第1話 Chiens警察はヒマなのです【Chiens】

「この度、就任しました。陽山ひやま咲良さくらです。これからよろしくお願いします!!」



ピン、と緊張で張り詰めた空気。


私—―陽山咲良は今日から、警察官です!!


「改めてよろしく。いやあ、それにしても嬉しいよ」


さっきまでちょっと怖い顔だったのに急に和らぐ上司。

この人は渡我部わたかべジョニーさん。

何だかすごい名前で天正遣欧使節とかにいそう(?)な名前だけど、日米ハーフなんだって。


「えっと、何がですか?……って、何食べてるんですか」


今は勤務中……のはずなのに、既にもぐもぐ何かを食べている。


「ああ、これ桜花おうかどうさんの桜餅だよ」


「お、桜花おうかどうさんの……桜餅……!」


ここ――城川市の名物だと言われている桜餅。

もうずいぶん長く経営している老舗で、どの和菓子もすっごく美味しいんだ。


「君も食べるかい?」


「あ、じゃあ、いただきます」


ありがたく桜餅をいただく。


噂によれば、渡我部さん、日本が大好きなんだって。

それは日本人としては嬉しいことだけど、この時間帯(只今10時)に桜餅を食べるのはさすがにお腹いっぱいというか……まあ、大好物だし。


「それで、何が嬉しいんですか」


一口かじる。


……うーん!!

美味しい!!


「1世紀も、我々Chiens警察の仕事はなかったんだ。だから人数も減ってしまって、昔は50人はいたのに今は3人しかいなかった。だが、君が入ってくれたことによって4人になった。これは大きなことだ」


喋りながらお茶まで用意してくださった。

これもまた桜花堂のお茶だ。



――Chiens警察。



それは、約100年前にある怪盗を捕まえるために集められた特別な警察。

私のひいおじいちゃんが所属していたんだ。

Chiensっていうのはフランス語で「犬」の意味なんだよ。


私はまだ12歳で中学生だけど、Chiens警察はこの年齢でも入れるんだ。

でも、今は仕事なし。

つまり、ヒマ、というわけ。


「は、はあ……」


お父さんからは聞いてたけど、もうそんなに人いないんだ。

……しかも4人って、逆にあと2人誰がなのか気になるかも。


「君はどうしてここに入ったの?」


「私の曽祖父がここで働いていて、怪盗を追いかけていたことを知って、活動記録とかを見て、すごくカッコいいって思ったんです。私もひいおじいちゃんみたいな警察になるって決めたんです」


おじいちゃんにあったアルバム。

制服を着たひいおじいちゃんが写真やパトカーに乗っている写真。

それらを見た時から警察に憧れていた。


ひいおじいちゃんとは、ものすごく小さい時に会ったことがあるらしいんだけど、昔すぎて覚えていない。


「そうか。君の家はみんな警察官だし、警察という存在が身近だったんだね」


そう。

ひいおじいちゃん、おじいちゃん、お父さん、3人とも警察官だった。

お父さんは今も働いているけど、隣町で出勤している。


「けど、君は運が良いね」


にやりと笑う。


「……う、運、ですか?」


「ああ。これを見てくれないか」


渡我部さんがパソコンを立ち上げて、私に見せてくれた。

何かの記事で、『怪盗Chats、100年ぶりの出現か』とある。


「ええっ!?」


「まだ盗んだってわけじゃないけど、ちょこちょこ目撃情報があってね。数年前はフランスやヨーロッパだったんだけど、最近は日本で目撃されるようになった」



――怪盗Chats。



彼らこそまさに私たちChiens警察が追っている怪盗。

ここ100年も姿を現さなかったらしい。

Chatsはフランス語で「猫」。

ものすごくすばやかったんだって。


……ま、マジ、ですか?

こんな偶然あります?


「もしかすると、近日派手にやってくれるかもしれないねえ」


「そ、そんな予言みたいに言わないでくださいよ!」


でも、嬉しい、かも。

ひいおじいちゃんが果たせなかった役目を、私が果たせるかもしれない。

……ううん、必ず果たしてみせる。



コンコン



誰かがノックした。


「どうぞ」


「失礼します」


低めだけど、まだ子供っぽい感じの声が聞こえた。


「おはようございます」


青年が入ってきた。


「おはよう、悠太」


……ん?悠太?


