厄介な友達《下》
◆ 蘭すずな
「すーずーなちゃん! なにしてるの?」
帰路に着こうとしていると、突然背中をドンッと強く押された。
その反動で私は少し足がもつれて、転びそうになる。
「はーー、!!!」
────っ、ととっと。
必死に足へブレーキをかける。
そのおかげか、幸い盛大に顔面から転ぶことはなかった。高校生になってなお、幼稚園児のような転び方をするのはあまりにも醜い。
あっぶなー! ……何いきなり!?
「び、びっくりしたぁ……! 驚かさないでよ急に!!」
首を回して押された方向を振り返る。
なにかしらの危険物質ではないことを確認するとバクバクと拍動していた心臓が徐々に落ち着きを取り戻した。
「へっへー! ごめんごめん……驚かせるつもりはなかったんだけど、びっくりした?」
「びっくりするよ、そりゃあ……! 猪が突進してきたのかと思った」
「い、いのししっ……!? 例えが酷いよ!」
驚かせる気満々だったでしょ、絶対に。
まぁ、獣じゃなかっただけマシか?
額面通り私は後ろから猪にでも突進されてしまったのかと思った。だって、この高校結構山に近いし、それに熊とか狸とか狐とか……得体の知れない有象無象の化け物(魑魅魍魎)とか────はさすがに出ないと思うけれど、いろいろ出没しそうだし、勘違いするのも無理はないでしょ!
「で、どうしたの花嶋さん? 何か用事あるなら驚かさなくても手伝うのに」
「ごめん! んふふふふ、それはねー……」
と、可愛らしげに両手を合わす。
この子は同じクラスの
茶髪でショートヘアの女の子だ。私も結構明るいよりの性格だとは思っているのだけれど、それ以上にこの子は活気に満ちている。気になったことはズバズバ訊いてくるタイプで世間一般的に表すなら陽キャ? という感じだろう。私は陽キャではないから、少々ベクトルの違う性格だ。
名目上では『友達をつくろう!』という感じにはなっているが、内実は担任による新入生定番のよくある時間潰しのグループワーク自己紹介でなぜかめちゃくちゃ私に興味を示してきた。
それから席が近いのもあって意気投合し、よく話すようになった。それがこの子との一連の話だ。
「な、なに……? 怖いよ!」
「むふふふふ……」
花嶋さんは何か知らないが不敵な笑みを浮かべている。多分、良くないことを企んでいるってことだけはなんとなく読み取れるけれど……。
「言っちゃうけどいいの……? さや、実は気づいてるんだよ!?」
「……え? どういうこと?」
…………? ん、なんの話気づいてる?
一体何が、何に。
要領を得ない発言に釈然としなかった。
「もー、しらばくれちゃってさー!! 知ってるよ、付き合ってるんでしょ!」
「え?」
花嶋さんはキャー、と頬を染めて恥ずかしそうに両手を顔に当てる。
付き合ってる?
一体なんの話だろうか……。
「一人で盛り上がってるところ悪いんだけど。勘違いじゃないそれ、私付き合ってないよ!」
「うんうん、照れるのもわかるよ。すずなちゃんからしゅきしゅきオーラがその人に対して出てるんだから!」
「しゅきしゅきって、いや。別に出してないんだけど! その表現ちょっと恥ずかしいから出来ればやめてほしい……」
ど、どういうこと……! なんで!?
一体、この数日間で何が起きたの!? 誰にも告白とかしてないし、それにされてもいない。火のないところに煙は立たないとはよく聞くけれど、今回に関してはまったくもって火種すら抱えていないので恋愛の温床はない、事実無根だ。無から勝手に生まれてきたとでもいうのだろうか?
「一応、訊いておくけど相手は誰なの?」
「それはねー」
むふふー、と口角を上げる。
「成瀬くんでしょ? すずなちゃんの隣の席に座ってる!」
「………………」
「どう?」
「……違うよ!」
やばい、なんかとんでもない勘違いされてる! そういう目で見てないよ、一切、断じて見ていない! 甘くてトロンとした蠱惑的な表情で彼のことを見てはいない! この子は成瀬くんとの筆舌に尽くしがたい複雑な事情を知らないから私がそういう風に映って見えているのだ!
これは本格的に良くないよ、本当に。
「そんなんじゃないよっ!」
「またまた、嘘が苦手だねー」
本当のことなんだけどな……。
うん、厄介だこの子は。
しかもこれ以上にないくらい厄介だ。
今思えば花嶋さんの自己紹介のときに恋愛話が大好きだとかどーたらこーたら話していたような……。
ということは、
「今から会いに行こうよ! まだ喋ったことないから仲良くなりたいんだよね。すずなちゃんの彼氏だからわたしも会わないといけないしさ」
ほら、こういうことになる。
いや、ならない。
娘の付き合っている彼氏に会いたいとか言う過保護な両親か!
恋愛話大好きな女子って話が飛躍し過ぎる傾向にある。花嶋さんの場合飛躍どころの騒ぎじゃない。つまりこれを鎮静化させるのは少々骨が折れるというわけで。
うーん、でも。
「まあ違うからいいんだけどさ……」
私は不本意ながらもコクリと頷いた。
あらかじめ危険の芽は早めに摘んでおく。
これが最適解に尽きる。
それに、成瀬くんが否定すれば自ずと飛躍した誤解も解けるはずだよね……きっと。
私はその期待を込めて、彼女の提案を受け入れた。
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