第19話 地獄の始まり

 ヴェルティアという暴風を魔族の領域へと追放したことで、シュレーゼント王国国王であるオルガスとキルミュリス教団の教皇パオロスは意気揚々と王都への帰還を行っていた。

 第二軍、第三軍の将兵達もどことなくホッとした雰囲気があった。何しろ魔族の領域に踏み込み返ってきた者は誰一人としていないのである。そんな死地に行かなくて済んだというのは正直良かったという思考になるのは不思議な事ではない。


 王都へ返ることになった初日こそ命の危険度が一気に減ったことを喜んだのだが、二日目になると不安が芽吹き始めた。その不安とはこのまま一戦もせずに戻ることで臆病者と誹られることであった。何よりもヴェルティア達は魔族の領域に入っていき、自分達は自分の保身のために神門ミルズガルクを閉じたのである。


「どんな小さな功績でも立てておきたいぜ」

「ああ、ただ行って返っただけなんて恥ずかしいもんだ」

「このままじゃとんだ笑いものだぜ」


 兵士達のこの不満は少しずつ広がっていく。横への広がりが兵士から下級指揮官へ下級指揮官から中級へそして上級へと言うように縦への広がりになると一気に広がっていった。


 当然ながら国王オルガス、教皇パオロスもこの軍の雰囲気を察しており、内心穏やかではない。特にオルガスは一度、保身のために部下を売っているのである。 オルガスへの視線の厳しさは凄まじいものがあった。


(く……どこまでも勝手な奴らめ)


 オルガスは心の中で苦虫をかみつぶし続けている。昨日までは自分達の命を救ってくれたという感謝の視線をかんじていたのだが、たった1日で評価が覆っていた。これは既にオルガスの信用が地に落ちていたことがその理由である。


(なんとか……どんな小さな功績でも)


 これはオルガスだけでなく将レベルの誰もが思っていることである。


(それに、あの者の報告相手とは誰のことだ?)


 オルガスは自分が斬り捨てた人外の騎士の『報告しておく』という言葉が気になっているのである。


 その時である。


「敵襲!!」


 そのあり得ない言葉に第二軍は騒然となった。


「魔族だぁぁ!!」


 次いで発せられた魔族と言う単語が第二軍に与えた影響は大きかった。神門ミルズガルクのこちら側で魔族の存在が確認されたのは史上初であると言って良かったのだ。

 一気に騒然とした第二軍であったが指揮官達が落ち着きを取り戻し適正な対応を始めた。


「陛下!! 魔族の襲撃です!! 数は三〇〇!!」


 駆け込んだ騎士がオルガスに報告する。報告の三〇〇という数字にオルガスは少しばかり落ち着きを取り戻した。


「三〇〇かこちらは十四万の大軍だ。恐れず適格に対処しろ!!」


 オルガスの命令に騎士は一礼する。


「敵襲!!」


 オルガスが命令を下したところで後方からまたも悲痛な言葉が発せられた。


「何?」


 オルガスの顔に驚愕の表情が浮かんだ。


「陛下!! 魔族の襲撃でございます!! 数は二〇〇!!」


 騎士の報告にオルガスは一瞬であるがな表情を浮かべた。十四万の大軍とはいえど長大な軍列となっており、横撃であれば大軍であってもピンポイントで自分が狙われる危険性を感じたのである。


「敵襲だぁぁ!!」


 そして近くで絶叫が発せられた。


 オルガス達が絶叫の発せられた方向を見ると騎馬の一団が突っ込んできているのが見えた。

 先頭をいくのは若い魔族、その両隣を少年、少女が固めており、その背後に兵士達が続いている。

 先頭の魔族はオルガスの姿を見つけると進路を変えて向かってきた。


「くっ!! 陛下をお守りせよ!!」

「陛下お下がりください!!」


 周囲の近衛騎士達が魔族の一団へとぶつかっていく。いかにオルガスが将兵達の信頼を失っていようと近衛騎士達は自分の職務を投げ出すようなことはしない。


「ぎゃああああああ!!」

「ぐわぁぁぁ!!」


 ぶつかった瞬間に絶叫が発せられ、近衛騎士と魔族との激しい戦いが展開された。


「あの男が将だ!! 討ち取れ!!」


 オルガスが叫ぶと兵士達が雄叫びを上げて突っ込むと完全に勢いが止まった。


 魔族達三人の周囲の魔族達が次々と討ち取られていくのを見て、オルガスは余裕をそして魔族達は恐怖と悔しさが混ざった表情を浮かべた。


「殺せ!! 身の程知らずの魔族のクズ共を皆殺しにしてやれ!!」


 オルガスの言葉通り自分達が優勢である事を認識したとき、第二軍は魔族達へと襲いかかった。


「”#%()!!」


 若い魔族が何やら叫ぶとクルリと背を向けて逃げ出した。


「追え!!逃がすな!!」


 オルガスの命令に異議を唱える者は誰もいなかった。

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