幼馴染とひとつ屋根の下

「おっじゃましまーす……」


「汚いけど文句言わないでくれよ……ここ最近買い物しまくったから段ボールが散乱してて」


 そう言いながら、重厚な鉄の扉の鍵を開けて中に入る。

 俺はリビングに続く廊下にあるスイッチをパチリと人差し指で撫でるように押した。


 ぱっと光りが灯る。

 暗闇で隠されていた汚い廊下が目を覚ます。

 ……部屋も同様に。


「おお〜っ……」


「何も言うな」


「まだ何も言ってないですよ」


「続きの言葉が反射的に出てたと思うから先に塞いでおいたんだよ……」


 いかにも典型的な男子の部屋といった感じだろうか? 大体一人暮らししてるヤツの部屋なんてこんなものじゃないのか。逆に取り繕ってなく、自然体みたいで生活感があって良いと思うけど。


 廊下に散らばっている空のダンボール箱たちを華麗に避けつつリビングへと入っていく。


「ふぅう〜……疲れたー!!」


 蘭は疲労困憊なのかスクールバッグを床に置いて、リビングのソファに体をドッと預けた。

 幼馴染とは言えど、まるで自分の家のようにくつろいでんな……。


「だいぶ疲れた……精神的にも肉体的にも」


「私もですよ」


「だろうな」


「……はい」


 上着を脱ぎ、蘭が座っている横の空いたスペースに腰を下ろす。

 

 俺も、そして蘭も。無意識にストレスを溜め込んでいたんだろう。少しでも、安心する場所で緊張感を解いてさえしまえばダムが決壊したようにその疲れがに一気に体へ押し寄せてくる。


 昨年の今頃を思い出す。

 こっちにやってきて部屋を急いでとって──すぐに入学式。環境の変化とは思っていたよりも厄介なもので、不安があったに違いない。

 当たり前のことだが、俺も状況的には少し違うが気持ち的にはさほど変わらない。1年経ってもまた高校1年生をやるわけだから環境の変化と言っても差し支えなかった。


 これからのことに先行きが不透明で不安を抱いてはいたが、蘭と再び会えたことに嬉しいと感じる自分がいた。



 ◆ 蘭すずな 



 私は今日。

 幼馴染である『元』先輩と出会った。


 そして、今は彼の家にいる。世の体裁がどうだのこうだの今は正直どうでもよく感じる。


『襲われる』『危ない』『女の子が男子と泊まるのは……』とか、それは見知らぬ人の家だからこそ適応されるルールなわけであって私たちは幼馴染──それ以上もそれ以下でもない。

 言うならば、幼馴染カードと呼べばいいだろうか? その事実、証明書は私が成瀬くんのことを信頼している証となる。

 それゆえ、お泊まりは許されるわけだ!



「へぇー……こんな部活あったりするんだ」


 私はこれから3年間通うことになる学校の部活紹介ホームページをスマートフォンから見ていた。


 ほうほう……。


 中には珍しい部活も散見される。それでもやはり、人気な部活はバスケ部とか吹奏楽部とかチア部とかだろう。これから高校生活を楽しく──少し粋がった言い方をするけれど、Well-beingを体現するためには真剣に選ぶべきだ。


 ここは在校生の大先輩である彼の助言を。

 ──と、その前に。


(成瀬くんって何部なんだろ……ちょっとだけ気になる……)


「ねーねー、成瀬くん」


「なに?」


「部活何入ってるんですか?」


 ふと、気になりなんとなく訊いてみた。


 そういえば、中学校の頃はサッカー部でキャプテンやってたんだっけ……? 結構強かったらしいんだけど。

 それを加味するのならばやはり、高校でもサッカー部なのだろうか──



「────何も入ってない。帰宅部」


 数秒もせずに言葉が返ってきた。

 こちらには目もやらず、読んでいる小説のページをめくりながら淡々とした一定の動作だ。


「んー、そっかぁ……」


「なんで?」と訊くまでもない。

 成瀬くんも言っていたが、インドア派だ。


 小説の為だけに買ったであろう棚。

 そこには本がびっしりと詰まっていた。


 つまり、この大量の本(純文学からライトノベルまで様々)がある部屋を見ればわかる。あの廊下に転がっていた段ボールの空箱の中身が本だったことにも説明が通る。


 聞くだけ無駄だった………。

 そう思い始めた矢先。


「蘭は生徒会とかいいんじゃないか?」


 興味なさげだと思っていた成瀬くんが思いついたかのように口を開く。でも、顔の向きは本で、未だ微動だにしない。


「生徒会? 向いてないですよ絶対」


「運動部もいいと思うけど、なんか生徒会って感じがするな。根は割と真面目だし」


「そ、そうですか……? じゃあ成瀬くんも一緒にどうですか」


「嫌だ」


 即答じゃん……私のこと嫌いなのか!?

 とはいえ、生徒会かぁ……考えもしなかったな。完全に向いてないと思って眼中になかったから意外な提案に私はぎょっとした。


「うーん、もう少し考えてみます」


 まぁ、時間は十分にある。

 そう考えた私はブラウザを閉じた。


 

 ***



 その後、夕食を終え私は床についた。


 見慣れない天井を見上げる。

 いつもと違った光景だ。


 成瀬くんがリビングのソファで寝るからって言って私にベッドを譲ってくれたのだけれど、さすがに烏滸おこがましいような気がしてならなかった。

 後日お返しでもしないと、どうしよう! と思いつつは私は深い眠りにつく。


 もちろん、男女ひとつ屋根の下……。

 何も起こらないはずもなく……というのは嘘で本当に何も起こっていない!

 もし、まかり間違って成瀬くんが夜這いして襲ってきたなんてことがあれば普通に顔面にパンチをお見舞いしていたんだけれど。


 まぁ、あの成瀬くんはチキンだからないか。

 そういった欲はなさそうだし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る