベインへと話しかけた。まだ、魔石を完全に砕いていないからな。


『……ナ…ディー…は…行った…か。…良か…った』


 まだ意識はしっかりとしているようだな。これなら聞きたいことが聞ける。


「アイツを逃がしたのは、あんな紛い物のトレントじゃなくて、あのトレントの主人だろ?」


 トレントは基本、自身の森を守る存在だ。そんな存在が一介の魔物を助ける為に力を使うことはまずありえない。


『あ…あぁ。わ…れが……たの…んだ。念の…為…だった…んだが…な…』


 そう言ってベインは笑ってきた。最後の最後にしてやられたな。


「まぁ、いい。こんな所でやってくるとは……流石、長年人類から恐れられてきた【│影の支配者シャドールーラー】だな。」


 俺は【繧「繧ク繝サ繝?繧ォ繝シ繝】を消すと、頭をかき、ため息をつくとベインに向き直った。


「最後に出し抜かれた結果だ。何か望みを聞いておこう」


 そう言うとベインは少し考え込み、段々薄れている意識の中、ハッキリと答えた。


『まず……ナディー…には、手を…出すな。…アイツから…やって来た場合…は、しょうがない…がな』


「あぁ、いいぜ。俺からはナディーに手を出さないと約束しよう」


 俺の言葉を聞いたベインは一瞬、安堵したが、直ぐに顔を戻し次の要求を出てきた。


『次…に…ノルと…シア…を…解放…して…くれ…ないか?』


 こんなに楽しい殺し合いをした仲だ。要求は全部叶えたいが、それは出来ないな。


「すまんが、そいつは無理だな。ウェスタンが研究材料に使うと言って聞かないんだ」


 ウェスタンの奴、今回の遠征でベインに子供がいるかもしれない。と、そんな事を言ったら大興奮して研究材料に使うと言ってきたからな。


『なら…絶対に…殺さない…事を…約束…してくれ』


「まぁ、それぐらいなら良いか」


 俺が頷くと、ベインは完全に安心しきった表情をし、力を抜いた。


『もう…思い残す……事は無い』


「そうか…ならお前のスキルをいただくぜ」


 俺は拳を握りしめ、ベインの魔石を完全に破壊した。


【経験値を8763獲得しました。】

【アヴィディーのレベルが85→87に上がりました。】

【スキル〈強欲〉が発動します。】

【……成功しました。スキル〈│影の支配者シャドールーラー〉を獲得しました。】



 ──────────────


〈ナディー視点〉


 目が覚めるとじいちゃんの目の前にいた。それに空が暗くなっており、あの時から時間が経過していたのが分かった。


『……じいちゃん、何でこんなことしたんだよ』


「ナディー君……」


 八つ当たりなのは分かっている。でも、言わずにはいられなかった。


『何で俺を逃がした!何で俺だけを逃がしたんだよ!あの時、ノルとシアもいた!親父だってあの場にいた!それなのに……それなのに何で俺だけ生き残らせた!』


 言葉が止まらない。じいちゃんが悪くないことは理解している。でも、どうしても言わずにはいられない。


『あの時、じいちゃんが助けてくれたら他にも誰か助かったのかもしれないのに!親父だって勝てて……死なずに済んだのに!』


 じいちゃんは俺の言葉を黙って聞いてくれた。やがて俺は喋り疲れ、その場に座った。


「…ナディー君。落ち着いて聞いてくれんかのう?まず、ベインが彼奴と戦ってから1週間が経過した」


 1週間。そんなに俺は寝てたのか。疲れた俺はどこかボーッとしながらじいちゃんの話を聞いた。


「まず、ノルちゃんとシア君だか……生きておる」


『!?』


 ノルとシアが生きてる?何で?アイツらが2人を生かしておく理由は無いはずだが……


「ベインとの約束じゃな。ベインが最後に残した言葉じゃ。彼奴もそれを守るようじゃのう」


『それなら今すぐに……』


 ──弱いな。


 俺の脳内にアヴィディーに言われた言葉が浮かび上がった。


