放課後の一幕
最初は全く気が付かなかった。
なぜって、こんな場所で会うはずがないと思っていたからだ。ここまでくれば確率論とかそういうロジカル的な事象では示しがつかないだろう。
偶然にしては出来すぎているというか、なんというか……。奇跡とかいう運命の悪戯を信じたことはこれまで一度もなかったが、これを目の前にして信じない余地はない。
夕方5時30分。
日も傾き始め、夜を受容しようといるのか幾分か暗くなりつつあった。
そして、ガイダンス後の下校時刻になり、突然隣人が手を引いてくる。
「ちょっと、来てください……!」
「おい、いきなりなんだよ……まだ、帰る準備できてないっ──!」
────って、俺の話を聞けよ。
呆気にとられているのか、どういった感情なのかは顔を見れば一目瞭然だった。
まぁ、それもそうなるだろう。
幼馴染であり"元"後輩でもあり──そして、今では同級生。隣の席が先輩だったと知れば平生を保つのはそうそうできたものじゃない。
後ろのドアを抜け、
ひとつ、ふたつと教室を横切り、
2階から1階へと下る。
これ、大丈夫か……クラスの生徒たちに変な目で見られていないと良いんだけど……。
間もなくして、階段下の人気のない場所に辿り着くと体制を整える。
「はぁ、はぁ……」
「走りすぎだっての……そんな急がなくたって逃げやしないって」
彼女はゼェゼェと切らした息を整え、『そ、そんなことより……』と続けると怒涛の質問攻めを始めた。
「な、成瀬くんっ! なんでこんなところにいるんですか! 何してるんですかっ!!」
ほらきた。予想通りだ。
「いや、こっちのセリフだっての! なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「私がいるのは普通ですよ! 入学式なんですから当たり前じゃないですかー!」
「そりゃあそうだけどさ……まさか、いるとは思わないだろ」
そう言うと、『私もです』と言いたげな顔で眉を
────彼女は
簡潔に言えば『幼馴染』というヤツだ。
一個下の後輩でもある。
中学校では、学年が違ったのもあって学校での関わりはそこまでなかった。確か、学校で一番可愛いと異性同性構わず評判が高く、その上成績優秀な『才色兼備』がよく似合う生徒だと風の噂で聞いていたくらいで、特にその話に興味を示すわけでも、ましてや蘭に質すわけでもなく、ただ聞き流していた。
「つーか、久し振りだな……」
「2年くらいですよね」
「多分それくらいだな……」
なんか、調子狂うな……。
2年越しに話す俺は幼馴染相手に柄でもなく緊張していた。一応、年下だと言うのに。
「久しぶりの再会だと思えば成瀬くんはなんで1年生の教室にいるんですか──って、訊くまでもないですよね」
「その読み、多分当たってる……」
「なんでちょっと誇らしげなんですか。威厳ないんですか! ……私はまた会えて嬉しいですけど、素直に喜べないんですよ……」
「威厳、ねぇ……」
そんなものはとうの昔にゴミ箱かどこかへ捨て置いてきた。自己肯定感が低いのは承知の上、もちろん自己肯定感が低ければ威厳のなさも自ずと付随してくるというもの。威厳は強者の証。戦国武将も威厳があるからこそ人を束ね、そして果てしない地位を得たのだから。
その理論でいけば俺は弱者扱いだろう。
そんなことはどうでもいいのだが。
こいつのことが気になって仕方がない。
もちろん、恋愛的な意味じゃない。
「蘭はなんでここにいるんだよ。こんな地方の私立高校に来なくても良かっただろ」
「いや〜、なんと言いますか……」
「もしかして、俺のことが好きでついて来たのか?」
冗談。ほんの軽いジョークだ。
からかってやろうと思いついたのだが。
俺の予想とは違って、蘭は照れくさそうに上目遣いをするとこちらを見上げた。
「はい。成瀬くんのこと大好きなので」
「はぁっ……!?」
予想外の返答に対して、少しばかり頬に熱を帯びてゆくのを感じる。
ああ、今だけ身長が縮めばよかったのに。
こういう状況はあまり良くない。
心臓に悪いからやめてくれ。そういった恋愛沙汰っぽい発言とか仕草に耐性はないんだよ!
「もう、冗談ですよ! 顔、赤いですよ、もしかして照れてるんですか」
というのも、また冗談で。
逆にからかわれてしまった。
形勢逆転。こちらが優位に立っていると思っていたのだが、逆に彼女の手のひらの上でまんまと踊らされていたらしい。
「一体なんなんだよもう!」
「あははっ! もう前みたいにからかわれませんよーだ!」
「別に照れてないし。俺は年下のガキになんか興味ないんだよ。ましてや、幼馴染になんて──やっぱり年上しかありえねーよ!!!」
恥ずかしさを紛らわすように語気を強めてぶっきらぼうに言葉を放つ。
「はいはーい」
「おい」
このメスガキ、こら。
「本当の理由はなんなんだよ。わざわざ県を2つ跨いだような地方の私立高校に来るなんて珍しいだろ。あの中学校で俺が初めての進学だったわけなんだし……」
「特に理由はないですよ。ただ、この高校に前々から興味があっただけの至ってシンプルな理由です」
なんだその今、とってつけましたみたいなよくわからない中身のない理由は。
「つまり、理由ないってことです」
「なんだよそれ。意味わかんねぇ……」
続けて蘭はもの言いたげにジト目になり、
「成瀬くんこそ一人暮らししてみたいとかいう意味わかんない理由でこの高校進学したじゃないですか! それに、不謹慎ですけど人のこと言えませんよ……」
……ハッ、たしかに!
よくよく考えれば人のことを口うるさく言える側ではないのを今気がついた。真っ当な進学理由がないのは正直まだ許せるが、『留年』とかいうとんでもない重りを脚にぶら下げている俺が口酸っぱく言えるような立ち位置ではない。
「まぁ、そうだけどさ──」
────下校の時刻になりました。まだ校内に残っている生徒は。
すると、話を遮るかのように学校のアナウンスが鳴る。下校の時刻だ、もうそんな時間らしい。
「とりあえず、もう遅くなってますし学校を出てから話の続きをしましょう」
「そうだな。初日だしなんか、疲れたからササっと帰るか」
いつもの聞き慣れた下校のアナウンスが話の区切りを告げた。
※※※
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