第5話 旅といえば晩御飯!
「つまりどういうことなんだ?」
地上の社に戻り、ようやっと少年のしがみつきから解放された赤毛の男が首を傾げる。器用にバランスを取り、頭の上に乗ったままのオレンジトラの猫が、案外似合って見えるのはどういうことか。
「……シェルハスメケットは、本来は輪廻システムの管理者なのよ。どういう訳か、過剰に猫愛に溢れてるだけで」
シャキヤールがまあしょうがないな、という顔で答えを投げる。
輪廻システムの管理者、まあ一般的な人間の感覚でいえば、死者の魂の管理者、と言ってもいいだろう。
「ええ、一応ここからでもできるので、管理もちゃんとしていますけどね。
そうそう、これは機会があれば言わなきゃと思ってたんです。
今度の月の、負荷軽減システムは大変素晴らしいですね。管理が更に楽になりそうです。
……ただ、それに見合うほどリソースが回復していないのが勿体ないところですけれど」
猫少女が頷いて、一同を見回す。
「金星の女神が冥府の妹の所に下って、なんやかんやで戻ってくる話、どっか他所の神話にあったわねえ。今回のは戻れなかったやつってことになるのかしら?」
シーリーンが考え込むそぶりでそんなことを言い出す。
「そもそも『冥府』に辿り着いてもいませんよ、あのひと。あの洞穴は、まだ地上のうちですから」
ふふふ、と猫少女が笑う。
「……いや待って、この世界にも冥府ってあるの?」
まあ他所も実在してるかどうかまでは知らないと言えば知らないけど、と眉を寄せるシーリーン。
「ないことはないですけど、厳重にシールドされた空間で、輪廻システムの根幹部分が動いてるだけで、他には何もありませんね。私もトラブルがなければ見に行きませんし」
猫少女は特に思うところもないようで、シンプルな解説。
「いやそこは定時チェックはしよう?といってもシステム自体は今まで大きなトラブルは起こした事ないのよねえ」
シャキヤールがそう言いながら考え込む。
「あら、数百年に一回くらいですけど、リソースの大きすぎるものが引っかかって、手動で剥がしに行ってますよ?」
ちゃんと仕事はしてますアピールに余念がない猫少女。
「剥がすって、そのあとどうするの……?」
少年が恐る恐るといった様子で訊ねる。まだちょっとおっかなびっくりな様子なのは、珍しいといえばまあ珍しい。
「その時々で変わりますねー。基本はできるだけ余分な部分を分離してから再履行ですけどね。
ちなみに分離した方は蓄積されて、基準値を満たした段階で新しいリソースとして放出されます。でないといつまでたっても増えませんからね」
根本的に、この世界は現状のリソースが足りてないので、まるっと他所に放流とか以ての外ですよねー、と呑気に話す猫少女。
「つまり、生前にどれだけ努力しても、死んだらそれで終わり?」
赤毛の男が、微妙な顔でそう訊ねる。
「無駄にはなりませんよ?ああ、そこじゃないですね、失礼。
個人に関しては、実は努力次第ですねえ。極めて稀ではありますけど、私ではどうにもならなくて、主神様の裁定を仰いだ件がないでもないですし。
ただまあ基本的には、つよくてニューゲーム、みたいな仕様はありませんね。
あくまでも、死んだら一旦リセットが原則なので、死ぬまでに頑張りましょう?」
にこやかな猫少女の言葉に、考え込んでしまうハルムレク。
「ねえ、つよニューとか言われてもハル君判らないんじゃ?」
龍の姫が妙なところを気にしている。
「ん?いや、シーリーン嬢のように、前世というものを覚えている人間というのは、死んだらリセット、となっていないのではないか?とふと疑問に思ってな?」
つよニューに言及しない所をみると、知らない単語は一旦スルーの構えの様子。
「あたしのは他所に無理やり呼び出されたせいだからねえ。あ、でも祖霊様たちもだいたい前世持ちだったはずだから、あれはどうなってるのかしら?ふたつ以上覚えてる人、複数いた気がするけど」
「ええ、そうですね。一定以上の過去を覚えているままの場合は、システム側でリセットされてない、もしくはりセットが不完全な可能性が高いです。
リセットされない原因はリソース側のちょっとしたエラーだったり、外部要因であって、そもそもうちのシステムを通ってなかったリ、意外といろいろですけども。
とはいえ、所謂前世記憶は、存在していてもリソースの微量の積み増しに留まることが多いので、リセットが行われなかった場合でも、システムそのものに弾かれることは滅多にありませんよ。
実際、エラーログを見る限り、二度以上同一リソースにエラーが発生する場合は、ほぼリソースそのもの以外の、多くは外部要因ですね。
ただ、積み増し状態ですと、システムの想定外の力を呼ぶ可能性が上がるので、弾かれる率自体は多少上がりますね……最近ではその祖霊さんたち、ですか、あの『色の破片』なんてそうですね」
立て板に水といった風情で一気に説明する猫少女。
「外部要因?」
「多くの場合は、他所の世界から魂だけ、もしくは肉体付きで落っこちてきた人たち、かつ魔力の殆どなかった人、がこの世界で亡くなった場合、ですね。
一定以上の魔力持ちだとほぼ確定でシステムに弾かれますが、そういうタイプはそもそも無事に落ちてくることがあまりありませんからねえ。ま、実例自体がとても少ないんですけど」
その説明に、月で留守番しているわんこ、もとい狼を思い浮かべて、あー、と納得の表情になる数名。
