第26話 オオカミ、人と出会う

「フォッフォッフォッフォ。ナディー君は魔法文字を覚えるのが早いのう。」


『う〜ん、でもまだ覚えていない魔法文字がかなり多いから全然使える術式魔法が少ないんだよ。』


 トレントの元で術式魔法を学習し始めてから1ヶ月が経過した。トレントから術式魔法を習うのは楽しいが、トレントは偶に俺の術式魔法の特訓の成果を確認しようと眷属を使い、深層序盤の魔物か、深層にギリギリ近い場所に生息しているようなヤバい魔物の所へと俺を連れて行く。


 逃げようとしても俺に付いてくる眷属は3体以上おり、俺1人では決して倒すことが出来なかった。


 それに森を守っている眷属達を倒すことは後の俺の倒さなければいけない魔物が増えるので倒した所で俺への被害が増えるだけだったので倒すことが出来ないのが悔しかった。


 そんなこんなで俺はトレントからの過酷な試練を乗り越えながらも術式魔法を楽しく学んでいたのだ。


『ねぇ、じいちゃん。じいちゃんが眷属達に使っている魔法文字って何?』


 俺はこの3ヶ月でだいぶトレントと親しくなり、今ではじいちゃんと呼ぶようになっていた。


「うん?【眷属誕生バース・オブ・サーヴァント】のことかのう?」


『そう。あれって一応魔法生物でしょ?でも、じいちゃんの魔法が凄いからずっと生きているだけで生命を付与、もしくは自律するようにさせる魔法文字を使ってるでしょ?』


 術式魔法の利点は相手に何を刻んだのかがバレないことだ。もちろん魔法を撃てばバレるだろうが、魔法陣の状態では相手には魔法文字がモヤがかかったように見えるため、相手が仮に魔法文字を知っていてもパッと見ただけでは対策をとることはできない。


 だから今まで散々じいちゃんの【眷属誕生バース・オブ・サーヴァント】を見てきたのだが、なんで眷属達が自分から動いているのかが分からなかったのだ。


「ほぉ。流石はナディー君じゃ。君が予想している通り、ワシは【自律】の魔法文字を刻んでおる。まぁ、マナを使って動いておるが、この森はマナが豊富じゃからな。魔法を発動さえ出来ればあとは勝手に動いてくれるんじゃよ。」


『へぇ〜〜。』


 そんな便利な魔法文字があったとは。俺が素直に感心しているとじいちゃんは少し不思議そうにしながら俺のこを見ていた。


「ナディー君。どうして急にそんなことを聞いてきたのじゃ?」


『俺も魔法生物を自分で作ってみたいんだよ。』


「ほぅ、それはまたどうしてなんじゃ?」


 俺が【自律】の魔法文字を聞こうとする理由を話すとじいちゃんは興味深そうにさらに聞いてきた。


『単純に深層の奴らと戦うなら今の状態だと1人だと難しいからだよ。』


 そう、深層の魔物級は化け物しかおらず、眷属を何体か貸してもらってこれまでどうにか倒してきた。しかし、それで倒せるのも一体だけてあり、眷属も何体か倒されてしまっている。


 これからもこの森でそんなヤツらが出て来るのならこれ以上じいちゃんの魔法生物に頼っていると数が足りなくなるときが来る。


 ならば俺が魔法生物を作れるようになればいい。理想としてはずっと動くようなものでなくてもその場で直ぐに作り出せるものがいい。


 そんなことをじいちゃんに伝えるととても嬉しそうにしていた。きっと俺が少しでもじいちゃんの負担を減らしたいと思ってくれていると考えたからだろう。


 実際に減らしたいのは俺の負担だが。


「フォッフォッフォッフォ。ナディー君はとてもいい子じゃのう。なら分かった。ワシの【眷属誕生バース・オブ・サーヴァント】をしっかりと教えるからナディー君なりの魔法を作ってみるのじゃ!」


 ───────────


 そうして俺とじいちゃんはワイワイと話し込み、およそ1週間ほどで魔法陣を完成させることができた。


「ナディー君、早速試してみるとよい。」


『うん。じゃあ、早速やってみるよ。』


 俺は少し緊張しながらもどこかワクワクしながらさっきできたばかりの魔法陣にマナを流し始めた。


『【影人形ドッペルゲンガー】』


 俺がマナを込めると魔法陣は怪しく光始めた。光は段々と増していき、最大限に光ったかと思うと唐突にその光は止み、魔法陣の上には黒いモヤモヤした煙を出している真っ黒いオオカミが立っていた。


『じいちゃん、これって?』


 俺は恐る恐るじいちゃんに魔法のできを聞いてみた。これは俺としては成功しているように見えるのだが、じいちゃんの方が魔法に関してはよく知っているため、いつも魔法を新しく作った時には判定してもらっている。


「うむ、よく出来ておる。この【影人形ドッペルゲンガー】は成功しておるのう。」


『本当!?』


 俺はじいちゃんから【影人形ドッペルゲンガー】の成功を確認してもらうと嬉しくなり、じいちゃんに近寄った。


「これこれ、そんなに興奮せんでもワシはここから動けないんじゃから逃げたりせんよ。」


 俺は自分の現状を確認してみると尻尾もブンブンと振り回し、舌も気づいたら口から出ていた。


 そんなに興奮していたのかと気づいたら途端に恥ずかしくなり、慌ててじいちゃんから離れた。


「フォッフォッフォッフォ。ナディー君は本当にめんこいのう。それに【影人形ドッペルゲンガー】の発動は成功したのじゃが、どんな効果があるのかはまだ試してみておらんじゃろう?早く試してみたいじゃろう?」