 そうだ。取り戻す?今の弱いままじゃ、アヴィディーの元に行っても、殺されるだけだ。でも、ノルとシアがずっと生かされる保証はない。


『くそ……俺にもっと力があったら…』


 今回の事で何度悔やんだのだろう。俺はこの2年間、何をしていた?あのオークを倒してから俺は安心しきっていた。


 もう、この近くの魔物には負けない。なら、余計に力をつける必要も無いだろう。


 そんな風に思ったザマがどうだ?両親を殺され、きょうだいを奪われ、日常も奪われ、俺の全てを奪われた。


 何で万が一を考えなかった?機会なんていくらでもあったんだろう?じいちゃんからの頼みの時危機的状況なんていくらでもあったのに。


『もっと、もっと力があったらなぁ……』


 あぁ、悔やんでも悔やみきれない。俺がそんな風に絶望しているとじいちゃんが真剣な表情を浮かべ、俺に話かけた。


「ナディー君、君は死ぬ覚悟があるかのう?」


『死ぬ…覚悟?』


 何を言ってるんだ?もう、俺には何も残ってない。ノルとシアだってこのままだと殺されて──


「2人を助ける方法があると言ったら聞くかのう?」


 その言葉を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。助ける事が、出来るのか?まだ、俺はノルとシアを諦めずにいられるのか?


『じいちゃん頼む、その方法を聞かせてくれ』


 例え、嘘だろうとノルとシアを助けることが出来る。その言葉を信じるしか、俺にはもう道が残っていなかった。


「簡単な事じゃ。強くなれば良い。ナディー君、君は魔人を知っておるかのう?」


 魔人?聞いたことがない。いや、ゲームとかだと聞いたことがあるが、今までこの森の中だそんな言葉を聞いたことがなかった。


「魔人…伝説で語られている幻の種族じゃ。その力は強大であり、たったひとりで国を滅ぼしたという存在じゃ」


『魔人?どうやったらなれるんだ?じいちゃん、教えてくれ』


 俺はじいちゃんに頼み込んだが、じいちゃんは難しそうな表情を浮かべていた。


「ワシも出来ることなら教えたい。しかし、分からんのじゃよ」


 分からない。あの知識豊富なじいちゃんでさえ、どうすればなることが出来るか分からない伝説の存在。


 そんなのに、どうすればなれるんだ?


「だから、強くなることを考えるんじゃ進化していけばいずれなれる…かもしれん」


 確実かは分からない。でも、それでも希望は見えた。それに強くなるにはちょうどいい場所があるじゃないか。



 アルケー大森林、深層。親父でさえ、行くのをはばかるまさに俺にとっては地獄のような場所。


 そこならば強くなることができる。


『……じいちゃん、ありがとう。じゃあ、行ってくるよ』


 俺はそう言ってこの場を直ぐに去ろうとしたが、じいちゃんに呼び止められた。


「待つんじゃナディー君。」


『何?』


 思ったよりもずっと苛立った声が出た。ノルとシアを助けるのに時間がない。なのにそれを邪魔されるの自分でも思っていたよりもストレスが溜まった。


「1つだけ、約束してくれんかのう?」


『何を約束すればいいの?』


 別にノルとシアの救出に支障が出なければ今は何を約束しても構わない。


「必ず、ノルちゃんとシア君を連れて無事に戻って来て欲しい。それだけは約束してくれんか?」


『……あぁ、ノルとシアは必ず連れて帰る』


 それだけを告げると、俺は深層に向かった。


 ノル、シア。必ず助けるからな。


 ──────────────────


 第二章完


 あとがき

 第2章まで読んでいただき、ありがとうございます!


 これからも、ナディーの冒険を是非お楽しみください!

 面白いと思っていただけたら、フォローと応援、星での評価もよろしくお願いします!


 それでは、また次回も会いましょう!

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