第19話 オオカミ、謝罪する

 シアは俺達が住んでいる元ゴブリンの集落のすぐ近くにあった小さな洞穴に住んでいる。本人曰く、『ここの方が静かで落ち着くし、色々なものを置いても無くなる心配がない』らしい。


 ちなみに俺はゴブリン達が建てていた家のような場所で寝ており、理由としては前世が人間なので、家に入ると落ち着くからだ。


 ノルや親父、母さんは外の大きな木の下で寝ており、ノルが偶に俺の所かシアの所に行き、一緒に寝るのが日常だ。


 俺とノルがシアの元に急いで行くとシアはもう起きていたようで涙目で俺のことを睨んでいた。


『…………』


『や、やっぱり怒ってる……』


 シアは俺が起こしに来なかったのが不満みたいだ。俺に対してずっと何も言わずにただ見ている。それだけなら普通は気まずいだけだが、俺がきょうだいにやられるとそれは気まずくするのではなく、俺に対する攻撃に変わってしまう。


 これをやられると俺の心に対して親父や母さんが物理的に全力で攻撃するぐらいのダメージが入り、ものの数秒で精神的に俺が死んでしまう。


『ご、ごめんシア。忘れたワケじゃないんだぞ!た、ただ、ノルを可愛がっていたらつい時間が過ぎちゃって……』


『ご、ごめんね?シア。私もおにーちゃんとくっつくのが楽しくてつい……』


 俺達はついつい言い訳をしてしまったが、シアはそんなことで許してくれるはずもなく、ずっと黙ったままだった。


『………ぐすん。ナディー兄…』


『な、なんだ?どうした?お兄ちゃんができることなら何でもやってやるから!だから頼む、嫌いだけは言わないでくれ!』


 シアが何かを言おうとした瞬間、俺はシアがその言葉を言う前に俺が言って欲しくない言葉を言わないように懇願した。


 無言の圧力からのこのコンボは俺の心にダメージが深刻すぎるから!トドメになっちゃうから!


『……ナディー兄。1つお願いがあるんだけど。』


『な、何だシア?どうした?お兄ちゃんにできることがあれば何でも言ってみろ!それで許してくれるなら何でもやってやるから!』


 シアは俺に『嫌い』とは言わなかったのでホッとするのも束の間。俺にお願いがあると言ってきた。


 当然、俺に拒否権などないし、拒否する気もない。可愛い弟の頼みを断るなどブラコンにはできるはずがないのだ。


『……なら、ナディー兄。僕も今日はノル姉みたいにナディー兄にずっとくっついていたい。』


『そ、それだけか?』


 俺はシアが頼み込んでくるのは珍しいため、少し楽しみにしていたが、シアが頼んできたのは何とも微笑ましい頼みごとで拍子抜けしてしまった。


『…うん。いつもノル姉がくっついてて僕もくっつきづらいから今日は僕がくっつきたい。』


『何か他の事やものでもいいんだぞ?』


『いや、これがいい…。それとも僕がナディー兄にくっつくのは嫌だった?』


 俺は他にも何かシアがして欲しいことがないのかと思いシアに聞いてみたが、シアは俺にくっつくことを1番やりたいようで何とか収まってきた涙がまたシアの目から出かかっていた。


『そ、そんなことは無いぞ!お兄ちゃんはシアがくっついて嫌なんてことは無いから安心しろ!……それにノルもいつもくっついてるんだからシアも気にせずにどんどん甘えていいんだぞ?』


 俺はシアが完全に泣く前にシアをなだめ、そしてその場の勢いではない俺自身の本心を口にした。


 ノルがよく甘めてくれるのは当然嫌じゃないし、俺もノルのことが好きだからノルが甘えてくれるのはとても嬉しい。


 それはノルだけじゃなくてシアに対しても同じだ。俺はノルとシアが同じぐらい好きだ。だからそんなシアに余程のことでも嫌いになるはずがないし、何かしたら俺が2人に何かしてしまった時だけなので怒るはずがないのだ。


『シア、別にこんな時じゃなくても俺に甘えてくれ。それとも、シアは俺に甘えるのが嫌なのか?』


『……ナディー兄、ずるいよ。僕だって甘えるのが嫌なわけじゃないもん。それに僕まで好きに甘えたらナディー兄の時間が無くなっちゃうと思うけどいいの?』


 俺がいくらでも甘えていいと言うとシアは泣くのをどうにか止めて甘えようとしてくるが、俺自身のことは良いのかと少し気まずいようで、俺に申し訳なさそうにしながら聞いてきた。


