第32話 閑話 ~穏やかな一幕~
「みなさん!! リフィからの連絡であと十日で準備が整うそうです」
マルトからの報告にヴェルティアが嬉しそうに立ち上がった。
「おお!!いよいよですか!! これは腕がなりますね」
ヴェルティアは両手を腰に当てて得意気な表情で言い放ったあ。本当に無駄に良い笑顔である。
「あと十日か。そうそう、そのリフィさんとの試合だけど、相手はその事を知ってるのか?」
「え?
「は?」
ヴェルティアの返答にシルヴィスは呆けた声を出してしまう。シルヴィスがディアーネ達を見るとディアーネ達は目を閉じて静かに首を横に振る。どうやら事実らしい。
「おい、相手の了承も得ないで試合なんてやっていいのか?」
「ふふふ~シルヴィスは心配やさんですねぇ~何の問題もありません!!」
「随分と、はっきり言うじゃないか。その根拠はなんだ?」
「ふふふ!!聞きたいですか?聞きたいですよね!!分かりました教えて差し上げましょう!!」
「はよいえ!」
シルヴィスがペシッとヴェルティアの頭をはたく。もちろんシルヴィスも本気ではないのでヴェルティアは余裕で躱すこともできるのであるが、シルヴィスとじゃれたいという思いからわざと受けているのである。
「ふ、せっかちですねぇ~まぁそういう所もよいですよ!! そこまで乞われては仕方ありません!! 実はリフィをビックリさせようと思っているのです!!」
「は?」
あまりにも予想外の言葉にシルヴィスはまたも呆けた返答をしてしまう。シルヴィスが呆けた表情をしたことでヴェルティアは得意満面の笑みを浮かべた。そう本当に無駄に良い笑顔である。
「良いですか。リフィは私の前で高度な入れ替わりをしました。つまり!!私をビックリさせようという粋なはからいなのです!!」
「粋って……」
「おっとシルヴィス待ってください!! 私の知性の光る考察はまだまだこれからなのです!!」
「続けてみろ……」
「いいでしょう!!いいでしょう!! あなたの妻がいかに賢いか教えて差し上げましょう!! いいですか!! おそらくリフィはあの人形と私を戦わせて私が勝ったところで
「何らかの演出?」
「ええ、例えば封印されていた魔王としての真の人格が表に現れるとか!! 人形を取り込んで私が魔王「リゼルフィア=アリテミュラだ」とか名乗るわけです!! リフィが死んだと思っている我々には、真の魔王であることに葛藤し、戦いを躊躇するという演出を行うのではないでしょうか」
「お前、よくそんな事思いついたな」
「当然です!! 私も一度はやってみたいシチュエーションなんです!!」
「お、おう……そうか」
ヴェルティアの言葉を聞いてシルヴィスは内心頭を抱えた。魔族の方々の性格を考えればリフィという娘の粋なはからいとやらはヴェルティアの推理とおそらく大差はないだろう。
「リフィという娘が可哀想すぎるだろ……劇的な演出を考えているのにそれが相手にバレてるなんて……」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは人差し指を立てて横に振る。
「ちちち、甘いですね!! リフィはそんな小さな事を気にするような方ではありません!!」
「お前はリフィという娘とほとんど話してないだろうが」
「はっはっはっ!! 甘いですね。いいですか? 既に私はリフィに"拳で語り合おう"と言ったらリフィは快く受けましたよ!!」
「え?」
シルヴィスの言葉にディアーネとユリは再び首を横に振った。どうやら事実らしい。
「もちろん、リフィはきちんと承諾はしていません。実際に"わか"としか言ってませんからねぇ~しかし!!この頭脳明晰な私はリフィの本当の心を理解したのです!!」
「いや、そこじゃ」
「いいですか!!我々はもはや好敵手なのです!!そんな我々の間にちょっとやそっとのすれ違いなどささいなことなのです!!」
ヴェルティアの演説にマルト達は、ぱちぱちぱちと拍手を送っていた。
「マルトさん、言いにくいのですけどリフィさんに伝えた方が良いのではないですか?リフィさんがバレてないと思って色々と演出を考えていたとすれば、実は知ってましたという事になったら恥ずかしすぎるのではないでしょうか?」
「そうですか?」
マルトの返答にシルヴィスは内心頭を抱えた。
「ええ、客観的に見て全員でリフィさんを騙して笑いものにしようとしているという立ち位置にしか見えないですよ」
「うーん、それを言われるとそうかもしれないね」
「リフィさんがヴェルティアの言うとおり例えば魔王の人格が現れた的な演出を考えていた場合に"お前今騙されてんだよ"となりかねませんよ」
「それは面白い!!」
「嫌われますよ?」
「えっと……それは嫌だな」
「でしょう?さすがに傷つくと思いますよ」
「あーそれはちょっとね」
シルヴィスの言葉にマルトもさすがに悪ノリしすぎたという表情を見せる。他の魔族達も同様である。やはりリフィがかわいいのである。しかし、それをもろともしない存在が空気を吹き飛ばす発言を行う。
「何を言っているんですか!! リフィは粋な計らいをする遊び心満点な方なんです!!ならば我々は全力を持って応えるべきでしょう!!」
「お前……話聞いてた?」
「もちろんです!!シルヴィスの私を心配するという心遣いは本当にすばらしい!!」
「心配してるのはどちらかというとリフィさんなんだがな」
「ふ、シルヴィスは本当に素直ではないですね。シルヴィスは私とリフィの仲が悪くなるのを心配しているわけですが心配無用です!!」
「あのな。この前も言ったろ。アインゼス竜皇国一〇〇万の将兵がお前とリフィさんの試合見に来るんだぞ。それなのに笑いものにするつもりか?」
「はっはっはっ!!大丈夫です!! 私を信じてください!!」
ヴェルティアの宣言にシルヴィスは大きくため息をついた。
(うーむ、実は意外とヴェルティアの言い分が正しいのか?何か感じ取ったのかも知れないな)
シルヴィスはそう考えたところでディアーネとユリがシルヴィスに声をかけた。
「シルヴィス様、論破されないでください」
「シルヴィス様、お嬢の勢いにのまれないでくださいよ」
二人の言葉にシルヴィスはぶんぶんと頭を振った。あまりにも自信たっぷりにヴェルティアが言うので信じかけたけど二人の言葉に我に返ったのである。
シルヴィス達が呑気に過ごしている間に、人界ではシュレーゼント王国を始め数カ国が滅亡していることをここにいる誰も知らなかった。
そして十日後に事態が大きく動くことも当然誰も予想していなかったのである。
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