第22話 蹂躙

「ぎゃあああああ!!」

「た、たすけてくれぇぇえ!!」


 アインゼス竜皇国軍の破砕力は凄まじいものであった。シュレーゼント王国軍とキルミュリス教団はまったく相手にならない。

 それも仕方のないことで、敵の将兵数は自分よりも遙かに多い。それも倍などと言う生やさしい状態ではない。百万単位の軍だ。そして自分達が完全に包囲されており、逃げ場など存在しないという絶望感、最後にアインゼス竜皇国の軍隊のレベルが自分達の遙か上を行っている。

 ここまで勝利どころか生存の可能性がまったく見出せない状況で戦意など保てるはずはない。


「殺せぇぇぇ!!」

「慌てるな!!これは狩りではない!!相手にも戦術があることを忘れるな」


 歯止めがきかなくなりそうになると指揮官達が兵士達の抑えに回る。もちろん、そのまま解放しても勝利はできるが、それは油断に繋がることを指揮官達はわかっており、そのような愚か者はアインゼス竜皇国では指揮官になれないのである。


 そしてそれは連合軍の将兵達にとってさらなる絶望でしかない。何しろ自分達よりも遙かに強く、遙かに数も多く、遙かに有利な状況でありながら一切の油断がないのである。


「師団長……」


 アインゼス竜皇国の誇る八竜の師団長の一人であるルイマースは静かに戦闘の経過を見ている。もちろんそれは他軍に仕事を押しつけているわけではない。他軍もルイマースの戦術である事を知っているので責めるようなことはしない。


「ふむ……シルヴィス様の岩禅のおかげで敵軍は弱点だらけだ」


 ルイマースの言葉に師団の幕僚達は頷いた。シルヴィスが開戦直後に放った岩禅は連合軍の心を大きく折っている。そこに浮き足だったと事に強力なアインゼス竜皇国軍が襲いかかったのだからほとんど崩壊間近という感じなのである。


「あそこだな」


 ルイマースはそういうと動き出す。


 ルイマースの戦法はまず戦場をじっくり見る。そして軍の中でも隊レベルでそして個人レベルで実力に差が生じる。ルイマースはそこをきちんと見極め弱点を適格に突くのだ。

 そのルイマースが動いたのである。部下達はそのルイマースの戦術眼を信頼しているので、黙ってついていくのだ。


「ひ……」


 ルイマースに狙いをつけられた兵士の最後の言葉がこれであった。


 ルイマースの槍が兵士の顔面を容赦なくき崩れ落ちるのと同時に皇族の部下達の馬蹄にかかり消えていく。


 入り込んだルイマースと部下達は連合軍の兵士達を容赦なく屠っていく。ルイマースとその部下達は鉄の奔流となり連合軍を蹂躙していった。

 そしてそのような蹂躙劇は戦場にたるところで展開されていた。


 アインゼス竜皇国軍はどこまでも怜悧かつ狂熱的な戦士達であった。勝手気ままに暴れるだけで完勝できるのにそれをしない。それが逆にアインゼス竜皇国軍の恐ろしさを示している。そしてこの場では誰一人として生き残らせるつもりはないという冷たい意思を感じるのである。


 開戦からわずか一時間でシュレーゼント・キルミュリス連合軍は二割を失っていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「キリシアン伯爵戦死!! キリシアン伯爵軍は壊滅!!」

「レッテンベル侯爵戦死!!」

「ザーミール伯爵戦死!!」

「第二騎士団長サイラリス侯爵戦死!!現在、副団長のハーミルム侯爵が立て直しをはかっておりますが上手くいっておりません!!」

「ハーミルム侯爵戦死!! 第二騎士団壊滅!!」


 オルガスの元に次々と凶報が舞い込んでくる。オルガスの周囲の騎士達も状況の急激な変化にどうすればいいのかわからないと言うような状況であった。そしてオルガスも同様であった。先程まで手頃な勝利をもたらっす相手が現れたことを心から喜んでいたのに、あっという間に自分達が殲滅の危機に陥ってしまっているという状況の急激な変化に対応することはできないのだ。


「陛下!!」


 そこにティレンスが手勢を率いてやってきた。顔色は青を通り越して土気色になっている。


「ティレンスか」

「父上、このままでは全滅です!!」

「そんな事はわかっている!!」


 オルガスはたまりかねたように叫ぶ。ティレンスに言われるまでもない。オルガス自身がそれを理解しているのである。そして現在の状況を作ったのは自分である事をもだ。


「父上、我々だけでも何とか」

「何?」

「これを見てください」


 ティレンスは声を潜めながら懐から術式を施された一枚の布を見せる。


「これは?」

「転移術が施されています」

「お前、どうしてこんなものを?」

「イリュケ神からいただきました」

「どういうことだ?なぜお前に?」

「イリュケ神がいわれるには私がルオス神に選ばれたと」

「何?」

「はい。イリュケ神が……」


 話の途中でティレンスの姿が煙のようにかき消えた。


「ティ、ティレンス!! どこにいった!?」


 オルガスはあまりの事態に取り乱してしまう。いきなり自分の前から息子が消えてしまえば動揺もするというものだ。


 ティレンスの持っていた術式が描かれた布が火を発するとあっという間に灰となった。


「ま、まさか……」


 オルガスは自分が神に見捨てられた事を悟ったのだ。ティレンスは転移術でこの地獄から逃げ延びたが、自分は置いていかれたのだ。これが見捨てられたという事でなければ何だというのか?


「国王ですら……見捨てるのかぁぁぁぁ!!」


 オルガスの絶叫は周囲の絶叫にまぎれてしまう。


「あ……」


 空が明るく開く。連合軍の将兵が空を見上げると一斉に歓喜の声が上がった。


「て、天使様だ!! 天使様が助けに来てくれたぞ!!」


 連合軍の将兵が歓喜の声を上げるが、アインゼス竜皇国軍の兵士は構わず連合軍への攻撃を続けていく。


 天使達が両手をかざすと数条の光が放たれた。かなりの威力が感じられる光術であるがそれが竜皇国軍の頭上に降り注ぐことはなかった。


 戦場全体を覆う巨大な防御陣が一瞬で形成されたからだ。


「さて、かかったということで」


 竜妃アルティミアは不敵に嗤った。


 

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