「……あれ、じゃあ、シィの場合は」
「出戻りだと条件がゆるくなるとか?」
首を傾げる当事者含む兄妹。連れている猫たちが一緒に首を傾げているのが大変可愛らしい。
「キミのはもはやバグみたいなもんだから。例外だから。深く考えたら負けなやつだから。ってかしーちゃんはまだココで死んでないからノーカンでしょ」
主神がお手上げのポーズをとるが、猫少女はしばし無言で瞑目して考え込む。
「んー……いえ、主神様。お嬢さんのは仕様ですよこれ。ログを確認しましたけれど、当事者のお嬢さんの言う通り、肉体を伴わない出戻りでリソース過剰が発生した場合の例外処理がされています。
……でもよくこれ通常の例外処理でいけたわね?このクラス値、想定最大値の十倍を超えてるんですけど」
なんでこれで半、いえ、神霊判定になってないんでしょうね、と、前半は冷静に解説していた猫少女も遠い目になった。
「えっと、それ、失敗してたらどうなった、のかな?」
恐る恐る、猫少女に訊ねるシーリーン。
「安全装置が動いて弾きだされて、直前にいた世界に戻されるんじゃないですかね。安全装置作動したことないですけど、まだ」
それって、ひょっとして、安全装置とやら、ハナから壊れてないですかね。
思ったものの、口には出さない、出せない一同であった。結果は全部いい方に転がったんだから、まあいいよね。とは後日の主神様談話である。
そのような、世界の裏側に関わる談義の後の夕飯は、猫少女の手配で、極東のいにしえの旅館業で流行ったという食事スタイルになったのだが。
「えっなにこれ、生きた魚??」
「うわあ船盛り!実物は初めて見るわ!」
木製の船の形の器に、尾頭付きの活け造りやら、海老やアワビの刺身が美しく盛り付けられたものを出されて、おっかなびっくりの兄に、目をキラキラさせる妹。
「生で食べる文化があるとは聞いていたが……」
生食文化のない地域で育ったハルムレクは眉を寄せ、セルファムフィーズはというと、何故か膝の上の猫とにらみ合い。
それ以外にも、焼き魚や器に入った卵の蒸し物や、海老や野菜を揚げた盛り合わせなどなど。比較的海産物の多い机の上は絢爛豪華といっていい有様であるが。
「お刺身は薬味やお醤油をつける前なら猫さんにあげても大丈夫ですよ、ただしお魚だけで三切れまで。えびと貝はだめです。猫さんのごはんはあとで用意していますので、程々にー」
猫少女はにこにこと杓文字片手におさんどんの構え。
「まあコンセプトは判るけど、ハル君と少年、お箸は無理よね?」
シャキヤールが男性陣を見やる。
「……おはしってこの棒?」
「うん?東方同盟でも東の三国は普通に箸を使うというから、一応習ってあるぞ?」
対照的な二人の回答。遊牧系の生活が主な二人は、普段の食事道具といえば匙とナイフ、最近になってたまにフォークといったところだ。
「……そもそも魚を生食するのも、その三国と極東だけでは?」
と、セルファムフィーズ。こちらは箸自体は使えるようなのだが、生魚を前に渋い顔。
「いや、北塩と海渕はそういう料理もあるが、南寄りの散潮ではしないと聞くな。あの国は干物の輸出のために漁をするというから」
家業に海運関連もあったり、自身も同盟での仕事を持っていたりもするハルムレクは、同盟内外の国の食物事情にも結構詳しい。
ただ、流石に遠方の国には入ったことのない場所もあるようだ。
なお、散潮国の名産は、国内で漁獲可能なほぼすべての海産物の干物や煮干し、それに入り組んだ湾内で育てられる真珠だ。
穀物用の農地にできる場所や、そもそも農業に回せる真水が殆どないため、漁獲が生活の全てを担っていると言われている国だそうだ。
結局、少年のぶんだけ、フォークと匙が用意された。
「え、皆使えるんだ」
「一応最低限は。ただ、正直得意ではないですし、随分と久し振りですので、できれば匙は欲しいですね……」
「う、前前世ぶりなせいか、上手く持てない。悔しいけど、フォークとおさじぷりーず。くそぅ、練習しなくちゃだわ」
速攻で少年の両隣の二人も脱落して、スプーンとフォーク組に加わったりもしたのだが。
お刺身自体は、食べてみれば案外旨いと、それなりに好評だった。ただセルファムフィーズは食感がどうも苦手だ、と、隣の兄妹にまるっと自分の分をやってしまっていたが。
なお一番人気は茶碗蒸しなる、溶き卵の具入りの蒸し物だったのだが。
「うぬぅ、まだ食事取れるとこまで回復してないのを後悔する日が来るとは……」
龍の姫が茶碗蒸しを睨んで唸る。どうやら、元々の好物であったらしい。が、本体がある程度回復しないと、食事をとれる程度の密度を持った分体が作れない彼女は、今の所水を飲むことすらできない。
「作り方は知ってるから、食べられるようになったら作るわよ」
龍の巫女たる少女が安請け合い。まあ、実際に普段月で暮らしている仲間で一番料理が上手いのは彼女だ。なお次点は彼女の兄である。
龍の姫は現状料理どころではないうえにお菓子のレシピしか知らないと言い放つし、シャキヤールが作れるのは基本酒の肴だけだ。
……セルファムフィーズは相変わらず台所には出入り禁止だ。
「わかった。期待しないで待ってる」
正直、こっちがいつになるか判らないからね、と言い訳のように付け足す龍の姫。
そんな風に、その日の夜は比較的和やかに過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます