第4話 金星の獅子

ちょっと痛々しい表現がございます。注意。

――――――――――



 落ち着いたところで、猫神と猫少女の力関係について、詳しく話を聞いてみたところ。


 生来、いささかずぼらな、飽きっぽいところのあるシェルハスメケットを矯正しようと、猫少女、カミカが頑張りすぎた、らしい。

 頑張りすぎた結果、半神霊くらいの力の、猫獣人と猫又の中間位の存在になっているのが、ここまで案内をしてくれたカミカの現在の実態であるそうな。


「ほう、頑張りだけでそこまでいけるものなのか」

 ハルムレクが妙なところに興味を持っている。


「いえー、私としては、そこまで頑張ったつもりはないのですけどー、気が付いたら二百年くらいお仕えしておりましてー」

 猫少女カミカはそう言うと照れ笑い。


「頑張りだけでいける……?いけるかな……?」

 何やら計算を始めるシーリーン、あたしの場合最初の魔力の底上げがどうとか、などと呟いている。何か思い当たる節でもあるのか、ないのか。視線を変え、その様子を興味深く見守っているハルムレク。


 龍の姫だけは、我関せずと部屋の調度などを見回している。


「変わった形式、と思ったけどこれ神社の本殿をそのまま屋敷にしてるのか」

 ぼそり、と呟く龍の姫。


「あら、若い子なのに神社形式知ってるんだ。流石にここくらいしかもう残ってないのよね、木造は管理の手が回らないとどうしてもねえ」

 シェルハスメケットが意外そうな顔でそんなことを言う。


「鎖国直後くらいだけど、極東生まれだから、私。十四までいたかな」

 ぶっきらぼうにそう返すのを聞いて、そういや前に聞いたなーという顔の同行者一同。

 ただ、それを聞いた猫神は、え?という顔。そして、一同をひとりひとり、じっくり見据える。


「うそぅ……一人以外全員カミサマじゃん……しかも全員知らないひ……いや金髪にーさんは見たことがある?ような?」

「キミ、千年以上経ってるとはいえ、同僚も覚えてないの?……もしかして当時からずっと引き籠ってたの?」

 呆然と呟く猫神に、シャキヤールがツッコミを入れている。


「うーん、それに関しては彼女が引き籠っていたわけではないですから」

「あれは、前に観た感じだと駄神勢のほうが引き籠りだよね?」

 当時の実態をある程度知っている月神コンビが口々に言う。


「そうですよぉ、皆がどっか引き籠ってお仕事してくれないから、私、他にしょうがなくて地上で頑張ってたのにぃ、なんかすごい天変地異がきたから、咄嗟に結界張って猫ちゃんたち回収できるだけ回収して皆で極東に避難しただけなのにぃ……」


 天変地異により更に異変が発生して、連鎖的にまずいことになりかけたから、極東をあえて自分の領域として切り離して安定させたのだと彼女は言うが。


「いやでも全猫回収とか、あの天変地異のスケールと経過時間じゃ無理よね?その前からこっちに猫集めて領域の基礎作ってないとできないよね?」

「ああうん、それは姉がね、時々私のこと誘いに来ててね、その感じがすっごくヤバいなって思ったけど、主神様連絡取れないし、だからちょっと最悪の事態を予測して備えをですね」

