第7話「女王の瞳」展覧会 【Chats】
「結愛ちゃん!放課後、展覧会に行かない?」
朝、有野さんは教室に入ってくるなり私を何かに誘う。
今日も朝から元気だ。
「展覧会……?」
「うん。いろんな宝石やアクセサリーが展示されるイベントなんだって。広告でチケットもらったんだけど、一緒に行きたいなって思って」
そう言って有野さんは鞄からファイルを出し、チラシを出す。
その下の部分にチケットがつながっていた。
1枚で2人分になるみたい。
「そのイベントにね、私の好きなジュエルデザイナーさんの作品も展示されるんだって」
ジュエルデザイナーという単語に反応する。
「誰?」
「YURIさんっていう人だよ」
……YURI。
心臓がドクン、とはねた。
聞いたこと、ある。
絶対に、聞いたことある。
『—―結愛』
懐かしい部屋。
あたたかくて、優しい微笑み。
『心の輝きを大切にしなさい』
こっそり部屋を覗いて、お母さんに怒られていた気がする。
でも、私は見たかった。
あの人が、真剣な顔で作業をしているところを。
完成した作品を。
私は、あの時間が好きだった。
あの人の名前は—―
「……結愛ちゃん?おーい、大丈夫?」
「ユリ、おばあちゃん……」
気がつけば名前をつぶやいていた。
……そうだ。
私のおばあちゃんはユリおばあちゃんで、ジュエリーデザイナーだったんだ。
今はもう、いないけれど。
「え、ユリおばあちゃん……?」
「たぶんその人、私のおばあちゃん、だと思う」
「……えっ」
有野さんの目が大きく見開く。
「えええええっ!?!?そうなの!?!?」
絶叫マシーンに乗っているかのようなボリュームの声を出した莉子ちゃん。
クラスメイトの視線が私たちに集まる。
「声大きいよ」
「ご、ごめん。衝撃すぎて」
何でユリおばあちゃんのことを忘れていたんだろう。
あんなに大切な時間だったのに。
でも、思い出せて良かった。
……作品をもう一度見たい。
「私、その展覧会に行きたい」
「ほんと?じゃあ放課後行こ!!」
放課後。
城川中央広場の時計台で有野さんを待つ。
メルヘンな時計で、よく待ち合わせに使われるシンボルみたいなものらしい。
展覧会が行われているのは広場の前に立つ小さなホール。
「お待たせ、結愛ちゃん」
有野さんが来た。
制服じゃなくて私服だから何だか新鮮だ。
有野さんはカジュアル系の服をよく着るみたい。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
少し歩いてホールの中に入る。
『女王の瞳展覧会』と書かれた看板が見え、受付でチケットの確認をして中に入ることができた。
「女王の瞳」という宝石がメインの展覧会みたい。
「そういえば有野さんって、宝石に興味あるの?」
ちょっと気になっていたこと。
たいていの学生は展覧会のチラシが来てもスルーするし、そもそも興味ない人がほとんどのはず。
「私、美術部なんだ。それで宝石の絵をよく描くんだ」
「宝石の絵……?」
有野さんが美術部なのは知っている。
けど、宝石の絵を描いているというのは初耳だ。
「うん。今度見せてあげるよ」
「じゃあ楽しみしておく」
「そ、そんな期待しないでよ!」
恥ずかしそうにする有野さん。
それが少し微笑ましくて思わず笑みが零れた。
一つ目のショーケースが見えた。
最初は小さな宝石から始まるみたい。
「綺麗、だな……」
一つ目はダイヤモンドだった。
ショーケースの中にあっても、輝きはほとんど遮られていない。
ちゃんと説明も書かれていて、読むのも何だか楽しい。
それからいろいろな宝石を見て、アクセサリーシリーズになった。
「結愛ちゃん!これ、YURIさんのだよ」
「えっ」
別のアクセサリーを見ていた私は慌てて隣のショーケースを見る。
1つのブローチだった。
太めの三日月の形をしていて、フレームは金色。
透明なダイヤモンドをはじめ、ピンク、赤、オレンジ、黄色、黄緑、緑、水色、青、紫の順でグラデーションのように様々な色の小さい宝石が埋め込まれている。
説明書きにはちゃんと「YURI」の名前があった。
「綺麗だね」
「うん……」
このままずっと見ていたい。
ユリおばあちゃんが近くにいる気がするから。
……会いたい、よ。
『—―ようやく会えたね、結愛』
……どこからか、私の呼ぶ声が聞こえた。
周りを見ても、私に話しかけている人はいない。
莉子ちゃんはブローチに夢中で、私の視線に気づいていない。
今の、誰……?
『—―こっちよ、結愛。私、あなたが見ているブローチよ』
言われるがままにブローチを見ると、一瞬だけキラッと輝いた。
……え、えっと、ブローチが喋るわけがないよね?
