第25話 幕間 不穏の予兆

「なぁ、まだアイツを連れてくることが出来ないのか?」


「は、申し訳ございません。現在までにアルケー大森林より【影の支配者シャドールーラー】を捕獲したとの報告は入っておりません。」


 タンジャック皇国、北の果てに存在するクルーガー伯爵領地。そこでは1人の執事と男が会談を行っていた。


 クルーガー伯爵には様々な黒い噂が存在する。

 ──曰く、彼は人の皮を被った悪魔だ。


 アヴィディー・クルーガーは幼少期に母親からペットとして魔物を貰ったことがあった。その魔物はとても珍しく、人懐っこい性格であり、幼少期のアヴィディーにもすぐに懐いた。


 アヴィディーも自分に懐いてきた魔物のことをとても可愛がり、それを周りで見ていた者達はアヴィディーと魔物が仲良くしている姿に癒され、いつまでも続くものだと思っていた。




 事件が起きたのはアヴィディーが10歳になった時の事だった。祝福の儀を受け、魔物と戦うことができるようになったアヴィディーはレベルを上げることに固執するようになった。


 アヴィディーは自身がどんどんと強くなっていく感覚に酔いしれ、ひたすらに強くなるために領地の近くにある森に毎日入っては怪我をする日々が続いた。


 そんなある日、アヴィディーの父親はそんなアヴィディーに耐えかねて自宅からの外出を禁じた。


 アヴィディーは森に入り、レベルをあげることが出来なくなると部屋でペットの魔物と遊び、前までのように怪我をすることも無くなった。


 周りの人々は以前のようなアヴィディーに戻ったと喜んだ。しかし、アヴィディーは依然としてレベル上げに固執しており、外に行くことができない日々に悶々としていた。


 そんなアヴィディーはある日、決して思いついてはならないことを思いついてしまった。


 その夜、アヴィディーのペットの魔物が何者かに惨殺された。

 犯人の捜索は約1ヶ月ほど行われたが証拠は見つからず、謎の事件として扱われ、いつしかみんなの記憶から忘れ去られた。


 しかし、事件はそれで終わりではなかった。

 事件から2ヶ月後にはアヴィディーの侍女が殺害された。


 その後は執事、騎士、料理人と様々な被害者が出たのだ。被害者の共通点はたった一つ。いずれもクルーガー伯爵邸で起こった事件であり、犯人はクルーガー伯爵邸で生活をしている者の中にいることだった。


 アヴィディーは犯人に狙われては行けないという当時の当主の判断から別邸に移すことになった。


 アヴィディーを別邸に移してから事件はパタリと起きなくなった。そのことにクルーガー伯爵邸の者たちは喜び、1部の人間は不信感を感じた。


 不信感を感じた1人の騎士は夜、別邸へと忍び込み、アヴィディーの様子を見た。アヴィディーがいた時には事件が起こっていたのにいなくなった途端、無くなった。


 もしかしたらアヴィディーが事件の犯人ではないのか?騎士はそんな疑問を持っていた。勿論、本気で信じているわけではなく、むしろ信じたくないからこそアヴィディーの様子を見て犯人はアヴィディーではないと信じたかったために別邸へと潜入したのだ。


 アヴィディーの部屋の前に着いた時、騎士は違和感を持った。ここに来るまでに人に遭遇することがなかったのだ。


 潜入なので出会ったらダメなのだが人の気配が全くしなかったのだ。騎士は顔から垂れ落ちる汗を拭いながらアヴィディーの部屋を覗いた。この時、騎士は覗かなければ良かったと一生後悔するとは知らずに。


 部屋には無数の死体が積み重なっていた。死体をよく見てみると全て刃物で切り裂かれたようで顔は全て恐怖に染まっており、まるでおぞましいものを見たかのような表情で死んでいた。


