特盛大納言長乳御前 駿止城御前試合

塩焼 湖畔

駿止城御前試合 前編

 時は晴壁せいへき八年ここは特盛とくもり藩領主、特盛大納言長乳とくもりだいなごんながちちが治める駿止すんどめ城の白砂の上、上空の鷹がくるりと一つの円を書く。

 特盛大納言長乳の御前にて、睨み合うは益荒男二人。この御前試合にて二人の雌雄は決する、語り合うは言葉ならず武芸と一振りの刀のみ。


 両者の言い分と幕府への訴えはこの御前試合の結果にて決めることとなる、判決はこの白砂の上、最後まで立っていた者に特盛大納言長乳より伝えられる。


 時は遡ること御前試合の三ヶ月前、鏡眼家の者が地味家の者に刀で切り付けられたことに、端を発する。


「何故、刀傷沙汰にされたのですか……!?」


 場内の廊下にて家老と話し込むのは地味家の藩主、地味守眼鏡娘好喜じみのもりめがねこすきである。


「いくら地味家とは言え、刀傷沙汰となればただではすみませんぞ!」


「わかっておる……わかっておるが……。 許せんかった……」


「藩主としての確かなお心をお持ちください……」 


 城内は水を打ったように静まり返っていた、殿の乱心なれば御家の一大事。全てを老中に託し皆、心を静め天命を待つのみである。


「あやつめ『行為に至るシーンの時にメガネを外すののどこが行けないのですか?』と言いおった……同じメガネ好きとして同志と思っておった儂は、儂はやつを許せなんだ……」


「……殿は藩主として立派な事をなされましたな……。その言葉を聞いて、殿のことを蔑ろにする者はここにはいませんでしょう。 先程の無礼は儂の首で償いいたします。この御下髪好良おさげがみすきよし、殿の小さき頃より見守ってまいりましたが、この日より誇らしい日は御座いません、先代様にいい土産話ができました、では御免!」


 御下髪好良は脇差しを抜くと、自らの腹に向けて振りかぶる。


「待てぇい!!!」


 城内を震わす声に思わず、御下髪好良の手が一瞬止まる。否、脇差しはピクリとも動かなくなっていた、眼鏡娘好喜が脇差しの刀身を握り込んでいるのだ。掌からは血が流れ、廊下の木板には血と涙が滴り落ちる。


「御下よ……儂はもう同じ趣味の者に傷ついて欲しくないのだ……。あの者とも……いやもうよい……。儂は休む」


 眼鏡娘好喜の自室まではポツポツと血が滴っていた、まるで止まぬ涙のように。


「殿……」


 臣下の嗚咽が、城内にさんざめいていた。



 所変わり鏡眼家の城内では蜂の巣を叩いたような騒ぎになっていた、無理も無い自身の殿が切り付けられたのだ。

 幸い一命は取り留めることができたが、家臣たちの腹の虫は収まることがなかった。


「即刻、討ち入りを!」


「いや、先ずは幕府に上告を!間違いなく否はあちらに有ります!」


「その間に殿の身に何かあったらどうするのだ? 一刻も早く行動に移すべきで御座ろう!」


 城内の広間に集まった家臣達は皆、思い思いに声を上げる。


「皆!静まれぇい!」


 鏡眼家老中の齢七十を過ぎたとは思えぬ声量と、古強者の貫禄が家臣たちを静まらせた。


「この件に関しては、殿から下知を頂いておる」


「もう殿の御身はご無事で……?」


「殿も起き上がるまでは、まだいかぬが家臣に心配をかけたと心を砕いておられる」


 ざわざわと家臣達に動揺と安心の両方が伝わる。


「そこで殿からの下知をここで皆に伝える、これに不服がある者は、我のもとに直接進言にくるようにとの殿の御言葉だ皆、心するように」


「はつ!」


 老中は懸紙を外し文書を広げ声に出して読む。


『この件に関しては幕府に御前試合での決着を申し出る、また両家とも同じ趣味を持つ者ゆえに、その思いが強いほどぶつかり合うことも有るだろうが、それはお互いの好きへの気持ちゆえで有る、それは尊重し分かり合うべきである、よって地味家への報復は一切行わないものとする。 全ては御前試合での結果に委ねる。重ねてこの文書に異がある者は我のもとに直接来るように、我ら同じ眼鏡に連なる者達である、今一度色眼鏡を外しよく考えて欲しい』


「とのことである」


「殿……」


「殿、なんと寛大なお心か……」


「某の心はなんと醜いのか……」


 広間は静まり返り、ただ篝火が揺れるのみだった。



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