 猫神の返答に、古神組二人が渋い顔。


「成程、当時のキミにこれ以上叱責とかするほどの落ち度はないわね……むしろ大金星じゃない」

「……ですが君の姉上?ナガルが喰った中には居なかったような気がしますが……メルファスシェイラですよね?金星の」

 一同、そこまでの事は知らないので、それぞれが二人を眺めていたのだが。


「……食ったなか、とやらが何かはしらないけど、いるわけがないの。あのばか女、私を引きずり出しにきて結界をこわそうとしたから、かえりうちにしたの」

 突然、表情の抜け落ちた顔でそんなことを言い出すシェルハスメケット。

 そしてそのままゆらりと立ち上がる。


「ついてきて。せっかくだからあのばか、始末してくれるとありがたいの」



 ゆっくり歩く猫神の後を、猫少女を含む全員と猫たちで追いかける。歩みかたはゆっくりだし、足さばきも大股ではないのに、妙に移動は早く、音一つない静かな動き。


「シャキヤ、あれ実体ありましたよね?」

 小声で隣の主神に訊ねるセルファムフィーズ。

「そりゃ取っ組み合いまでしたんだから、あるでしょ。それよりあの子、あたしにはダブって見えるんだけど、どう」

 これも小声のシャキヤール。

「……そうですね。ただ、姉とも違う、ような?隠蔽、いえ封印でしょうかね?」

 姉の名がトリガーになって、何かが起こったようではあるのですが、とため息一つ。


 やがて、辿り着いたのは、館――社の地下。

 石組みの階段を随分と長く降りたと思ったら、鍾乳石の垂れ下がる広い洞窟。


「うわ……」

 少年が驚きの声と共に立ち止まり、入ろうとしたハルムレクも引き留める。その視線の先には。


 金色のたてがみ。

 鍾乳石に刺し貫かれた、頸と手足。

 金と黒の混ざり合う、怪奇な柄の毛皮。


 地の底に縫い留められ、唸り声をあげるは、捻じれた翼を持ち、金の毛皮を斑に黒く染めた、瘦せ細った獅子。


「致命傷は与えたはずなのに、カミサマってそうそう死なないの。こんな目にまで遭わせるつもりじゃ、なかったんですよ」

 元の調子でそんなことを、しかしやや冷淡に言い放つシェルハスメケット。

 反応こそしているが、言葉を紡ぐ力ももうないのか、獅子は唸りをあげるばかりだ。


「私が、さっきみたいに、たまにちょっと人格がぶれちゃうのは、この馬鹿姉のリソースを奪ったせいなの。おかげでうっかり怠惰に磨きがかかっちゃって」


「……あの黒いものは?元の彼女にはありませんでしたよね」

 セルファムフィーズも平常の調子のまま尋ねているが、他の者は無言だし、少年は珍しく――本当に珍しいことだが、親友にぎゅっとしがみついている。


「例の、やばい連中の持ち込んだ何かで、ダメなほうに堕ちかけてたの。何か、は私は知らないけど。リソースを奪ったのは、アレの浸食を止めるためでもあったの。ただの獣には、あれは効果がないようだったから」

「ああ、あのろくでもない薬ですか。確かにあれであれば、神格……神気にしか反応しないはずですね……


 では、もうどうしようもないのですね、彼女は」

 言葉を切って、シャキヤールを見やる月神。


「うえ、これ、神気を変換し収奪するついでに快楽中枢刺激するやつか。禁薬ってレベルじゃないぞぉ……」

 獅子を侵すものを分析したらしい主神の呻き声。


「それ、大元は絶った、んですよね?」

 少女の、不安げな声。


「奴らが作ってたんなら、そうだけど。帰ったらわんこと再調査ね……で、人格もほぼ壊れてて、ヒト型も保てなくて、目に見える範囲でこの浸食具合かあ。残念ね、【最早これは神格とはいえない】。結構な美人『姉妹だった』のにね」


 シャキヤールの言葉と共に、獅子と、何故かシェルハスメケットからも、何かが失われていく。


「あ?」


 きょとんとした顔の猫神と、最後まで唸り続けていた獅子は、そのまま何の抵抗の術もなく、ほろほろと解けるように光の粒に変じて、消えていった。


「え?」

 事態を把握していない、そもそもある程度人ならぬものに慣れてはいるが、見通す力まではない、いわば普通の人間であるハルムレクが不思議そうな声をあげる。


「さて、カミカ、いえ、この場合なんて呼べばいいのかしら?猫を統べるもの?それとも」

 それを気にも留めずに、シャキヤールが向きなおって問いただしたのは、猫獣人、カミカと呼ばれていた、案内役。


「……今はカミカで結構です。流石にあの威圧はやりすぎでしたか、すっかりバレていたようで恐縮です」

 先ほどまでの間延びした様子とは打って変わって、すらすらと話す少女。


「なんでこんなめんどくさい事したの。姉の精神と肉体を分離して、自分の分体に封じ込めるなんて。危うく変な称号がつくとこだったわよ?限界まで弱っていて、宣言一つで回避できたからいいようなものの」

