第30話 オオカミ、悪夢の行進

『う〜ん、どんなのが良いかなぁ。』


ノルが大きな声を出しながら頭をうんうんと唸らせながら何かを考えていた。その姿に俺はまるで天使の様だと思い、デレデレしながら眺めていた。うん、家のノルは今日も最高に可愛い!


『ナディー兄?ちゃんと考えてる?』


ノルの可愛さにやられて見惚れていると隣からヒョコッっと顔を出したシアにじーっと訝しむような視線を向けられた。


俺達は現在、みんなの2つ名を考えるという遊びをしている。提案したのはもちろん俺で『親父の【影の支配者シャドールーラー】よりもかっこいいのを考えて親父に自慢しようぜ!』と、言うのが始まりだ。


『な、なな、なななぁ、ナンノコトカナ?』


シアの疑いは図星なので思わず慌ててしまい、その姿を見たシアは呆れた様な視線をこちらに送ってきた。


『はぁ。ナディー兄、ノル姉の事が本当に大好きだよね。』


シアの瞳は羨ましい様な、またかと面倒くさそうな、感情を混ぜた目をしていた。


『何言ってんだ。ノルのことも好きだけど、シアのことも俺は好きだからな。』


俺は勘違いをしているシアにそのことをハッキリ伝えると、シアの真っ白な毛並みが急に赤くなり、ボンッ!と音を立てた。


『な、ななな、何、何を言、言ってるのナディー兄!』


体毛と顔を真っ赤に変えたシアは俺に【氷魔法】の【氷結フリーズ】を使い、頭以外を凍らせながら顔を背けるという無駄に器用な行動を一瞬のうちにやってのけたのだ。


『なあシア?恥ずかしいのは分かったから、最近練習した魔法を発動させるのやめてくれないか?ノルだったら中級魔法でもすぐに解除できるけど、シアの魔法だと初級でも解除するのに時間かかるんだからな?』


じいちゃんに魔法を教わるようになってからノルとシアに構ってやる時間がめっきりと減ってしまったのだが、シアは母さんに頼んで魔法を教わり、それを森で積極的に実践していたそうで魔法だけの勝負では俺も兄の威厳を保つためにこっそりと真夜中に魔法の特訓をしているのだ。


……その結果、また寝る時間を削ってしまい、【睡眠耐性】のレベルがまた上がってしまったのは秘密だ。


『よし!決まった〜〜!』


シアが恥ずかしがり、俺は魔法を解除するのに集中していたのでしばらく無言の時間が流れていたが、ノルが俺の2つ名を思いついたようで、魔法の解除が終わった頃に勢いよく俺に向かって飛び込んできてくれた。


『『ぐへッ!』』


魔法の解除に手間取ってしまい、何とかホッとした瞬間に突撃されため、俺は受け止め切ることが出来ず、その勢いのまま、シアに2人で突っ込んでしまった。


俺とシアにぶつかっても、ノルの勢いは止まらず、3人仲良く大きな毛玉になりながらも進行方向に大木があり、それにぶつかったことで何とか止まることができた。


『ノル……お前のステータスだと準備が出来てないとこうなるんだから突撃する癖をマジで治してくれ……。』


『ノル姉〜〜、痛いんだからやめてよね。』


俺とシアがノルに向けて不満を口にしたが、ノルは毛玉から抜け出し、目を回りていたが、俺達を見つけると嬉しそうに歩きて来た。


うん。今度は突撃しない様に気をつけたな。流石はノルだ。賢くて可愛いなんて最強の魔物は親父ではなくて実はノルなのでは?


『おにーちゃん!おにーちゃんの新しい名前。【ノルのおにーちゃん】なんてどう!?』


はい。可愛い。これが俺の妹なんだぜ?狼だから舌を出して尻尾をブンブンと振り回すしか喜びを表現することが出来ないが、この喜びはそれだけでは表すことが出来ない。


なので思わず、ノルの体に擦り寄り、遂にはノルとお互いの体の舐めあいっこをしてしまった。


『ノル姉だけずるい……。』


ボソリと、だが俺とノルの耳にはしっかりとその言葉が聞こえてしまった。


俺とノルはピタリと同時に動きを止めてギギギと機械のような動きで恐る恐る後ろを振り返ると耳と尻尾をしゅんと垂れさげたシアの姿がそこにはあった。


『ま、不味いぞ…』


『シアが拗ねちゃった…』


シアが拗ねた。この事実に俺とノルは顔を真っ青に変えた。シアは普段は温厚でいつもトリップしがちな俺と、元気いっぱいでどこかに突撃してしまうノルに付き合ってくれている自慢の弟だ。


え?兄として弟にそんな苦労をさせるのはどうなんだって?


そんなこと分かってるんだから言わないでくれ。ついついやっちゃうんだよ……



そんな頼れる家の弟のシアだが、時々拗ねてしまうことがある。拗ねてしまうと機嫌を直してもらうのに大変苦労するのだ。


そしてその苦労する時が今である。


『シ、シア。すまん……』


『シア〜〜、ごめんなさ〜い!』


俺とノルがそれぞれ謝罪したのだが、シアはピクリ、と反応したが、それっきり。色々な言葉をかけても反応してくれなかった。


『……僕もナディー兄の新しい名前考えたんだけど、言っていい?』


俺とノルがオロオロしているとシアからボソッと救いの手が差し伸べられた。シアに機嫌を直してもらうには俺が褒めるのが1番なのだが、その話題が向こうからやってきた。


『ああ!どんなのか聞かせてくれないか?』


俺はシアに機嫌を直して欲しい気持ちもあるが、純粋にシアがどんな2つ名をつけてくれたのかが気になり、少しワクワクしながらシアの答えを待った。


『……【灰色の疾風を司りし魔狼】。』


『うん?』


シアの口から聞こえた言葉が一瞬理解出来なかった。灰色の?その後になんて言ったんだ?


