第32話 オオカミ、苦戦する

〈ベイン視点〉

 息子であるナディーが異変を感じた場所に向かってから少し時間が経った。


 あれからずっと【マナ感知】を発動させ、様子を見ているが、ナディーも動きを止めたかと思えば気味の悪いマナの持ち主と戦闘を始めた。


 あいつはいったい何をしているのだ?1のだがどうして戦闘になったのだ?


 チッ!こんなことになるのなら【影】を一体くらい潜ませても……いや、ナディーなら見破ってしまうか。


 詳しい状況を知りたくても確認するすべがないとは……我も家庭を持ったことでボケてしまったか?


『おとーさん!』



 我が考え事をしていたが、ノルが我に呼びかけているのに気づき、そちらを向くとノルとシアが不安そうに耳を垂らし、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。


『おにーちゃん、大丈夫なの?』



 そういえば、ナディーが行ってくると言った時に、こいつらも一緒に行くとゴネたんだったな。


 ナディーは何故か我の【影魔法】も使えるのだから相手が格上だろうと逃げおうせることも出来るだろう。


 しかし、ノルとシアは逃げる手段が存在しない。


 ナディーの近くに居れば何とかなるかもしれないが、万が一を考えると連れていくことは出来ない。


 その為、無理矢理この2人を押さえつけてナディーを向かわせた。


 ノルは我が感じている予感について不安になっているようで先程かは頻りにナディーの無事を聞いてきた。


『安心するが良い。お前達の兄はそこまでやわな鍛え方をさせていない。ナディーは直ぐに帰ってくる。』


 ノルとシアに心配させぬよう我も心配していることを感じ取らせぬよう気を配りながらも、自分自身にも言い聞かせるように落ち着いた口調で窘める。


 すると先程は真っ青だった顔も幾分かマシになり、少しでも落ち着くことが出来たようだった。


『あなた!』


 そうこうしているとトレントのジジイの元へ知らせに行かせたユキが戻って来た。


『おじい様に伝えてきたけど、おじい様も今回はあなたと同じ予感を感じたらしいから協力してくれるって。……でも、森の管理に使っている眷属を使う訳にはいかないから新しく創って3体までしか応援に出せないんだって。』


『まぁ、3体でも増援をくれるだけまだマシだろう。』


 本音を言えばもっと寄越せと言いたいところだがトレントは森の管理が目的で創られた魔物。


 我と協力しているのはそっちの方が森の脅威を取り除けるからであり、我らの脅威を取り除くのに存在している訳では無い。


 仮に我らを助けようとあのジジイに情があろうと森を守ることを優先させなければならない。20年以上前だったか?


『そんな不便な魔物に生まれてしまったわい。』と、笑いながら捻られた忌々しい思い出を今でもしっかりと覚えている。


 ユキからの報告から少しして、住処の近くの木にあのジジイのマナが宿り、ジジイの眷属が目を開いた。


『おい、ジジイ。眷属どもを通じてどうせこっちの状況を覗き見しているのだるのだろう?』


 眷属共は何も答えないが、どうせジジイのことだ。我はジジイの返答が返ってくる前にあることを伝えた。


『もし、————————』


 ————————————



 ナディーが森の上層に行ってから約1時間後、我らの住処に見慣れぬ人間の男が訪れた。


「やぁ、【影の支配者シャドールーラー】。」


 その男は森にやって来るにしては歩きづらい服装をしており、少しばかり派手な格好をしていた。


 その黄色い瞳はまるで獲物を捉えた魔物そのものであり、我から目を離さずに笑みを浮かべていた。


 しかし、その目はどこか淀んでおり、男の黒髪がその男の不穏な気配を表しているようだった。


「初めまして【影の支配者シャドールーラー】。俺はアヴィディー・クルーガー。このアルケー大森林の近くのタンジャック皇国の貴族だ。」



 ——————————————


〈ナディー視点〉


 くそ!コイツマジで面倒だぞ!


 俺はエクスシアの剛腕を避けるながら心の中で悪態をついついついてしまった。


 剛腕を避け終えると俺は【氷付与アイスエンチャント】と【真爪撃】を発動させた爪でエクスシアの眼球目掛けて攻撃した。


 僅かに抵抗があったが、直ぐに無くなりエクスシアの右目を抉ることが出来た。


「グウォォォォォォォッ!」


 エクスシアは悲鳴を上げると俺を振り払うように腕を振り回し、当たりそうになる前に【氷魔法】で足場を造り、それを力の限り踏み込むことで回避に成功した。


「ほうほうッ!素晴らしい!素晴らしいですぞぉッ!」


 エクスシアは俺が離れたことで余裕が出来たのか、抉られた右目を再生しようとしたが、俺が与えた傷には何故か氷が張っており、再生しようにも氷が邪魔をして再生することが出来なかった。