 俺のことをそんなに心配してくれるなんてなんていい弟なんだ!……でも、俺の時間がお前達のせいで減るなんてことは無いからな。


『俺の時間?あぁ、別に良いよ。俺はお前達を甘やかすのが好きなんだから。むしろお前達が甘えてくれないと俺の楽しみが減っちゃうんだが……』


 俺はそんなシアに対して割と本気みたいな冗談のような言葉を喋って安心させようとした。


『そ、それならしょ、しょうがないね。ナディー兄、ずっと甘えていいんでしょ?』


『ああ!ドンと来い!お前達に甘えられるのは俺も嬉しいからな!俺が寝ている時でもなんなら良いぞ。』


『いや、さすがにナディー兄が寝ているのにわざわざ起こしてまで甘えようとはしないよ。ノル姉もそうだよね?』


『う、うん!おにーちゃんを起こしてまでおにーちゃんにくっつくなんてソ、ソンナヒジョーシキナコトナンテシテナイヨ?』


『ちょっと?ノル姉?なんでそんなに汗が出てるの?まさか本当にナディー兄を起こしてまで甘えてたの?……ちょっと!ノル姉!?逃げないでよ!おーい!……もうあんなに遠くに行っちゃった…』


 シアが俺に甘えるのを決心し、ついでとばかりに姉のノルと頷こうとするとノルは俺が寝ている時に起こして甘えたことがあるため、キョドっていた。


 すると、シアはまさか姉もそこまでやっているわけがないだろうと思っていただけに焦っている姉の姿に一抹の不安を覚えてしまい、問い詰めようとするとノルはそれを察して逃げてしまった。


『あら?ノルのやつ何で逃げたんだ?なぁ、シア。何でノルが逃げたのか俺には分からないんだが、どういうことなんだ?』


『え!?ナディー兄!まさか今の流れで何でノル姉が逃げたのか分かってないの!?』


『あ、あぁ。俺にはようやくシアが俺に甘えようとして急に逃げ出したようにしか見えないんだが?』


 そして、俺が何でノルが逃げ出したのかを分かっていないと今度は俺がシアに驚かれた。だって妹や弟が甘えたい時に甘えるなんて普通のことだろ?


『はぁ、もう。ナディー兄、後でお話があるからね?』


『お、おう。お前から話なんて珍しいな。分かった。逃げないから安心してくれ。』


 な、なんだ?今のシアから、少し怖いオーラが出ているんだが?俺、また何かやったのか?


『……まぁ、今は良いか。それじゃあ、ナディー兄、ぎゅ、ぎゅーー!』


 シアはこの場で俺に何かを伝えようとしたが、甘えるのを優先したようで、恥ずかしがりながらも俺にくっついてきた。


 あぁ!俺の弟はなんて可愛いんだ!天使すぎるだろ。恥ずかしがりながら抱きついてくれるなんて、本人がこの場にいなかったら失神している自信があるぞ。


 俺は身悶えそうになったが、シアがいる手前何とか我慢することができた。お兄ちゃんが急に変な動きをしたらシアが心配するだろうし、少しでも俺のことを嫌いになって欲しくなかった。


『ど、どうしたの、ナディー兄?固まっちゃったけど。……もしかして僕がナディー兄にくっつくのは嫌だった?』


 どうやら俺は何とか身悶えるのを我慢することは出来たようだが、体を硬直させてしまったようでシアが嬉しそうにしていたが、再び不安になってきたようで泣き出しそうになっていた。


『あ〜もう。シアは泣き虫だな〜。安心しろ!お前のことを俺が嫌いになるなんて絶対にありえないからな。ただ、シアに抱きつかれて嬉しすぎただけだ。』


『う、嬉しい!?ナディー兄!からかわないで!』


『冗談なわけないだろ!俺がどれだけシアを更に可愛がりたい衝動を我慢していると思っているんだ!シアもノルもどれだけ俺がお前達を愛していると思っている!』


『も、もう。ナディー兄ったら……好きなんて……ぼ、僕もノル姉もナディー兄のことがだ、だい、大好きだからね!』


 シアは顔を真っ赤にしながらも俺に勇気を出して好きだと言ってくれた。あ、もう俺、幸せすぎて死んじゃいそう。


 言葉に出せない喜びを抑えるために、俺はシアの毛皮に顔を埋めるとシアは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑っていた。


 ああ、ノルとシアが俺のきょうだいになってくれて良かった。俺はいつも思っていることをしみじみと感じながら今日はシアのことをめいいっぱい甘やかすことにした。




 ──あとがき──────────────


 ノルはいったいどこに行ったんでしょうね?行ったと思う場所をぜひ教えて下さい!

 正解は次回発表です!



 ……そして、ナディーはシアにこってりと怒られる未来が待っているのか果たして!?

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