俺の脳内が疑問で埋め尽くされてしまい、思わず動きを止めてしまっているとシアの耳と尻尾が更に垂れ下がり、いよいよマナも体外に放出され始め、何かとんでもない魔法を発動しようとしていた。


『い、良いと思うぞ!灰色のナントカ!』


俺は慌ててシアの考えてくれた【灰色のナントカ】を褒めると落ち込んでいたシアのマナに嬉しさが滲み出していた。


『……本当に良かった?』


『あぁ!』


『カッコイイ?』


『めっちゃカッコイイよ!』


シアの問に俺が褒めると段々と声が大きくなり、尻尾も振り始め、垂れ下がっていた耳もピンッと伸びていた。


『やったぁ!』


完全に伸びきったのを確認すると普段のシアからは考えられないようなとびっきりの喜び方をしており、それを見ただけで心が洗われるような感覚になった。


ノルも十分天使だったが、シアもかなりの天使さだ。神は俺にこの可愛すぎる2人を目の前に何かを試しているのだろうか?


それならこの可愛い過ぎる試練に耐えて、立派なノルとシアのお兄ちゃんになってやろうじゃないか!


そんなアホな決意を固めた時、ノルが盛大な爆弾発言をしてくれた。


『えぇ〜〜。そのシアの灰色の何とかかっこ悪いよ。』


その発言を聞いた時、俺は終わったとまず思ってしまった。正直、シアのネーミングセンスには前世の14歳の少年達がかかってしまう病気に近しいものを感じてしまったが、シアの可愛さでスルーしていた。


しかし、ノルは気になってしまったようで、言ってはならない部分を口にしてしまった。



『そう?そんなことないと思うよ?』


俺はまたシアがショックを受けるのでは?と危惧したが、何故かシアはそこに関して自信があるようで、へこたれるどころか、自分のネーミングセンスに疑問を持っていないようだ。


『絶対変だよ!その変な名前。』


『いやいや、カッコイイでしょ。【灰色の疾風を司りし魔狼】。』


『変だって!それに何でそんなに長いのさ。』


『こういうのは長くなっちゃうものだよ?』


『いやいや、シアの付けた名前変だって。ね、おにーちゃん。』


ノルとシアがやいのやいの言っていると急に俺に飛び火してきた。ノル!そこで俺に振るのはやめてくれ!


『サ、サア?ドウナンダロウナ?オレニハヨクワカラナイナア?』


俺がとぼけるとノルが不満そうにしてきたが、ここでハッキリさせるのは不味い。その為、何とかのらりくらりとかわし続けていると【マナ感知】に今まで感じたことがないマナが現れた。


『ナディー、感じたか?』


俺が奇妙なマナを感じると親父も感じたようでいつの間にか俺の隣に佇んでいた。


『うん。何このマナ、これ人間でもないよね。』


生き物のマナにはそれぞれ種族により、特徴のようなものがあるのだが、森の魔物と人間のマナとは明らかに違う種族のマナであり、どこか歪なイメージが感じられるマナだった。


『あぁ、何やら嫌な予感がする。トレントと気づいているだろうが、念の為にユキに知らせに向かわせた。ソイツを殺しに行ってくる。ナディー、ノルとシアと一緒にここで待っていろ。』


親父が嫌な予感がするなんて言うのは初めて聞いた。そんなにヤバい奴がこの森に来たのだろうか。


『いや、俺が行ってくるよ。』


親父が飛び出そうとした時、俺はそれを止めて自分が行くと親父に言った。


『何を言っている?』


親父も俺の発言に戸惑いを隠せないようでいつもなら『馬鹿な事を言ってないで言われた通りにしておけ。』とか、『そんな戯言を言っている余裕があると思うな。自分の出来ることを理解しろ。』と、俺を鼻で笑うことだろう。


しかし、そんなことをする余裕がないぐらいやばいかもしれないってことを表している証拠でもある。


『親父が俺らの中で一番強いんだから俺としては親父にノルとシアを守って欲しいんだよ。そうしたら親父の代わりに俺がそいつを見に行くのが当然だろ?』


その後も頑なに行こうとする親父だったが、最終的に『危ないと感じたら直ぐに逃げる。』、『向こうの出方を伺い、こっちからは絶対に攻撃しない。』の2つを絶対に守るようにとの条件を出された。


この森で何かが起こっている。そんな言いようのない不安を全員が抱えている。俺は転生した最初は色々な場所に行ってみたいとは思ったが、家族みんなで過ごす毎日が今は大好きだ。


この幸せな日々を守る為にも今回の親父が嫌な予感がするという程ヤバい侵入者を退けて日常に早く戻りたい。


そんな淡い願望を抱えながら俺は怪しいマナの持ち主の元へと駆け出して行った。

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