第29話 幕間 悪夢の始まり

〈アヴィディー視点〉

「かはッ!」


 俺はアークを壁に叩きつけながらもう一度聞くことにした。


「なぁ、アーク。もう一度言ってくれるか?お前の言っていることが面白過ぎてつい、投げ飛ばしてしまったじゃないか。」


 俺はなるべく怒っていないことをアピールする為に笑顔を意識しながら話しかけた。

 アーク、お前はそんな奴じゃないだろう?


 そんな期待のようなものを主人が持っていることをアークも理解していたが、良くも悪くも真っ直ぐな男だった。


「……申し訳ございません。このアーク、【影の支配者シャドールーラー】の捕獲に失敗するだけでなく、【影の支配者シャドールーラー】に遭遇する前に他の魔物に遭遇し、撤退して参りました。」


 その言葉を聞いた途端、目の前が真っ赤になり、目の前のアークを嬲り殺しにしたくなるような感覚に俺は陥った。


「……一応、どんな状況だったのかも聞いておこうか。」


 アークはこれまで、俺のやって欲しいことは何でもやってくれた。それにアークの様な有用な奴を殺してスキルを奪う食べるのは勿体ない。


 アークの持っているスキルは俺が欲しいものもあるが、そんな簡単に奪って食べていたら部下もいなくなり、餌が減ってしまう。


 どうにかアークを殺したくなった衝動を抑えながら、森で起こったことについて聞くことにした。


「はッ!まずは─────」








 ─────────────


「なるほど…確かにそれはしょうがないな。」


 報告を聞いてアークが何故、全滅などという大敗をしたのかが理解できた。


「その狼、ユニークモンスターだろうな。」


「はい、間違いなくそうでしょう。」


 俺が話を聞いて思ったことをアークも感じていたようでアークが戦った狼は間違いなくユニークモンスターだと断言できた。


「灰色の狼なんて聞いたことあるか?」


 その問にアークは首を横に振って答えた。


「ベビーウルフなら見たことがあるのですが、あの大きさのベビーウルフは見たことがありません。」


 基本的に狼系の魔物はベビーウルフから進化する際に色が変わる。それは属性によって異なり、赤色なら火属性、青色なら水属性の様に変化する。しかし、灰色に関する基本の属性は存在しない。


 そのため、灰色の狼系のモンスターは生まれたてのベビーウルフしか存在せず、灰色の成体である狼は本来ならば存在しない。


「狼か……【影の支配者シャドールーラー】の子供と考えるのは流石に考えすぎか……」


 アークの報告ではその狼は特殊な【闇魔法】を扱っていたようで、何よりも闇魔法を発動するときには影を媒体として発動していたようだ。そのため、【影の支配者シャドールーラー】との繋がりを感じずにはいられなかった。


「しかし、【影の支配者シャドールーラー】はスノーウルフと共に行動しているのをここ最近見たとの目撃情報が多く寄せられております。一概にも気のせいと言い切るのは些か共通点が多すぎるかと。」


「アークの言う通りだな。一概にも気のせいとは言えない何かを感じる。」


 灰色の狼が【影の支配者シャドールーラー】の子供なんてバカなことを考えてしまい、一蹴しようとしたが、共通点が多いこともあり、考え直してみると明らかに気になる点が多すぎた。


 まずは、特殊な闇魔法。アーク報告と【影の支配者シャドールーラー】の情報が重なっており、現在この闇魔法を使っているのはこの2体だけだ。


 それからアルケー大森林に生息していること。狼系の魔物であること。など、考えていくと明らかに重なっている点が多すぎる。


「それではこの魔物も捕獲対象に含めますか?」


「……いや、まだ含めるのは後でいい。」


 アークはこの魔物も次回に向かう時に捕獲するかどうかを確認してくれたが、恐らくしなくていいだろう。


「は?何故でしょうか?」


「考えてもみろ。その魔物と【影の支配者シャドールーラー】、使うことの出来る魔法が同じなのなら【影の支配者シャドールーラー】の方を奪う食べた方が美味しいだろう?」


 それにアークが持ってきた【記録水晶】に記録されたマナを読み取ったが、今の状態だと強く美味しく感じない。そのため、アークの部隊を壊滅させた灰色の狼を殺そうとと食べようとしようとは全く思わなかった。


「かしこまりました。それではあの魔物は捕獲はしませんが、【影の支配者シャドールーラー】の捕獲の際に邪魔になる可能性がございます。この魔物がまた我々の前に現れた際に足止め、または討伐をする部隊が必要になりますが、いかがいたしましょう?」


