第3話 途切れた記憶【Chats】

『—―さすが私の娘だ、××××』



……お父、様?

どうして、ここに……!?


暗闇でニタリと不気味に笑う

けど、表情は歪み、苛立った表情になる。



『……お前は、こんなこともできないのか』



お父様、違うんです!!

聞いてください!!


私の声は彼には届かない。

私は彼にとって、おもちゃに過ぎなかった。


そして、殺意に満ちた怒り狂った顔になる。

手には銃。

銃口を私に向ける。



『お前は相月結愛ではない。××××だ!』



いや……いや……いやだ――



「……っ!」


掛け布団まで蹴るように私は飛び起きた。


見慣れた薄暗い部屋。

カーテンから僅かに差し込む光。

6時半を指している時計。


心臓がバクバク跳ねていて、息苦しい。

少しだけ頭も痛い。

汗まで搔いている。


「はぁ、はぁ……夢、か」


一気に安心感が出て、パタッとベッドに倒れこむ。

柔らかい布団が肌を撫でる。



ほんと、嫌な夢だ。



さっきの夢のせいで目が覚めてしまっている。

仕方ない、早めに準備をしよう。


私—―相月結愛はベッドから出て、カーテンを開けた。

部屋が一気に明るくなった。


「眩し……」


目を擦りながら窓の外の世界を見る。

住宅街だから家くらいしか見えないけれど、空は見ることができる。

……今日は、快晴だ。


窓を少し開けると、少し冷たい風が吹いていた。

チュンチュン、と可愛らしい雀の声。

深呼吸をすると、春の空気に満たされたような気がした。



洗面所で洗顔をして、真新しい制服に着替えて。

髪は何となく下の方で2つくくりにする。

……そして、細い縁のメガネ。


壁時計は7時を指している。

戸を開けると、懐かしい朝の香ばしい匂いがした。

その匂いにつられるように階段を降り、ダイニングに入ると既に朝ごはんが配膳されていた。

テレビもついている。


「おはよう、結愛」


「あっ……おは、よう」


お母さんがキッチンからひょこっと覗いた。

お父さんは朝早くから仕事。

……これがのスタイルなのに何となく慣れない。


今日の朝ごはんはトーストに、目玉焼き、ベーコン、コーンスープ、サラダだ。

さっきの香ばしい匂いは目玉焼きとベーコンの匂いだったのかも。


「いただきます」


温かい。

出来立てだからかもしれないけれど、心がホッとする。

自然と笑えているような気がした。



――私は、元々マフィアだった。



マフィアは裏の社会でひっそり活動する。

平気で人を殺めたり、物を盗んで売ったり、逆に買い取ることもある。

簡単に言えば、犯罪者の集団。

表社会では犯罪者の気配を跡形もなく消して、普通に働く。


そんな許しがたい組織に、私は所属していた。

いや、所属させられた。


小さい時に誘拐されて、いつの間にかヨーロッパにいて、マフィアになっていた。

8年も行方不明だったらしい。

マフィア、と言っても訓練を受けていただけで実際にまだ何も犯してはいなかったとは聞いたけど、訓練で覚えた感覚ははっきり残っている。

武術、銃、受け身、空中動作。


いつ、どこで誘拐されたのかは全然覚えていない。

洗脳されていたらしく、小さい時の記憶も全くない。

マフィアだった頃の記憶もない。

……思い出せない。


洗脳による記憶喪失だって診断された。


すごく大事なことを忘れている気がする。

それがずっとモヤモヤしている。


覚えていることと言えば、時々夢に出てくるお父様のことくらい。


お父様は私の本当のお父さんではない。

私がいた組織の首長だったらしく、部下を従わせていた。

訓練をしていたのもお父様だったと思う。

すごく厳しくて、怖かった。


笑うこともなく、ずっと硬い表情か、怒った表情だった。

でも、時々優しかったのかもしれない。

私を誘拐して、洗脳して、訓練までさせて……もう、会いたくない。

今頃何をしているのだろうって、知りたくもない。


今思えばなぜ私は誘拐されたのだろう。

なぜマフィアに育てられたのだろう。



……なぜ、私があんな目に遭わなければならなかったのだろう……?



『—―明日の夜はスーパームーンで……』



スープを飲み終える。


「ごちそうさま」


声がかすれた。

目に涙が滲む。

お母さんが不思議そうに私を見ていた。

きっと、暗い表情になっていたのだと思う。


皿を洗い場に運んで、洗面所で歯を磨く。


もう考えるのはやめよう。

考えれば考えるほど辛くなるだけだ。

何気ない、温かい今が一番幸せなのだから。


学校のカバンを取って、玄関に行き、靴を履く。


「結愛、お弁当忘れてるわよ」


後ろからお母さんの声。

振り向くと、お弁当を持ったお母さんがいた。

水筒まで持っている。


忘れてた。

余計なことを考えていたせいだ。


「あり、がとう」


本当の親、なのに。

ぎこちなくなってしまう。

私の記憶の中では目の前にいるお母さんはほぼ初めましての人。

こんなこと言ったら余計悲しい。


「結愛。辛かったらちゃんと言いなさいね」


「……えっ?」


お弁当と水筒を鞄に入れていると、急にお母さんが言った。


「顔を見てわかるもの。結愛があっちにいたことを思い出した時、すごく悲しそうな表情をするから、見てて心配になるのよ」


真剣な目で私を見て、話している。


……そ、っか。

心配、してくれているんだ。


「結愛には私がいる。お父さんもいる。辛いことも、学校のことも、嬉しかったことも何でも、いつでも話して欲しいの。私じゃ頼りないかもしれないけれど」


苦笑いするお母さん。


「……お母、さん……」


また目に涙が滲む。


「結愛だけが抱えなくても良いの」


そっと抱きしめてくれる。

……あったかい。

お母さんって、こんなに温かくて、安心するんだ—―



交差点。

朝なのに車は多い。


昨日、ここで事故に遭いかけた。


信号が点滅している時に、横断歩道に子猫が急に飛び出して、車の方へ歩き出して。

助けなきゃって思ったら勝手に体が動いていて、子猫を助けることはできたけど、既にもう赤信号で本当に死ぬって思った。

自分は轢かれても良いから、子猫だけは助かってって祈ったのも一瞬で、いつの間にか警察官が私を抱き上げていて、歩道にいた。


その時何があったのかは覚えていないけど、急ブレーキの音がした。

目の前を通った車のナンバーを自然に覚えていた。

子猫も私も、警察官も無事で、けが人は無し。

……本当に、死を覚悟した。


あの子猫、今どこにいるんだろう。


そういえば、あの警察官、大人には見えなかった。

高校生、いや年がすごく近いのかもしれない。

でも、歳近い子が警察官というもの何だか変だ。

……まあ、いいか。


横断歩道を渡る。

意外と長いから早歩きで渡らないと。



今日も、1日が始まった。

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