第20話 アインゼス竜皇国襲来

「危ないところだったな」


 キラトが両隣のリューベとジュリナへと語りかけると二人は頷いた。


「危うく国王を討ち取ってしまうところでしたよ」

「ええ、あれが近衛って……」


 リューベとジュリナは肩をすくめながら言う。


 キラト達は一〇〇〇の手勢を三つにわけ、オルガスの元に報告が行くのを確認する事で最重要人物の位置を把握して襲撃を行ったのである。キラト達が襲撃に参加したのは奴隷兵士リュグール達だけでは誤ってオルガスを討ち取る可能性があったからである。


「追ってきてるか?」

「ええ、追ってきてますね」


 キラトの言葉にが振り返ることなくジュリナが応える。ジュリナは探知魔術を展開しており、シュレーゼント王国、教団の連合軍が追ってきていることを探知しているのである。


「とりあえず、このまま行くぞ」


 キラトの言葉に二人は頷くと反撃することもなく一目散に駆けていく。こうすることで、シュレーゼント・キルミュリス連合軍の将兵達に戦闘ではなく狩猟と勘違いさせようとしているのである。


奴隷兵士リュグールは残り二〇〇ほどですね」

「そうか損傷率が約60%なんてな惨敗も惨敗だ」


 キラトは苦笑しながら言うとリューベも同様に苦笑を浮かべた。キラトもリューベも将としての力量が高い。本来の用兵であれば一目散に逃げるということは絶対にしない。必ず足止めをしてから退却するのだが、今回の目的は相手を調子に乗らせることなので敢えて逃げの一手なのである。


 キラト達はさらに撤退のスピードを調整して連合軍の将兵が三日で終焉・・の場に到着するように、そして振り切らないようにしている。


 そして、そんなキラト達の苦労が実るようにシルヴィス達が待つ平原へと到着した。


 シルヴィス達は五〇〇〇程の一群で待ち構えていた。


「ん?」


 リューベが本陣から約一〇〇〇の一隊が出撃するのを見た。その体を指揮しているのは二人のエルフの少年である。カイとレイである。カイとレイはすぐに二手に分かれると迂回して横からキラト達を追う部隊へと攻撃を行った。


「ぎゃああああああ!!」

「うわぁぁ!!」


 カイとレイに指揮された二つの隊の横槍により当然ながら少なくない損害を出した連合軍の追跡は止まった。

 連合軍の追跡がとまったところでカイとレイもキラト達と共に本陣に引き上げていった。


 思わぬ形で損害を被った連合軍は本隊の到着を待つという選択を行った。これは五〇〇〇もの敵数は自分達だけでは中々厳しいものがあるが、総数一四万の大軍から考えれば勝負にならないレベルだ。

 もはや勝利が確定している以上、わざわざ自分達が危ない目に遭うつもりはないというものだ。


 実際に各軍は次々と集まってきており、あと数時間もすれば全軍が揃うのは間違いなかった。


 しかし、あとから来た軍の一部が功を焦って突撃すると魔族に何度も撃退されていた。


「伯爵様、敵はかなり堅いですな」

「ああ、功を焦って戦わずに良かったであろう」

「はっ!」


 撃退される状況を見ていた軍の指揮官と副官はそう言葉を交わす。


 程なくして全軍待機の命令がオルガスから下されると連合軍は全軍が揃うまで攻撃を控えることになったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ここまでは上手くいったな」


 キラトの言葉にシルヴィスはニヤリと嗤う。


「ああ、キラトが勢い余ってオルガスを殺してしまうことが心配だったが、お見事!」

「何か馬鹿にされてる気がするんだよな」

「拗ねるなよ」

「誰が拗ねるか!!」


 シルヴィスとキラトの会話に一同は笑う。とても立場ある者達のやりとりではないが、だからこそ楽しさが際立つというものである。


「どうやら、あいつらは全軍揃ってから動くつもりのようだな」

「それはそれは……わざわざ処刑場に雁首並べてご苦労なこった」


 シュレンの言葉にキラトは肩をすくめた。


「それで準備のほうは?」

「ああ、数が多かったから中々大変だったが手分けしたから二時間ほど前に終わった」

「なんだ結構ギリギリだったんだな」

「まぁな。お前らの手際が良すぎた」

「褒めろ」

「あー偉い偉い」

「友達がいのないやつだ」

「心からの賛辞なんだがなぁ」


 キラトとシュレンは互いに笑う。その様子は魔王と主神という大層なものではなく単なる気安い友人のものである。


「シルヴィスは?」

「今、報告中だ」

「いつ、揃うか……って考えるまでもないか」

「ああ、やつらが動き出した時だ」

「じゃあ、それまではのんびりするとしようか」


 キラトとシュレンはそう言ってチラリと連合軍を見ると続々と集まっているのが見えていた。


 それから半日ほどで敵軍の陣容が整っていくのがわかる。


「そろそろだな」


 シルヴィスがそう呟くと連合軍から何やら雄叫びが上がっていく。


「どうやら、あいつらこの時間から戦うつもりのようだな」

「アホだなぁ」


 シュレンの言葉にキラトは心の底から哀れむようにいった。夜戦は敵味方の区別が付きづらいため同士討ちの危険性が高くなる。アインゼス竜皇国の軍はその辺りの対策もきちんとしている。竜皇国軍の兵士達は魔術により、昼間と同じように見えるようになっているのである。


 連合軍の士気はどんどん上がっていく。


「そろそろだな」


 シルヴィスは小さく言うと術を展開する。


「みなさん、いいですよ・・・・・


 シルヴィスがそう言い終わった瞬間に平原の周辺に百単位の門が立つと各門が一斉に開く。

 その光景に連合軍達は先程までの興奮が嘘のように静まりかえっていた。


 そしてそれは始まりに過ぎない。


 各門から次々とアインゼス竜皇国軍が姿を見せる。


 次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と


 門から次々と現れる絶対的な戦力の奔流に連合軍の将兵達は思考が停止していた。ただ一つのことだけは理解していた。


 『自分達がここで・・・死ぬ』


 そして各門が光を失い消えていったとき。連合軍十四万の大軍はさらなる大軍に十重二十重に完全に包囲されていた。


「さて、報いの時だ」


 シルヴィスの声には明確な怒りがあった。


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