 騎士が悲鳴を上げなかったのはひとえに戦場で死体に見慣れていたからだ。さもなければこの部屋の主にすぐに殺されていたであろう……。


 死体の山の上には少年が1人座っており、この凄惨な状況をなんとも思っていないようだった。


 否、悲しみを浮かべていないだけであり、その表情は邪悪な笑がこぼれていた。人を殺すのが楽しくて仕方がないとでも言わんばかりに。


 騎士はすぐにその場から離れようとした。この状況を一刻も早く伝えるために。


 しかし、その願いが果たされることは無かった。部屋から離れようと振り替えるとそこには死体の上に居たはずの少年が佇んでおり、その顔には笑を浮かべた。


 次の獲物を見つけたとでも言わんばかりに。騎士が気づいた頃には少年は手に剣を持っており、既に大きく振りかぶっていた。


 騎士はそれを避けようとするが─────











 執事は昔のことを思い出していた。自分がまだ騎士であった時のこと、アヴィディークルーガーという邪悪な悪魔に仕えることになった原点を。


「おい、報告はこれだけか?」


 ぼんやりとしていると主から声をかけられた。


「は、申し訳ございません。少々気が緩んでおりました。まだ報告はございます。」


「ハハッ。お前がボーッとするなんて珍しいじゃないか。遂にボケ始めたか?」


「私ももう今年で63となります。遂に耄碌してきたのかもしれませぬ。」


「そうか。お前にはまだまだ俺の為に働いてもらう。例え耄碌していようと死ぬ気で働け。」


「ハッ。かしこまりました。」


「あぁ、あとまた近くで奪ってきちゃったから揉み消すのよろしくな?」


「ハッ、御意に。」


 奪ってきた。それだけを聞けば普通は疑問に思うかもしれないが、主であるアヴィディーが言ったのならそれはただ1つのことを意味している。


 ユニークスキル【強欲】

【対象を1人決め、対象を殺害するときに殺害した対象のスキルを1つのみ手に入れることが出来る。固有スキルなどであっても入手は出来るが、発動ができない場合がある。その欲望は留まることを知らず、いずれ世界を滅ぼすまで止まることはないだろう……】


「はぁ、【影の支配者シャドールーラー】からスキルを奪うことができれば俺はさらに強くなることが出来る。……よし、アーク、お前が部下を連れて【影の支配者シャドールーラー】を捕獲してこい。」


「かしこまりました。いくらほど連れて行ってもよろしいでしょうか?」


 私に拒否権などは存在しない。主にやれと言われたらやるしかなかった。


「そうだな……森になると人数が少ない方がいいだろう。40までなら許す。」


「ハッ。それでは期間として1ヵ月程お傍を離れるのを許して頂きたく思います。」


「分かった。それと美味そうなスキルを持っている奴か、強いと感じた奴がいたら教えろよな?それとお前のレベルって確か46だよな?」


「そうですが如何しましたか?」


 私は主がレベルを聞いてきたことの意味が分からなかった。あそこの森は【影の支配者シャドールーラー】以外に気をつけるべき魔物をいないと思っていたのだが……


「アルケー大森林の奥深く、深層は俺でも勝てないような化け物が住んでいると言われている。」


「あ、『アレ』のことでございますか?しかし、伝説でしょう?」


 伝説にはアルケー大森林の奥深くには竜が封印されていると言われている。しかもその竜はたった一体で世界を滅ぼしかけたそうだ。


 現在は過去の勇者に封印され、もうこの世に出てくることはないと言われているのだが、主はその竜の存在を気にされているそうだ。


「ああ。伝説でしか出てきていないが、確かに封印されていると聞いている。それに実際にいた証拠となる場所も残っている。万が一封印が解けた場合はこの世の終わりだと考えていいからな。深層だけには行くな。」


「もちろんでございます。それでは………。」


 私は主が放つプレッシャーに耐えながらその場を離れた。主の機嫌を損ねないために。




 ──────────


「あぁ、早く【影の支配者シャドールーラー】、お前を殺したぃ。お前はどんなスキルを持っている?俺をどこまで強くさせてくれるのだ?」


 誰も居なくなった部屋で悪魔はこれからのことに思いを馳せていた。ただ、強くなる。その為ならばどんなことでもやる。例え誰を犠牲にしようとも、自分が自分で無くなろうとも。


 そんな狂気が垣間見える笑を浮かべながら、欲望の乾きを満たすため、今日も餌を探しに街へと出るのだった……。


 ──あとがき─────────────


 すみません💦。投稿するのが遅くなってしまいました。午後も投稿する予定ですので、これからも【獣転生】をどうぞよろしくお願いします。

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