 かつて自分がやらかした面倒くさいの極みの所業はまるっと忘れた顔で、シャキヤールが詰め寄る。


「いえいえ、流石にあれは姉そのままではありませんよ。ほぼ壊れているからまともに動かないし、そんなことしたらそれでも乗っ取られてしまいますもの。

 核は姉のそれですが、厳重に封をして、上に別の人格を張り付けていたんです」

 流石に猫神程度では、いくら病んで死にかけでも、星を司る者をやり込めるには、このくらいしませんと、と、少女は笑う。


「その大前提がおかしい。キミ、猫神じゃないよね?」

 そもそもそんなニッチな役職、認めた覚えがないのよ。主神の言葉が洞穴に響く。


「……今は、猫神ですよ?この領域の中では、ですけど」

「あれ、結局ずっと自称だったんですか……」

 しれっと答える少女、額を押さえる月神。


「まあ領域内にディープな猫好きが棲みついたりして、領域の狭さに対してリソースに余裕ありすぎるからできたのであって、いまだと……ああ、もっかいくらいならできますね……?いつの間にやら、良く増えたこと」

 何かを改めて確認したそぶりの猫神少女が、あらまあ、といわんばかりの表情をしてみせる。ぴこぴこと動く、猫の耳。


「確かに領域に対してリソースがこれもう過剰よね。そうか、案外動物増やすのが早かったのか……?」

「そんな簡単には増えませんよ。リソースの保有値も経時蓄積も低い以上、数で補わざるを得ませんから、最初は結構な自転車操業でしたとも。

 そもそも異変当時の極東は随分人間が減っていましたし、当時は脱出希望の方は災害が落ち着いてから、そちらに送っていましたから」

 猫嫌いや、猫アレルギーの人に、無理にいて貰ってもいい事ありませんからね、と、少女は笑う。


「ですから、リソースは現状ここに関しては余っていますから、お友達の人を無理に連れて行ったりなど、しませんから大丈夫ですよ、小さな月の御方?」

 にっこりと、ハルムレクにしがみついたままの少年に声をかける。が、少年はますます腕に力を籠める。相当警戒している顔で。

 話が見えるような、見えないような、という顔のハルムレク、そして猫神の『本業』にその発言でうっすら気付いた他の一同の、うへえ、という顔。


「と言いますか、なぜ御一行様の中で、一番小さな君が最初に気付いたのでしょう?流石に主神様は判って言ってらっしゃいますけど」

 小首を傾げる姿が、中々に愛らしい彼女ではあるが……


「……ここに来たら、判った。ここ、生きてる人は来ちゃいけない場所に、繋がってるよね?」

 少年が恐る恐るといった様子で指摘する。そういえば、しがみつかれたのはここに入った直後だな、と思い当たる赤毛の男。


「相変わらずそういう勘は突出してるねえ少年……ああ、カミカ、この子はそういうものだとだけ思っておけばいいわ、気にしたら負けよ」

 呆れ半分、感心半分の声のシャキヤール。


「成程?まあ、そんな奈落に迷い込まないように、猫たちを付けているのですよ。ですから、あまり邪険にしないであげてくださいね?ええ、そこの金髪の月の君!」


 無意識にか、長毛の猫を脇に抱え、今にも取り落としそうな姿勢になっていたセルファムフィーズに叱責が飛ぶ。

 渋々猫を抱え直す月神、どうやら好き嫌いはないと言いながら、実は本気で猫を好かない質であるらしい。


「ではまあこんな辛気臭い所で話を続けるのもよろしくありませんし、上で一旦お食事にでも致しましょうね」

 猫少女はそういうとにっこり笑って、全員を洞窟エリアから速やかに押し出した。


 後に残るは、静寂。

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