幼馴染の我儘

「で、なんでついてくるんだよ。お前帰り道俺と逆方向だって言ってたじゃないか」


「いいじゃないですかー! せっかくの感動の再会なんですよ?」


「感動でもなんでもねぇよ! 寿命が2年くらい縮んだって」


「相変わらず、つれないですね……」


「悪かったな、つれなくて!!」


 蘭も学校の寮ではなく一人暮らしだと言うので一緒に下校していたのだが、本来なら別れ道のところでなぜか、俺の家方面までやってきた。

 おいおい……、一体どういうつもりなんだ? コイツは……。



 信号が赤から青に変わり、俺たちは並んで歩き出す。

 隣の蘭はスクールバッグを退屈そうに体の前で抱えて、そのままゆっくりと口を開き始める。


「それにしても、なーんか思っていたより何もないんですね……この周辺って……」


 キョロキョロとせわしなく辺りを見渡す。そんな彼女を横目に言葉を交わす。


「この高校入るって決めていたならわかりきってたことじゃないか。学校の場所も場所だし、オープンキャンパスで見学しただろ?」


「来てないです」


「おい……最低でも一度くらいは下見に来るはずなんだがな。この俺ですら2回行ったのにさ」


「一応、来たと言えば来ましたけど……入試のときに2回だけ」


 人差し指と中指を立てて、ピースの形を作って見せた。


 それオープンキャンパスで下見ではなくただ受験の問題解きに来ただけじゃないか……。

 この適当さというか、楽観的な考えというか……まったく幼少期の頃から変わっていないように思う。人は成長と共に変わるとはよく聞くものだが、基本的に性格の性質は流動性を孕むわけではないという持論がある。蘭に関しては良い意味でも悪い意味でも昔と同じだ。

 自分の意思に対して正直で、純粋。


「ならこの街、案内してください」


「現代人なんだからインターネットっていう文明の利器をしっかり活用してくれ」


「お願いしますって、慣れない土地でこのまま幼馴染が野垂れ死んでしまっても良いんですか? ……責任とれるんですか!」


 、と言われても……。


「責任は普通にとれないし、とらないし。というか、悪いがマジで知らんぞ。ここの土地柄」


 かくいう自分もまったく知らない……。

 1年も住んでるが如何せん本当に知らないのだ。


 スーパー、コンビニなどの食料品店は所々に点在しているがメディアで取り上げられたりするような人気店もなければ、年間数百万人来場するようなテーマパークも何もない。

 娯楽という娯楽が制限されている地形といっても過言ではない。ここの地元の人たちですら総じて『何もない』と高らかに公言しているのだから、それはそういうことなのだろう。


「え〜……! じゃあいつも生徒たちどうしてるんですか」


「どうだろうな……俺はインドア派だし家で本読んだりする事は多かったな……」


「高校生ってカップルでレジャー施設に遊びに行ったり、学校の帰りに美味しいお店寄ったりするもんじゃないんですか」


「中にはいるだろうけど、みんながみんなそうではないと思う……」


「へぇー、高校生って案外真面目なんですね」


 それを聞いた蘭は如実にがっくりと肩を落として落胆した様子を見せた。

 だが、進学校とは言えど生徒たちも一切遊んだりしないわけじゃない。フラストレーションも兼ねて友達と休日に県外に遊びに行ったりすることも多い。

 少なくとも県外であれば、なにかしら娯楽施設の類は多くある。隣接する県に三大都市のひとつもあるし、他にも観光名所も数え切れないほどだ。


 だから、遊びに行くならそこくらいだろう。


(まぁ、ここ周辺になにもないのは自明の理ではあるのだが……)



「じゃあな。また明日、学校で……」


 いつのまにかマンションの目の前に着き、俺は蘭の方へと顔を向けた。

 そのまま別れを告げようとしたのは良いものの断じて帰る気配が見られない。


「おぉお……ここが成瀬くんのお家ですか」


「おい」


 なんなら、今から部屋に入ろうとさえしてきそうな感じだ。

 杞憂であってくれと願っていたが、


「ってことで、今日はよろしくお願いします」


 そう、都合よく終わらない。

 いや、幼馴染だからと言えどダメだろ。


「嫌だ」


 脳を介する間もなく脊髄反射で返事をした。

 何考えてんだ、冗談キツいぜ。


「なんですか今更。お泊まり会はこれまで何回もやってきたはずですよ!」


「それは大昔の話だろ……親もいたし。今じゃ、高校生だから世の体裁が男女ひとつ屋根の下なんてことを簡単には許さないだろ……」


「まだ、引越しの準備すら出来てないんですよ。一晩で良いので泊めてくれませんか!」


 はぁ、引越し? 準備できてない?

 どういう心情で入学式迎えてたんだよ。


「いや、でも────」


 俺は葛藤していた。

 まるで迷い猫状態の幼馴染を野晒しにしておくのはさすがに薄情にも程があるのではないか? 

 ここでまで来て「帰れ!」と言うのは逆に憚られるというか、僅かにある良心がそれを許さないと言いますか……。

 久々の再会で困っている幼馴染をすぐ見捨てれるほど自分の心は腐っていなかった。


『なんですずなちゃんに嫌がらせするの!!』


 それに万が一、母さんにでも知られたらこんな激昂が飛んでくるに違いない。自分の子供のように溺愛してるからな……母さん。


 ああ、もう、くそ…………。

 軽く溜め息をついて、


「仕方ないな……1日泊まったらさすがに家に帰ってくれよ……頼むから」


「はいはい、はーい! もちろんですよ!」


 そんなこんなで俺は結局、蘭を家に泊めることを許してしまった。

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