ふち
鹿野田
ふち
「あの」
「そこで何してらっしゃるんです?」
「……釣りを」
お爺さんは白い髭に隠れた口をもさもさと動かしながら答えてくれた。
「へぇ……魚とか釣れるんですね、ここ」
「いや、──を釣っとるんだ」
「え、」
聞き取れなかった。なんだろう。
「今、なんて」
「見たらわかるだろう」
いや、分かんないし。
「もう少し近づいて覗きこめば、見える筈だ」
「?」
なんだ。覗くと、なにか黒い大きいものが蠢いていた。
「見えただろう」
「見えましたね」
何かはわからないけど。
「あれを見るのは初めてか?」
「そうですね、見た覚えないです」
「そうか」
見た目と裏腹に割と喋る人なんだな。
「ほら、」
「なんです」
「釣れるぞ」
釣れるんだ。
「それって重いんですか?」
「重いな。すごく」
重いんだ。
お爺さんがフンっ、と力を入れて竿を引っ張る。どうやら本当に釣れたらしい。
「わ……」
なんなんだろう。引き上げたやつ、黒いけど。針を外している。ナマコみたいな……でも輪郭がぼやけてよく見えない。
「………」
え、食べた。
「生でいけるんですか、それ」
「少し酷いがな」
酷いんだ。
「私も少し貰えますか」
「酷いぞ」
「ちょっと気になります」
手を出せ、と言われたので手袋も何もしていない手のひらを出す。乗せてくれた。柔らかくて重い。本当になんなんだろう。
はむ。
「よく分からない味と食感してますね」
「そうか」
そう相槌を打つと手際よく支度をし始めた。ケースのようなものに竿を入れている。
「あれ、もう帰るんですか」
「もう用は済んだからな」
そう言ってのしのしと歩き去っていった。
ここは川でも海でもないのだが、本当になにか釣れるとは。この底の、果ての見えないふちは何なんだろう。
そもそもここってどこなんだろう。
針を垂らしていたところを覗き込んでみる。黒い何かは未だゆらゆらと蠢いていた。
ふち 鹿野田 @la42176518
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