第2話 勇敢な少女【Chiens】
車の方に行ったら危ないよーなんて猫には通じないけど、本当に危ない!!
轢かれて死んじゃったらかわいそうだし、見てられない。
その時、気づいた。
視界がスローモーションになる。
私の反対側に黒髪の少女がこちらに向かって走り出していた。
視線は子猫。
も、もしかして、子猫を助けようとしてる?
……嘘おぉ!?!?
どうしよう、このままだと大事故になる。
だからって、逃げたくない。
子猫も、あの子も助ける。
――それが、今やるべきことだ!
距離的にあの子の方が子猫に近いからあの子が助けたとして、私はすぐあっちがわの歩道に……よし、イメトレはばっちり。
車道の信号が完全に赤になった。
「—―咲良っ!!!」
悠太の叫び声。
……大丈夫、大丈夫。
絶対にうまくいく。
絶対に、成功させるから!!!
予想通り、少女が猫を保護した。
一瞬安心したけど、恐怖の顔で車を見上げる。
も、もう少しだから……!!
諦めちゃダメ!!!
私は最後の一歩大きく踏み込んで、勢いのまま少女を抱きあげ、歩道に向かって駆け出す。
チラッと少女の腕の中を見ると、子猫は無事みたい。
青信号になり、車が動き出す。
右側に車はないけど、左側の車が走り始めた。
それに、意外とスピードがある。
……間に合う、かな。
いや、間に合わせる!!
大きく踏み込む。
……あと少し!
車の運転手さんと目が合う。
スマホを見ていたらしく、サアァっと顔が青ざめる。
そして、急ブレーキする。
キキッ―!!
車との距離数ミリ。
私は体をねじるようにひねって、車をよけるように1回転する。
同時にまた踏み込んでタックルするように背中から歩道に倒れこむ。
「おい、大丈夫か!!」
急ブレーキの音や、歩道に倒れ込んだ私たちを見て、近くにいた人たちが駆け寄る。
私は少しだけ起き上がる。
……うう、お尻痛い。
受け身できなかったから余計痛い。
頭は打たなくて良かった。
車道は何事もなく車が走っている。
ただ、手前側の車道は車が止まっているから少し狭くなってる。
……心臓がバクバク鳴ってる。
「だ、大丈夫?けがはない?」
私は抱きしめていた少女に声をかける。
今思えば歳、近そう。
「は、はい、だ、大丈夫、です……」
体だけでなく、声まで震えている。
……そりゃ、怖かったよね。
私も怖かったもん。
足ががくがくしてる。
「ミャ―」
子猫が鳴いた。
少女の手の中でもそもそ動いている。
一気に安堵感。
「はあああ、良かったああ……」
車道の信号が赤になり、歩道の信号が青になる。
その瞬間、悠太がものすごい速さでこちらに来た。
「咲良!大丈夫か!!」
悠太が少女に手を差し伸べ、少女は手を取る。
立ち上がって怪我がないか確認する。
「猫もこの子も大丈夫だよ」
「ったく……危なかっし、へっくしょん!!!」
……な、なな、なんだぁ!?!?
今豪快にくしゃみしたけど、風邪引いたの?
「す、すまん、猫アレルギーで……へっくしょい!!」
「ミャー!」
「あっ……」
子猫がピューンと走り出し、茂みに逃げてしまった。
「悠太って猫アレルギーなんだ……」
「あ、ああ」
私は少女の方へ向く。
綺麗な黒髪を下の方でに2つくくりにしていて、細い縁のメガネをかけている。
目も大きいし、肌も真っ白で綺麗。
メガネ外したら結構可愛いと思う。
美人のオーラが何となく出てる気がする。
「子猫を助けたいって気持ちはわかるけど、飛び出すのは危ないよ?わかってると思うけどね」
子猫を助けた後、諦めたような表情になったの、さすがにビビった。
ここで死ぬんだ、みたいな顔してこっちまで心臓止まるかと思ったよ。
「は、はい……ごめんなさい」
声は透き通っていて可愛い。
やっぱり年は近いのかな?
身長は同じくらいだし、幼く見えない。
「でもありがとうね。あの子猫、もし轢かれてたらすごくかわいそうだったし」
メガネの奥の大きな目で私を見つめる。
目も綺麗だなぁ。
てか、この子綺麗すぎない??
「とにかく怪我がなくて良かったな」
「……そういえば、ながら運転の人!!」
「は?」
「さっき私が轢かれかけた車、スマホ見ながら運転してた!!」
私の言葉に少女は大きな目をさらに大きく見開いた。
「やっぱりな。既に逃げられたか」
悠太が振り返りながら言う。
あの車はもういない。
「え、知ってたの?」
「お前が飛び出した時、俺は横断歩道で旗で止まれの合図をしたんだ。止まってからはいたけど、一台だけ無視して進んだ車がいた。何でだろう思ったらながら運転かよ。ナンバー覚えてるか?」
悠太、そんなことしてたんだ。
悠太がいなかったら私、保護する前に引かれてたかも。
……って、ナンバー……?
うわあああ、確認してなかったよお!!!
「……覚えてないデス」
そう言うと、悠太の顔が鬼のように真っ赤になる。
「はあっ!?アホかお前!!」
「ごめんなさいいいい」
「……あの、城川ナンバーの21-65だったと思います」
「「……えっ?」」
少女がまっすぐな瞳で私たちを見ていた。
「城川ナンバーの、21-65だったと思います」
凛とした声で言った。
悠太はすぐにメモした。
「すごい、いつの間に覚えてたの……?」
「保護して、歩道に着いた時、走って行くのが見えたので自然と覚えてしまって」
「……すご……」
「だな。お前とは違って」
「うるさい悠太」
「ナンバーさえわかればこっちのもんだ。ありがとうな。子猫を助けたのと、ながら運転の車ナンバーを覚えてくれて」
悠太が言うと、少女は少しだけ微笑んだ。
「お腹すいたなあ」
正午。
横断歩道の仕事は一旦終わってこれからお昼ご飯。
「何回目だよそれ」
「だってお腹すいたもん」
「わかったって。全く、本当にお前は」
「……私が何よ」
悠太は空を仰ぐ。
風が吹いて、悠太の長い前髪を揺らす。
「お前もあの子もすげえなって思った」
「あの子……って、さっきの子猫保護した子?」
「ああ。俺、横断歩道最後まで確認してなかったから子猫に気づかなくてさ。お前、意外と周り見てるんだな」
「意外とって何よ!? 」
「それに、あの子を持ち上げながら空中で体ひねるのもびびった」
「えへへ。力仕事とアクロバット(?)は得意なもんで」
とは言ってもあの子、めちゃくちゃ軽かった気がする。
「ナンバーさえ覚えとけば満点だったのにな」
悠太が目を細くして、嫌味ぽく言う。
「もう!!次からは気をつけるってば!」
「……お前よりあの子の方が警察に向いてるかもな」
「ぐぬぬぬ……!」
でも、悠太の言うとおりかもしれない。
だって、ものすごく勇敢だったもん。
それに、子猫は横断歩道のほぼ真ん中にいた。
私よりあの子と子猫との距離が近くてちょっと不思議だった。
もしかすると、私より早く子猫に気がついてたのかもしれないし、私より速く駆け出していたのかもしれない。
……ちょっとだけ、悔しい。
「私も、あの子を見習わなきゃ、だね」
「……は?」
「私、ひいおじいちゃんみたいなChiens警察になる。絶対になる!!」
私が言うと、悠太はちょっとびっくりしてたけど少し笑ってくれた。
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