『あ!?そうだった!』


 俺はまだ試していなかった【影人形ドッペルゲンガー】を試そうと嬉々としながら魔法の性能を確認していった。


 ────────────


「ふむ。これは中々便利じゃのう。」


『自分で作っておいてなんだけどよく作れたよね。』


 俺とじいちゃんは【影人形ドッペルゲンガー】の性能に思わず唸っていた。


「この魔法生物の強さはこれで限界かのう?」


『うん、今はどう頑張ってもDランクくらいが限界。これ以上強くしようとすると数を減らしてマナももっと沢山込めなくちゃいけない。』


「ううむ。しかし、Dランクの魔法生物をこれ程生み出せるとなると下手な魔法より恐ろしいのう。」


影人形ドッペルゲンガー】を調べてみると色々な事が分かり、気づいた頃には俺とじいちゃんは大量に佇んでいる、影人形──影達を見ながら唸っていた。


「まさかこれ程の量を作るのにマナをほとんど消費しておらないとはナディー君、君は一体どんな魔法文字を刻んだのじゃ?」


『いや、俺としてはじいちゃんにと話し合った通りに魔法文字を刻んだだけなはずだけど……。』


 そう言いながら俺も自分のことを疑っていた。そうでなければこの異常な数の影達をどうやって生み出したのだろうか?


 やったのは自分だが、どうやったら出来たのかは自分でも分からなかった。俺は唸っていたが、1つの可能性に気がついた。


『……もしかしたら、【影魔法】のせいかもしれない。』


「なぬ?【影魔法】かのう?」


 影魔法は俺と親父しか使えないユニーク魔法でその詳細は謎に満ちている。じいちゃんが魔法生物を作る時には媒体を必要とした方がマナの消費が少なくなると言っていたが、それでも普通の魔法の数倍のマナを使うと言っていた。


 それは媒体だけでは足りない体を動かす部分をマナから作り出すためであり、さらにマナの消費を減らすのであれは媒体を生物に近い形にしなければならない。


 しかし、影ならばどこからでも取ってくることができるし、何よりも量に限界がない。

 そのため、本来不足部分を補うはずだったマナを消費しなくてもいいため【影人形ドッペルゲンガー】のマナ消費量か恐ろしく少ないのだ。


 しかも、【自律】の魔法文字の効果で細かい制御をしなくてもいいいいので後は命令するだけで勝手に動くという夢のような魔法が出来てしまった。


「ううむ、これ程の魔法を使えるのならばナディー君にあれを任せてもいいのかもしれないのう。」


 俺と一緒に魔法の効果に驚いていたじいちゃんが何やら唸っており、また何かを手伝わされるようだ。


『な、何?またアシッドゴブリンみたいな奴じゃないよね?』


 アシッドゴブリンは食料を手に入れることが出来なかっゴブリンが毒を喰らい、その毒に耐え、進化したことで生まれた魔物だ。


 うっかりアシッドゴブリンが吐いた毒に掠った時には体毛が溶け始めたので慌てて氷魔法で凍らせたぐらいだ。


 あの魔物と戦うぐらいならオーク10体と戦った方がマシだった。もちろんオークは普通の個体だ。俺が身構えているとじいちゃんは笑い始め、枝を使い器用に腕を振るような仕草をした。


「もうこの森にはあんな奴らは居ないのう。

 ちと人間が侵入しておるのじゃよ。しかもかなり深くまで来ておる。」


『人間?何でさ。いつもは浅い所で薬草とか取っていくだけでしょ?』


 俺はじいちゃんの言葉に疑問を持った。ノーラのことはじいちゃんには話してあるので人間と言ったということはノーラではない。


 他の人がどんな時に森に入ってくるのかを聞いたことがあるが、大体は浅い所にしか行かないようで、1番深くに潜っても中層の序盤で精々だ。


 そんな人間が奥深くまで潜ってきている?その事に違和感を持ったのだ。


「どうやらある魔物を探しているようじゃのう。」


『【生命管理】で何の魔物を探しているのか分かる?』


「どれどれ、ちょっと待っておれ。」


 じいちゃんは細かい会話内容を聞き取るために少し集中し、聞き終えたかと思うと何やら難しい顔をしていた。


「……探しているのはどうやらベインのようじゃ。」


『親父?何でさ。親父に勝てる魔物だっていないのに人間が親父を探してんのさ。』


 俺の中ではまだ森の中しか見ていないが、親父が最強だと考えている。そんな親父だが、面倒事が嫌いなため、基本的に家族の誰かが頼まないと受けてくれない。


 それこそじいちゃんはマシな方で偶に知恵のある魔物がやってくることがあるがそんな奴らは大体偉そうに振る舞うため、親父の前に現れた瞬間に経験値に変わっている。


「すまんのう。何やら詳しい話はしておらなんだようでのう。ベインを探しており、どこかへ連れていこうとしていることぐらいしか分からなかったのう。」


『親父なら大丈夫だろうけど、でも、確かにそれなら【影人形ドッペルゲンガー】の練習にはちょうどいいかも。』


 そう言うと俺は無意識に口角を上げていた。それに気づくことなく【影人形ドッペルゲンガー】を早く実戦で試してみたいとワクワクしているとじいちゃんは呆れたような表情をして俺のことを見ていた。


「……ベインと中々普段の性格が似ていなかったからユキちゃんにだと思っておったのだがのう。戦いになると楽しそうにするのはベインとそっくりじゃのう。」


 しかし、そんな声が俺に届くことはなく、【影人形ドッペルゲンガー】を試すために急いじいちゃんから人間がいる場所に聞き出し、そこへと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る