 アークは俺の返答に口を挟むことなく頷いたが、討伐隊を編成するべきだと進言してきた。

 それを聞いた俺はなぜだか愉快な気持ちになり、つい大声で笑ってしまった。


「クハハハハッ!そんなにその魔物が襲ってくるのが怖いのか?負けたわけではないだろう?」


「し、しかし!私は大丈夫ですが、部下たちではそうはいきません!【影の支配者シャドールーラー】の捕獲は私一人では不可能です!」


「なんて部下思いな良いニンゲンなんだ、アークお前って奴は!」


 やや芝居がかった動きをしながら俺はアークに近づき耳元で囁いた。


「安心しろ。最近、【ヴァーチェス教】の奴らから面白いオモチャを貰ったんだ。ソイツをその魔物の足止めに向かわせる。」


「オ、オモチャですか?」


 ヴァーチェス教


 聖神ヴァーチェスを最高神とし、人間の救済を謳い、神に祈りを捧げ、と呼ばれる純潔、節制、慈愛、勤勉、忍耐、人徳、謙虚に関するスキルの獲得を信者に呼びかけている。


 魔物は悪神サインによって生み出された生物であり、この世界の滅亡を企んでおり、それを防ぐため、魔物を滅ぼすべきであると騒いでいる宗教だ。


「ヴァーチェス教の奴らはどうやら魔物の改造実験をやっているようでな、その試作品をプレゼントしてくれたんだよ。おい、入れ。」


「おや?もうよろしいのですか?」


 俺が呼びかけると部屋にある扉のすぐ近くからやたらと気持ちの悪い男の声が聞こえてきた。扉が開くと白いフードを被った男が現れた。首元には金色のロザリオがチラチラと見え隠れしていた。


「これはこれはアヴィディー様、この度は我々の研究にご協力いただき、誠にありがとうございます。私共としてもこの『聖獣製造計画』の聖獣試作機をそろそろ試してみたいと思っていいたところなのですよ。」


 男はやたらと胡散臭い礼を述べながら俺に近づき、恭しく頭を下げた。


「アーク、紹介する。このいかにも胡散臭い男が今回、俺にオモチャをくれたヴァーチェス教の司祭、ウィスタンだ。」


「アーク様ですか、どうも、ウィスタンでございます。以後お見知り置きを。」


「どうも、アークと申します。……アヴィディー様、この者が作った聖獣とやらであの魔物の足止めを行うのですか?」


 アークはウィスタンの胡散臭い言動に一瞬、眉を顰めたがすぐに表情を戻し、この男は信用できるのかどうかを聞いてきた。


「大丈夫だ。こいつの研究を見てみたが、どれも面白いものばかりだった。お前の話だとCランクより少し上ぐらいだろう?それなら討伐することもできるらしい。そうだろ?」


「ええ、はい。Cランク程でしたら一体までなら倒すことが可能でございます。ええ。」


「だ、そうだ。それに今回はこの俺もアルケー大森林に行く。」


「なりません!」


『俺もアルケー大森林に行く。』この言葉を聞いた瞬間、アークが珍しく取り乱した。


「まだ【影の支配者シャドールーラー】の強さが確認できていません!そんな状態でアヴィディー様にもしものことがあったら———」


「黙れ。」


 俺は【威圧】を発動しながら一言、静かに言い放つと周りは途端にシンと静まり返った。


【威圧】を発動したことで自然とマナが溢れ、膨大なマナの濁流に部屋に溜まっていた書類が床にバラバラに散っていった。


 俺の怒りを感知し、ウィスタンも動きを止めており、アークに至っては顔を青ざめていた。


「これは決定事項だ。アーク、お前に口を挟む権利は無い。」


 俺はアークの元に歩み寄るとアークの顔を踏みつけた。


「も、申し訳ございませんでした……。」


 アークは苦しそうにしながらもしゃざいの言葉を口にした。


「いいか?もう一度確認だ。次のアルケー大森林への侵略、俺もお前と同行する。異論は無いな?」


「はい……異論はございません……。」


 俺はアークが同行を認めたのを確認するとアークの顔から足を降ろした。


「ウィスタン。」


「なんでございましょうか?」


 俺が呼びかけるとウィスタンは跪きながら俺の呼び掛けに答えた。


「聖獣は何体出せる?」


「はッ、例の魔物の足止めに使うのも含めて5体までならお貸しすることが出来ますよ?」


「それなら一体を足止め、4体を【影の支配者シャドールーラー】の捕獲に使う。アーク、部下に聖獣も連れていくことを伝えておけ。仲間内で揉められると面倒だ。」


「はぁッはぁッ……わ…かり…まし…た。」


 アークは俺に踏みつけられたことで息絶え絶えになりながらも返事をし、命令を遂行するために直ぐに執務室を離れた。


「それでは私も聖獣の準備に取り掛かるのでこれで。」


 ウィスタンも聖獣の準備をするためにもう一度俺に恭しく礼をしてから部屋を出ていった。


「はぁ……今回はとんだ災難に見舞われたな。」


 俺は2人が出ていったのを見届けた後、アークを投げ飛ばしたり、【威圧】を発動したことで溢れ出たマナの濁流に巻き込まれ、部屋に散らばった書類を集め終えると椅子に深々と座った。


「……しかし、【影の支配者シャドールーラー】……。ようやくお前に逢いに行くことができる。」


 まるで長年会うことが出来なかった恋人にようやく会いに行くような気持ちだ。


「あァ、オ前ハどンな姿をシてイルンだ?ソシテお前のトク殊なヤミ魔法。ドンなマ法ナンダ?アァ、ハヤクアイタイ……」


 その渇望は止められない。止まることが出来ない。まるで砂糖を見つけたアリの様に、飢えた獣が死肉を貪る様に……


















 飢えた悪魔は獲物を食べる時を今か今かと待ちわびている……。






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