第30話 閑話 ~シュレーゼント王国最後の王妃が処刑されるまで①~

「正体不明の大軍団!?」


 シュレーゼント王国の地獄の幕開けになった最初の報告はこれであった。


「か、数は?」

「およそ一〇〇万!!」

「ひゃ……一〇〇……」


 もたらされた情報に全員が絶望の表情を浮かべた。


 現在王都にいる兵は、近衛騎士を入れてせいぜい一〇〇〇程度である。この戦力差による絶望感はすさまじいものだ。

 すでに王都の住民のみならず、王城の使用人、女官、侍女達は逃げ始めているのだ。


「大変でございます!! シュレーゼント・キルミュリス教団の連合軍は既に全滅し、陛下と教皇猊下も命を落とされたという話でございます」

「な……そ、そんな」


 次いでもたらされた報告に王妃は絶望の表情を浮かべその場にへたり込んでしまった。


「ティ、ティレンスは?」


 しかし、報告にティレンスの名前がなかったことから王妃は使者に尋ねた。


「戦死の報は入っておりませんが、生存の報もございません。ただ、全軍の生き残りは一人もいないという状況から考えて乱戦の中で……」


 死者の言葉に王妃は顔を青くした。


「王妃陛下、どうなさいますか?」


 文官の一人が顔を青くして指示を仰ぐ。この段階でとれす手段は"逃亡"か"投降"のどちらかしかない。もう一つあるにはあるのだが、それは本当の最終手段であるためにここでいうのは憚られたのである。


「投降しましょう……それしかないわ」


 王妃の言葉に文官はあからさまにホッとした表情を浮かべた。そしてその時である。


「アインゼス竜皇国竜帝シャリアスである」


 突然、その場にいないはずの者の言葉に全員がビクリと体を震わせた。


「王妃陛下……これは?」

「何らかの術で我々に直接語りかけているのね……」

「アインゼス竜皇国と言えばあの女の国の名前では?」


 文官の言葉にその場にいた全ての者達が頷いた。ヴェルティアがことあるごとに言っていたアインゼス竜皇国の皇女と言う肩書きですっかりアインゼス竜皇国という名前は王城で走らぬ者はいなくなっていたのである。


「あの娘のせいか」


 王妃はギリィと唇を噛みしめた。このような状況になったことに対してヴェルティアへの逆恨みの感情が吹き出た形だ。


「貴様等シュレーゼント王国とキルミュリス教団は共謀して我が国の皇女であるヴェルティアを卑怯にも拉致し魔王との戦いを強いている。お前達は本来は自分達がやらねばならぬ事を拉致した我が娘に押しつけた。しかも、意気揚々と出陣しておきながら我が娘だけを魔族の世界を送り込んだ」


 シャリアスの言葉に一転して王妃達は顔を青くした。さきほどまでは自分達が被害者であり、ヴェルティアへの怒りがあったのだが、ヴェルティア達だけを魔族の領域に送り込んだとなれば話が違ってくるのである。どう考えてもシュレーゼント王国側が加害者、しかも卑劣という表現がつくという最悪の状況である。


「このような卑劣な事を恥ずかしげもやるのが貴様等だ。既に国王、教皇を初めとした討伐軍はすでに粛正済み・・・・だ」


 シャリアスからもたらされた情報に王妃の顔色はさらに悪くなる。既にシュレーゼント王国もキルミュリス教団も被害者の立場から追われている。そしてこのような状況をもたらした愚行の責任を取るべき者はすでにこの世にはいないのである。

 そして愚行の責任を取らねばならないのは自分であると言う現実である。もし、投降しても処刑されるという終わりでしかないのである。


「お前達は調子に乗りすぎた。「お前達は遊び感覚で異世界から無関係の者を拉致し勇者だなどと祭り上げて死地に向かわせた。そしてその醜悪さをまったく理解していない。唾棄すべき者達だ。お前達の中の一人でも異世界から拉致してきた無関係の者達に死地に向かわせる事を恥じたり、罪悪感を覚えた者達がいたか?いないであろう。貴様等が拉致してきた者達にも家族がいた。友もいた。年老いた親がいたかも知れない。幼子がいたかもしれない。奪われた者達の哀しみに思いをはせた者達が貴様等の中に一人でもいたのか?クズ共め!お前達が生きている限りこれからも異世界人を拉致し続けるだるう。だからお前達を滅ぼす」


 シャリアスの声に含まれた激情を察した王妃は震え上がった。シャリアスの言葉は投降は無意味であると言うことにほかならないからだ。


「今回、皆殺しにするのは貴族階級や公権力に携わる者共とその家族だ。貴様等は異世界人を拉致を止める立場であったとみなす・・・。それ以外の者共は粛正の対象としてやろう。ただし保護もせぬ。勝手に生きるがいい、のたれ死ぬならのたれ死ね」


 シャリアスの死刑宣告に王妃だけでなく全員が絶望の表情を浮かべた。シャリアスの言葉の意味するところは王城にいる者は皆殺しであると言う事に他ならない。


「に、逃げないと」


 王妃の隣にいた侍女の一人がそう言って駆け出した。それを皮切りに我先にへと逃げ出した。絶望的な状況、死刑宣告という状況に心折れない人間など稀である。もはや秩序な存在しない。

 王妃はその様子を呆然と眺めていた。今まで自分の命令を拒む者などいなかった。自分をぞんざいに扱う者などいなかった。権力の座に座っている者の愉快な世界が広まっていたのだ。だが、それはもう砕け散ってしまった事を自覚してしまったのである。


「お、王城にもう来たぞ」


 悲鳴が上がった。その情報がもたらされたときに絶望の度合いが跳ね上がった。


「ぎゃああああああ!!」

「うわぁぁぁぁ!!」

「きゃああああ!!」


 王城の各地で絶叫が上がっていく。


「ど、どうすれば…」


 王妃は考えがまとまらない。完全に何をすれば良いのかわからない。思考が完全に停止しており、何も出来ないでいた。


 すると扉を蹴破って見慣れぬ軍装の兵士達が入ってきた。どの兵士達の剣や槍には血が付いており、ここに来るまで相当な者達の命が散ったことを理解した。


「おい、貴人だ」

「どうする?ここで首を刎ねておくか?」

「まて、見た感じこの女は相当な身分なはずだ」

「ああ、連れて行くぞ」


 兵士達はそう言うと王妃を押さえつけた。


 シュレーゼント王国最後の王妃はアインゼス竜皇国に手に落ち、竜帝と竜妃の前に引っ立てられることになった。

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