「ガァァァァァァァッ!」


 エクスシアは目が再生できないと悟ると俺への牽制をしながら隙を見て傷をまた抉った。


『うっわぁ……』


 俺は思わず引いてしまい、攻撃の手を緩めるとエクスシアは再び抉った右目にマナを集中させ、右目の再生を急速に終わらせた。


『クソッ!これもダメなのかよ。』


 さっきから手を替え品を替えて攻撃を続けているがどれもことごとくあと少しの所で傷を再生されてしまった。


 氷を張ってしまえば再生が出来なくなるだろうとある程度余分にマナを使いながら魔法を発動したのだが傷を抉って氷を剥ぎ取るという再生が出来るからこそのえげつない方法で破ってきた。


 再生の邪魔をしようと再生をした瞬間、【マナ操作】で一か八か再生の動きを妨害しようとしてみたが、自分以外のマナを操作するのは相手との技量がかなり離れていないと出来ない技であり、エクスシアはそこまでの技量がないのか、意識がないロボットのようなものだから抵抗が薄いのか妨害することが出来た。


 しかし、ウェスタンがそれをさせまいと命令することで、出来なくなってしまった。


 そんなこんなでエクスシアの攻撃を避けながらカウンターで様々な方法で攻撃を繰り返しているのだが、マナの残量が少し怪しくなってきた。


『……【纏技合マギア】は、5分ぐらいか?』


 術式魔法を使うことでマナの消費が大幅に減り、【加速】を使わずに発動できるようになった【纏技合マギア】だが、エクスシアの攻略方法を探っている間に6割程減ってしまい、万が一を考えると5分ほどしか発動出来なかった。


纏技合マギア】を発動すれば更にステータスが上がり、ダメージを与えることができるのだが、上昇したステータスを加味しても一撃か、一瞬でエクスシアを倒すことができる必殺技が放てるわけではないので時間とマナを無駄にしてしまうだけだった。


「グギャァァァァァッ!」


 考え事をしながら戦闘をしており、今の所は避けられない攻撃以外は【加速】を使わずに済んでいるためまだ3分ほど時間が残っていた。


 ワンチャン【加速】込みの【纏技合マギア】ならどうにか出来るか?


 再生が追いつかないスピードで技を繰り出せば削りきることが出来るだろう。


 俺はチラリとウェスタンを見た。


 ウェスタンはこちらの戦闘を記録しているようでこの前の老人が持ってきた水晶を持ってもり、何かをブツブツ呟きながらこちらを眺めていた。


 今のところ、分かっていることは【自己再生】はマナを消費して発動することが出来るスキルで、自動で発動するではあるが再生を初める際には再生する箇所にマナを集中させれば早く再生するすきだということだ。


 今のエクスシアのマナ残量は戦闘開始当初と比べてまだ半分以上は残っていた。


 使い勝手の悪いスキルだと考えていたが、かなり便利なスキルだな。【纏技合マギア】でエクスシアを削り切るのが先か、エクスシアが俺の猛攻に耐えるかの勝負になりそうだ。


 賭けの要素がだいぶ高いので正直に言って不安しかないが他に手は思いつかない。


『【纏技合マギアかげ】』


 俺がその魔法の名を唱えると俺の影から黒い靄が溢れ出し、俺を包み始めた。


 エクスシアは俺から距離を取り、警戒を緩めずにジッとこちらを睨みつけてきた。


「何なのですかあれは!?黒い霧を出す魔法?……いえ、それならあんな少量を出すのは意味が無い。これまでの行動からあの魔物は知能が高いのは証明されている。そんな無意味なことをする筈がない!見たことの無い魔法?スキル?あぁ、調べたい!脳を覗いてみたい!どんな能力なのですかあれは欲しい!あの魔物が欲しい!」


 ウェスタンは俺の魔法を見ると興奮しだし、俺への興味が振り切れてしまったようだ。


「エクスシア!あの魔物を絶対に捕獲するのです!」


 ウェスタンに命令されたエクスシアはまだ黒い靄が晴れていないまま姿が見えない俺への攻撃を再開し、凶暴な右腕を靄に向けて振り下ろした。


「ガァ?」


 しかし、エクスシアが振り下ろした場所にはもう俺は存在せず、靄が晴れるとそこには亀裂が入った地面しかなかった。


「グギャァァァッ!」


 首を傾げたエクスシアだが、突然悲鳴を上げ出した。エクスシアはいつの間にか背中に幾つもの傷が刻まれており、それに気づいたエクスシアが悲鳴を上げたのだ。


「グルルルゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 エクスシアは見えなくなった俺に威嚇をしながら傷を再生しようと背中にマナを集中させた。


「ガアッ!?」


 すると今度は右腕に痛みが走り、右腕の方を向くとそこには黒いボロボロのローブを纏った姿をした俺がそこにいた。


 ローブをよう見ると端から少しずつ崩れており、マナでローブの形を作っているのだと分かる。


『さぁ、ここからは狩りの時間だ。クマ人形、覚悟して挑んでこい。』


 俺の声も【気配隠蔽】の効果でもう聞こえていないだろう。俺は足に力を込め、爆発するような衝撃を感じながらエクスシアへと飛びかかった。

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