『そういうところも、ユリにそっくりね。でも、本当にあなたが私の声が聞こえるなんて思わなかった』
ユリって、私のおばあちゃんのことだ、絶対。
ただ、頭が追い付かない。
……本当に、ブローチはしゃっべてるの……?
『ユリと同じ。あなたには、宝石の声が聞こえるのね』
声に合わせてブローチの宝石がわずかに輝く。
……幻聴?幻覚?
「ブローチ、が……」
「結愛ちゃん?どうしたの?」
急につぶやいた私を有野さんは不思議そうに見ていた。
「え、い、いや、ううん、何でも。ただ、綺麗だなって」
私がそう言うと、莉子ちゃんは嬉しそうに「そうだね」と言ってくれた。
ブローチに視線を戻す。
……いや、まだ信じられない。
『「女王の瞳」を見にここに来たのでしょう?なら、早く行きなさい。あそこ、人が多いのよ』
「……そっか、行ってみる」
ブローチは満足したように、宝石全体がキラッと光った。
ここでようやく、私はブローチと会話していたことに気がついた。
「有野さん、そろそろ次行こうか」
「うん、そうだね!」
ブローチを後にして、次のショーケースを見る。
ただ、声は聞こえなかった。
……私、どうして、あのブローチの声が聞こえたんだろう。
最後は展覧会メインの「女王の瞳」。
日本ではめったに見れないビッグジュエルで、アメジストだそう。
「『女王の瞳』って、今怪盗
聞いたことのある単語に耳が反応した。
もしかして、この前言っていた怪盗Chatsのことなのかな。
「そうなの?」
「うん。今日の夜らしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「にしても、なかなか見えないね」
有野さんが苦笑いになる。
「女王の瞳」はやはりメインと言うこともあって、見る人は多い。
警備員の数も多い気がする。
それに大人ばかりだから見たくても見ることができない。
少し待つ必要があるみたい。
「ねえ、結愛ちゃ、」
有野さんは私に何か言いかけたその時だった。
パン!パン!
「な、何だ!?」
何かが弾ける音。
爆発したみたいに白い何かがぶわっと広がる。
け、煙が出てる……!?
「結愛ちゃん!」
有野さんが私の腕を掴む。
私は有野さんが掴んでいる手を握った。
誰かにぶつかったり、足を踏まれたり。
もみくちゃだ。
ガッシャアァン!!
今度は派手に割れる音。
ガラスか何かが割れた音だ。
悲鳴も聞こえた。
まさか、「女王の瞳」が盗まれた……!?!?
すると、警報が鳴り、赤い光が見えた。
その光が煙を赤く照らし、何だか怪しげ光る。
……まるで、不安を煽っているかのように。
割れる音と警報に周りはさらにパニックになる。
「みなさん、落ち着いてください!」
今の、警備員の声だ。
まずはここから離れたいけれど、人が多くて出られない。
また誰かが私にぶつかった。
あまりにも衝撃が強くてよろめく。
私は一瞬、違和感を感じた。
ぶつかった、というよりは思い切りタックルされたような感じ。
……この感覚、まさか……!!
すぐにぶつかってきたであろう人に足を引っかける。
「うわっ!?」
成功したみたいだけど、慌てて走っていたのか、それとも足が丈夫なのか私まで巻き込まれそうになる。
「結愛ちゃん!?!?」
しまった、有野さんの手を握ったままだった。
このままだと有野さんまでバランスを崩してしまう。
とっさに体が傾いた状態で私は有野さんの手を放す。
「いたっ」
そのまましりもちをついてしまった。
柔らかい絨毯だからかそこまで衝撃はなかった。
ハッとして周りを見ると、警報はまだ鳴っているけど、煙が薄くなっていた。
「結愛ちゃん、大丈夫!?」
「う、うん、ぶつかってよろめいちゃったみたい」
横を見ると、全身真っ黒の男性がうつぶせに倒れていた。
その手には丈夫そうな黒い鞄。
ポケットから黒い物が見えている。
……何となくとは思ったけど、やっぱり。
ぶつかった人は銃を持っている。
それはぶつかった衝撃でわかった。
きっとショーケースを割るために使ったんだ。
「大丈夫ですか!」
警備員が2人来た。
視線が私の方に集まる。
「おい、あれ犯人じゃないか……?」
「あの子にぶつかったみたいだぞ」
「大丈夫かしら……」
変な目で見られてるような気もするけど、もう大丈夫。
「私は大丈夫です。それより、この人は……」
立ち上がりながら警備員に言うと、私にぶつかった人は既に警備員に確保されていた。
銃も没収されていた。
もう1人の警備員がバッグの中を見ると、そこには「女王の瞳」が入っていた。
逃げ出した犯人が私にぶつかって、その衝撃で転んで、私はそれに巻き込まれたという感じで解決した。
私が、犯人が銃を持っていたことが分かって足を引っかけたなんて言えない。
結局、「女王の瞳」をじっくり見ることができず、安全のため強制的に帰ることになってしまった。
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