ウザい職場の先輩がコンタクトにしろと迫ってくる
鳥羽ミワ
第1話
メガネとは視力矯正器具であり、ド近眼かつパソコン仕事の私にとってなくてはならないものだ。コンタクトレンズよりも安上がりだし、何よりつけっぱなしで大丈夫。瓶底メガネ女とからかわれてきてはいるが、この利便性は手放しがたかった。
「コンタクトにしないの」
「メガネが楽なので」
「コンタクトの方が似合うよ」
それからよくこうして、職場の男性の先輩が粉をかけてくる。はっきり言ってセクハラではあるのだが、こうした二人きりの残業時間などに言ってくるので証拠を抑えにくい。加えて、私本人は特に不快ではないので放置している。
メガネを外して目頭を揉む。乱視も入っているので、裸眼だと世界が少し明るく、派手にぼやける。
先輩は「もったいない」としきりに言って、少し身を乗り出したようだった。
「逆に、君はなんでそんなにメガネにこだわるんだ?」
「先輩が、私の素顔を見ると、恋に落ちてしまうので……」
視界はかなりぼやけていて、先輩の顔は見えない。わざとらしく区切って言えば、彼の笑い声が聞こえた。え〜! と軽薄に言う。
「俺に惚れられるの、嫌なの?」
「面倒なことを言わないでください」
顔をわざとらしく顰める。え〜、とやはり彼は不満げな声を上げる。
「逆に、君が俺に恋しちゃう可能性とか、ないの?」
「ないですね」
キッパリ言い切る。そう? と飄々と言う先輩に、「ええ」と重ねて言う。
「メガネをかけた私『も』好きでいてくれないと、困りますから」
そう言ってメガネをかけると、彼の顔は赤かった。そっぽ向かないでくださいよ、と呆れて言えば、彼は「コンタクトの方がいいよ」とぶすくれたように言う。
「似合う。そっちの方が」
「メガネをかけた私は?」
「……、別に、かわいい、よ」
照れちゃってまぁ。呆れてため息をつく。私にフン、と鼻を鳴らした先輩は腕組みをする。
「君は美人なんだから。他の奴らは分かってないね」
「セクハラですよ」
私が彼と距離が近いことに、陰口を叩かれていることくらい知っている。先輩は愚かですね〜、とあえて馬鹿にするように言えば、「どうとでも言え」と彼は拗ねてしまった。
「私は気にしていないことを、あなたが気にしないでほしいんですけど」
「気にするね」
彼はそう言って、「不当な評価だから」と続けた。ふーん、と気のない返事をして、メガネのずれを直す。
「その不当な評価を、私のイメチェンで改善しようってところがセコすぎるんです」
「……フン」
それに私も鼻を鳴らして返す。素直に「コンタクトの私が見たい」と言えない男に用はないのである。しかし彼は恨めしそうにこちらを見て、捨て台詞とように言った。
「俺がいつまでも、このままでいると思うなよ」
「どうするんですか?」
私が尋ねると、彼は「メガネの君も素敵だってこと」と言う。思わず息を止めて、彼を見つめてしまった。彼は真剣な目をしていて、金縛りのように動けなくなる。
「……やっと根性見せましたね」
負け惜しみのように私が言えば、彼は私のメガネに手をかけた。
「キスしたい。邪魔」
「素直でいいです」
顔が近づく。あーあ、と内心ため息をついた。職場で色ボケたことをして、家に帰ったら自己嫌悪で眠れないかもしれない。
だけど両思いになった瞬間にしかできないキスはあるし、それをするのにメガネは物理的に邪魔だった。唇が触れ合った後にメガネが戻され、彼の赤くなった頬とか潤んだ目とか、嬉しそうに緩んだ唇とかがよく見える。
メガネの一番いいところは、簡単に世界をぼかしたり、鮮明にしたりができるところ。私はそれを外して彼の口辺りを狙い、少し外れたところにくちづけた。だけどその瞬間は、私が乱視のおかげで世界がすごく明るかったし、メガネをかけ直したら嬉しそうな彼がいた。
ウザい職場の先輩がコンタクトにしろと迫ってくる 鳥羽ミワ @attackTOBA
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