第15話 出現!?【Chiens】

―—数時間前——



「咲良、悠太。こちらが城川美術館長の辻井さんだ」


ジョニーさんの横に立つおじいさん。

いかにも館長!って感じの人で、白いひげが特徴的だ。

のんびりというか、上品で優しい雰囲気を纏っている。


「初めまして、Chiens警察様。本日はよろしくお願いいたします」


「「こちらこそよろしくお願いします」」


お互いペコッと挨拶する。


「それで、具体的に何をすれば良いんですか」


悠太がジョニーさんに聞くと、館長さんがショーケースの方に視線を向ける。

怪盗Chatsが狙っているのは「春風の音」というビッグジュエル。

ピンクトルマリンで、ここ最近展示されるようになったものらしく、城川美術館の人気展示物になのだそう。

名前の由来は分からないけど、淡いピンク色をした「春風の音」はまさに春を連想させるような見た目をしている。


「挑戦状が来たのはあまりにも突然だったからね、レプリカや対策できるものは用意できなかったんだ。だから本物でおびき寄せて捕まえる、という作戦だ」


本物でおびき寄せる……それって、取られる可能性はぐっと上がるんじゃ……


「でも、それだとリスクが高いと思います。相手はChiens警察がずっと逃がしてきた怪盗Chatsです。無防備なのはさすがに好都合すぎませんか」


「無防備だからこそ、ですよ」


館長さんの目が光った。

さっきまでのんびりした感じだったのに、急に鋭い目つきになった。

その変化に思わず背筋が伸びた。


「このショーケースは比較的割れやすいです。固い棒一本で割れます。一応このラインを超え、ガラスが割れると警報が鳴る仕組みですが、このガラスが簡単に割れるという怪盗Chatsは本物ではなく偽物ではないか、と戸惑うでしょう」


ショーケースの周りには腰あたりまでの高さの4本の柱と、柱と柱の間に鎖がつなかっがている。

その中に入ったら警報が鳴る仕組みだ。


「……そこで、猫共が戸惑っている間、もしくは偽物だとわかって本物を探している間に、俺たちが捕まえる、というわけか」


「そういうことです」


館長さんは満足そうに悠太に向かって微笑む。

連携するように、館長さんの左手にはめている黒い指輪が一瞬だけ光った。


なるほど、あえて本物でおびき寄せて勘違いさせ、捕まえる作戦かぁ……

突然の挑戦状が来たからこそできる作戦だけど、それでもリスクは高い、よね。


「でも、もし怪盗Chatsが戸惑いもせず「春風の音」を取ったら……」


「それはあなたたちChiens警察の役目でしょう。そこら辺の警察よりずっと高い能力があるのだから」


館長さんがまた鋭い目で私たちを見据える。

そしてなぜかにやにやしている。

ぶるっと寒気がした。

ひ、ひえええ、この人、意外と怖いというか、サイコパス気質あるような……


「怪盗Chatsはどこから侵入してくるのか分からない。一応こんな感じで警備は厳重にし、予備もたくさん準備している」


ジョニーさんが配置図を見せてくれた。

入口に2人、1階の受付に10人、「春風の音」がある部屋前に2人、中に私と悠太を入れて5人、2階通路に20人、制御室前に2人、屋上に10人、各階ごとに予備の警備員が10人ずつ。

ジョニーさんは館内全ての防犯カメラやブレーカーがある制御室から指示をしてくれるみたい。


「それでは、これで失礼します。Chiens警察の皆様、どうか「春風の音」を守ってください」


館長さんはちらっと私たちを見て、部屋から出て行った。

入り口前の警備員がペコッと館長さんに頭を下げたのが見えた。


「……あの人、結構嫌味っぽかったね」


絶対私たちのことバカにしたよね?

さっきチラッと見て、ちょっと笑ってたもん。


「お前は最初から顔に出てるんだよ」


悠太が横目でツッコむ。


「な、何が?」


「絶対サイコパスだとか思ったただろ」


こわ!!!

悠太、私の心読めるでしょ!?!?