背がすごく高くて、前髪が長くて邪魔そう。

目は切れ長だけど、表情は眠そうというかだるそうというか……って、この雰囲気見覚えあるような。


「紹介するよ、Chiens警察のメンバー、七染ななそめ悠太ゆうただ。悠太、新任の陽山咲良だ」


渡我部さんが私と悠太と言う青年に紹介してくれた。


「七染、悠太……」

「陽山、咲良……」


じいっと悠太は私を見てくる。


やっぱり、知ってる、かも。

この目、私、見たことあるし、知ってるもん!!


「「……って、ああーっっ!!!!」」


渡我部さんが耳をふさぐ。

叫び声が響く。


「な、どうしたんだ2人とも」


「ゆ、悠太じゃん!!」

「咲良じゃんか、お前!!」


きつかった悠太の表情が急にやわらかくなった。


「いつぶり?」


「小2とか以来じゃね?」


「うわあ、懐かしい!てか、めっちゃ身長伸びてない!?」


170はありそう。


「そういうお前は縮んだみたいだな」


しれっと嫌味!!


「縮んでないし!!」


むかつくけど、懐かしい。

小さい時は私より小さくて、背の一番前だったのになあ。

いやあ、大きくなったなあ……って、おばちゃんかよ。


「……な、なるほど、幼馴染みなのか」


渡我部さんがちょっと引いてる。


「そうなんです!Chiens警察入ったってのは知ってたけど、フランスにいたんじゃないの?」


「帰ってきた」


「フランスで修行していたんだよね、悠太は」


「はい」


「修行!?!?」


「Chiens警察は元々フランス発だからな」


あ、たしかに。

でも、修行なんてできたんだ。


「さて!悠太も来たところだし、早速行くか!!」


勢いよく立ち上がり、どこかに行く準備を始める渡我部さん。


「え、どこかにですか?」


「もちろんだよ」


もしかして、怪盗Chatsを探すとか!?!?


「ほら咲良、行くぞ」


「うん!!」


ルンルンで向かったその先は……



プップーーー!!


ピッポ パパポ ピッポ パパポ



「何でーー!?」


黄色い旗を持って、横断歩道の端で立ち尽くす。

小さい子たちや、高齢者、家族連れが渡る。

今日は休日だし、それなりに人多いし、車はもっと多い。


「おいここで騒ぐなよ」


「だってえ、怪盗逮捕の仕事だって思ってたもん……」


「あほか。まだ何も目撃情報とかないだろ」


「あるって渡我部さん言ってたもん!」


「挑戦状は?」


「……ない」


「なら来るまで待つのみ」


「えええ……」


うなだれていると、おばあさんが私の前を通った。

重そうな荷物に杖。


「あ、お手伝いしますよ」


声をかけると、おばあさんはちょっとびっくりして、


「ありがとうねえ」


と言ってくれた。

おばあさんから荷物を受け取って、ゆっくり一緒に横断する。

まだ点滅はしてないね、よし、間に合いそう。


「お嬢さん、ありがとう」


「いえ。気を付けてくださいね」


ここの横断歩道は意外と長いし、道路も交通量が多い。

事故が起きやすいんだ。


信号が点滅する。


「信号が赤に変わりまーす」


悠太が大きな声で言う。

渡ってる途中の人に呼びかけているんだ。

よし、人もいないから戻ろう。


そう思って、視線を離すと、白くて小さいものが飛び込んだ。

離しかけた視線を戻すと、横断歩道の真ん中に白い子猫がいた。


「猫だ……!」


私は子猫の方へ駆け出す。


「咲良!?」


信号は完全に赤。

車道の方はまだ青だ。

あの信号はゆっくり変わるから、急げば間に合う!!


「ミャー」


子猫が歩き出す。

……車の方に。


「そっちはダメー!!」

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