第14話 「春風の音」【Chats】
夜の街。
住宅街を抜けると、灯りを纏うビルが聳え立っているのが見えた。
毎日のように通う学校、展覧会が行われていた広場を越えて、目的地の城川美術館を見据える。
『2人とも、いったんそこでストップだ』
通信機から聞こえた朝倉さんの声に私とノワは止まり、膝をついてしゃがむ。
道路を挟んで美術館前の小さなビルの屋上。
『やはり、入り口にいるね』
美術館は3階建て。
ひょこっと美術館を見下ろすと、がっしりとした体つきの警備員二人が入口を塞いでいた。
そして、屋上の上にも警備員が待ち構えている。
……作戦はこう。
ノワが制御室に行って美術館全体の電気を消す、その間に私がターゲットを取って、屋上で合流という流れ。
中に入るときは、実際に状況を確認してからにしようという話にはなっていた。
『一気に片付けよう。先にノワは3階の制御室に近い屋上から、ブランは1階から後から侵入しよう。それぞれ変装してね』
そうだ、別々で入ったら対抗する警備員も減る。
中はどうなってるかまだ分からないけれど。
「「了解」」
先に行くノワが立ち上がる。
「ブラン、後で合流しようね」
「う、うん」
マントを翻し、美術館の屋上へ降りていくノワ。
柵に着地すると、暗闇に溶けるようにノワの姿は見えなくなった。
『侵入成功だ。ブラン、出番だ』
「あ、はい!」
私も立ち上がり、ポケットに手を突っ込み、小さな球を2つ握る。
軽くジャンプして、柵に着いたと同時に私はそれを投げた。
……お願い、届いて。
真っ直ぐに飛んで行く球は途中で見えなくなった。
失敗したかもという不安が拍動を急き立て、気持ちが苦しくなる。
すると、入り口前の警備員二人はふらっと倒れ込んだ。
『今だ、ブラン!』
朝倉さんの掛け声と同時に私は柵から飛び降り、美術館前に着地した。
ここは手早くしないと後から面倒なことになる。
壁に背中を預け、ドアを少しだけ開けて隙間から中を確認する。
1、2、3……ざっと10人くらいの警備員がいる。
受付だけでこんなにいるんだ……いや、数はどうだっていい、やることは同じだ。
またポケットから球を取り出し、一気にドアを開けて、隠れたまますぐに握っていたものを投げつけた。
弾ける音を確認して、私はようやく美術館の中に入った。
「うわ!?」
「なんだこれh、」
うっすら煙が漂う中、警備員はふらっと倒れ、その場で動かなくなった。
すーすー寝息を立てている。
……よし、成功だ。
受付の陰に隠れて、私は指輪を目の前に翳した。
「
指輪はわずかに光り、私の服装は警備員の服に変わっていた。
帽子を深くかぶり、姿勢を正す。
ついでに眠っている警備員から名札を借り、胸ポケットに着ける。
『上出来だよ、ブラン』
朝倉さんが満足したように言う。
「あ、ありがとうございます」
今投げたのは睡眠玉で、朝倉さんの手作りだそう。
軽くて投げやすいし、すごい効き目だ。
『そのまま2階へ向かおう。防犯カメラはハッキングして、向こうは映像が見れないが、こっちから中は見えるようになった。安心して進んでくれ』
「はい」
あらかじめ覚えておいた地図を浮かべながらターゲットがある部屋に向かう。
確か2階の一番奥の部屋だ。
このまま手早く終わらせたい。
音を立てずに素早く階段を上る。
すると上からコツコツと足音が聞こえた。
ぎょっとして思わず立ち止まった。
もしかして、誰かが降りてくる……!?
しかも……2人はいる。
どうしよう、どうしよう。
「あ、あさく、」
『ブラン、落ち着いてくれ。ここは任せて、ブランは急いで階段を上って、すれ違ったら俺の声に合わせて口を動かして欲しい』
朝倉さんの声は妙に落ち着いている。
一体何をする気だろう。
でも、今は指示に従おう。
2階の踊り場の手前の階段。
やはり警備員二人が階段を降りていた。
私と目が合うなり、不審な視線を私によこした。
「廣瀬?そんなに急いで何があった」
「1階の警備担当だろう?」
廣瀬、確か借りた警備員の名前は廣瀬だ。
私が口を開こうとすると、
「お、お疲れ様です、たった今1階から怪盗Chatsが侵入したようで、1階の警備自分以外皆やられました」
と、低い声が踊り場に響いた。
慌てて私は声に合わせて口をパクパク動かす。
「怪盗Chatsが!?」
「1階から!?」
ほぼ同時に叫ぶ警備員二人。
「は、はい、報告が遅れて申し訳ありません」
頭を下げる。
同時に心臓もバクバク跳ねる。
「わかった、1階の警備を補強しよう、予備の警備がいるはずだ」
「Chiensにも報告をしよう、廣瀬も1階に戻ってくれ」
Chiens……?
あれ、どこかで聞いたことあるような。
「承知しました」
2人を前にし、階段を降り、別の踊り場に着いた瞬間、私は手に握っておいた睡眠玉をすかさず投げつけた。
弾ける音がして、警備員二人は踊り場でふらつき、バタッとその場で動かなくなった。
そして急いで2階に戻り、通路をチラッと見ると、「春風の音」展覧会の看板が見えた。
未だに心臓は慌ただしくドクドク跳ねている。
『よくやったね、ブラン』
「……心臓が止まるかと思いました。あの、今のは?」
私は声を潜めながら通信機越しに聞く。
『通信機のマイク設定をオンにして、俺が喋っただけ。ビデオ通話とかのスピーカー機能を搭載したんだ。いやあ、改造して良かったよ本当に』
通信機にスピーカー機能……どんなことしたらそんなこと思いつくのかといろいろツッコミどころ満載だけど、ここからもっと気を引き締めないといけない。
『ノワ、そっちの準備はいいね?』
『うん。ついでにいろんなところに警備員いたから眠らせたよ』
今度はノワの声が聞こえる。
あとは、私がターゲットを取るだけ、だ。
『ターゲットの部屋中にも警備員はいるし、ブランがいる通路と部屋の前には警備員が大量にいる。くれぐれも油断はしないでくれ』
『「はい」』
私はまた急いで通路を走る。
ビックリするくらい警備員がいっぱいいる。
怪しまれないように、でも急いで。
「うん?廣瀬、1階はどうした」
ターゲットの部屋の前。
不思議そうに警備員が私に聞く。
私は口を開く。
「それが、」
バン
突然真っ暗になり、通路にいる警備員はどよめく。
そんな声も聴かず私はすぐさま睡眠玉をあちこちに投げつけ、ターゲットの部屋に足を踏み入れると同時に、睡眠玉とそれより一回り大きい別の球を上に投げつける。
ボン、と煙が部屋中に漂っていく。
「け、煙だ!」
「絶対に吸うな!」
煙が広がっていないうちにターゲットがあるショーケースに近づき、目を閉じる。
仮面のおかげで暗いところでも見える仕組みになっている。
もう片方のポケットから銃を取り出す。
……落ち着け、心を閉じて、何も考えない。
――ここで、失敗するわけにはいかない、絶対に……!!!
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