「何で分かるの!?!?」


「だから顔に出てるんだよ」


「はいはい2人とも。ここは美術館だ。いつ怪盗が来てもいいように気を緩めずに」


そう言いながらジョニーさんは制御室へ行ってしまった。


「「……はい」」


既に来ていた3人の警備員が変なものでも見るかのような視線を私たちに向けていた。

そ、そんな目で見ないでくださいよ……


悠太は軽くため息をつき、配置についた。

私もショーケースの左右にあるオブジェに隠れる。

そこから左右で挟み撃ち作戦だ。

 


絶対に、捕まえてやる!!



――1時間くらい経ち、怪盗Chatsが出てくる気配は全くない。


「ねえ、悠太、怪盗Chatsっていつ来るんだっけ」


今悠太は私と反対側のオブジェに隠れているから通信機で話しかける。

とは言っても、オブジェとオブジェの間はそこまで離れていない。


『さあな。予告状には今夜ってあっただけで時刻は書いていなかった』


「そう、だったね。何だか待ちくたびれたよ」


『んなこと知らねーよ。何かあったらジョニーさんから指示が来るだろ』


「それはそうだけど……」


いつまで待たないといけないのかな。

座りすぎて全員が痛い。

 


『ジジッ…全警備員に告ぐ。1階の警備10人が、なにっ、ジジッ……』



無線機の声に反応したけど、雑音でほとんど聞き取れなかった。


「な、何今の、何が言いたかったの?」


隣のオブジェにいる警備員さんに視線を向けると、さっぱりという表情でこちらを見ていた。


『おい、咲良。無線機から僅かに何かが弾ける音が聞こえなかったか?』


悠太の声色が低くなっている。

弾ける音……なんて聞こえたっけ。


「え、そうなの?何も聞こえなかったけど……」


『……そうか。聞き間違いならいいんだが……いやっ、おかしくないか?』


悠太は慌て始める。


「おかしいって何が?」


『今の指示はきっと何かがあったんだ。1階の警備員10人に何かが。考えられるのは、猫共に「やられた」くらいしか想像はつかない。だったら、全防犯カメラがある制御室にいるジョニーさんなら何があったかくらい、把握できているはずなんだ。けど、ジョニーさんからは何の指示もない』


さあっと血の気が引き、鼓動が速くなる。


「ちょ、ちょっと待って、やられたって何?」


『猫のことを考えたら眠らされたの一択だ』


「眠らされた……ああ、睡眠玉!!」


『そうだ。そして、3階の制御室にいるジョニーさんからは何も指示がないのはもう1匹が制御室に何かをしたのだろう』


「……そうだった、2匹いるんだった」


『あくまでも推定だが、少なくとも猫共は既に、』



バン



急に真っ暗になった。

やばい、何も見えない。


『咲良!ガスマスクをしろ!!』


「あ、うん!?」


悠太が声を荒げている。

慌てて用意していたガスマスクをつける。


「停電のわけがないよね!?まさかだよね!?」


『そのまさかだ!!』


すると、通路側から弾ける音が聞こえた。

これ、この前の時と同じ音……ってことは、睡眠玉だ!

通路の警備員が眠らされちゃうよ!!


『咲良!ショーケースに向かうぞ!』


「行きたいけど、何も見えないよ!」


『ああ、そうだった……!』


悠太が珍しくテンパっている。

とにかく、怪盗Chatsはすぐそこにいる。

立ち上がって、オブジェに手をつく。


「うわ!?!?」


1人の警備員が声を上げた。

今度は上から数回弾ける音。

ハッとして上を見ると、暗闇から白い煙がもくもくと部屋中に広がっていた。

……煙玉、だ……!!


『クソっ……』

「どうしよう……」


もうこうなったら無理やりにでも、ショーケースに近づくしかない……!!

オブジェを頼りにショーケースの方にゆっくり進む。

だんだん煙が薄まっていく中、一瞬だけ煙の中に人影が見えた気がした。

心臓がドクン、と跳ねた。


「誰か、いる?」


人影、というよりは気配だったのかもしれない。

神秘的でピン、と張り詰めていた。

何が何なのか知らないけど、にいるはずだ――!!


その気配に向かって、駆け出そうとすると、急に強い殺気がぶわっと衝撃波のように広がった。

ちょ、ちょっと待って、これ、マジでヤバいやつじゃない!!??



バァンッ!


ガッシャアァァァァァンンン!!!

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