第13話 魔王

 閉め出された形となった第一軍は構うことなく魔族の領域をすすんでいく。周囲の傭兵達は周辺を警戒しながら進んでいる。


「なぁ、俺達捨て石にされたのかね」

「かもしれんな」

「ち、俺達はいつもこれだぜ」


 傭兵達は口々に不満を言いながらもヴェルティア達に付き従っている。傭兵達はディアーネとユリの実力を痛いほど理解しており、反抗心など持ってはいない。ディアーネとユリはそれぞれ傭兵達と模擬訓練を行った際に棒きれ一本で蹴散らされたという経験があるのだ。むしろこの魔族の領域でヴェルティア達に見放されればそれこそ身の破滅が待っているのである。


「うーむ、こっちです」


 ヴェルティアがそういうとあっさりと方向転換を行う。ディアーネもユリもそれに異を唱えることはしない。元々、魔王がどこにいるか分からない以上、調査をしつつ移動するしかないのである。

 ヴェルティアが進行方向を変えたのはヴェルティアが生物の気配を感じ取ったのである。


「5人くらい・・・の気配なんですよね」


 ヴェルティアの言葉は呑気なものではあるが、ディアーネとユリは警戒を強めていた。ディアーネとユリはこの段階で気配を察知できていない・・・・・・のである。


(ただ者ではないと考えた方がよさそうね)

(ああ、私たちが気配をつかめないというのは相当な腕前と考えた方が良さそうだよ。それにお嬢が5人くらいと言ったのが気になる)

(ええ、ヴェルティア様が全員の気配を探知できないと考えているということは相当な手練れがいる可能性が高いわ)


 ディアーネとユリがそう囁くとヴェルが手を挙げて進軍を停止する。


「うーん、ちょっと小休止しましょう。場合によってはここで野営します」


 ヴェルティアはそういうと傭兵達は不思議な表情を浮かべた。まだまだ日も高く。余力も十分にあるためである。


「ディアーネ、ユリ、小休止用のお菓子と飲み物を配布してください。それからクレナ、仕事ですよ」

「承知しました」

「了解」


 ヴェルティアの言葉にディアーネとユリは即座に応じると傭兵達の元へと向かう。ディアーネとユリは亜空間に食料をしまい込んでおり、必要に応じて傭兵達に支給するようにしているのである。飲料水の方も同様であり、裏切りを予防するための措置としてユリが提案したのである。


「ヴェルティア様、私の仕事とは?」


 クレナがヴェルティアに尋ねる。元々暗殺者であったが、ヴェルティア暗殺に失敗したことで、通常国王や貴族達から処分されるところであったのだが、ヴェルティアの保護を受けて手が出せない状況になったことで難を逃れていたのである。


「ええとですね。これから進軍方向へ斥候を放ってください」

「承りました」

「それからですね。戦闘行為は完全に避けてください」

「戦闘行為は禁止ですか?」

「ええ、五人は察知したんですけどあと一人いるようないないようななんですよ」

「?」

「うーん、説明が難しいですからとりあえずやっちゃてください」

「は、はい」


 ヴェルティアの命令にクレナは従うことにする。ヴェルティアとクレナの実力は天と地以上に離れている。そこまで実力が離れている以上、気に掛かる事、気付くことは自分よりも遙かに多いだろうと考えたのだ。


 クレナは魔術を展開し十体の魔術人形を作成する。以前ヴェルティア達を襲った黒装束の男達が顕現した。十体の人形達はヴェルティアが指し示した方向へ駆け出していく。


「さて、それでは」


 ヴェルティアはそういうと手をポンとたたくと次々と黒装束に身を包んだ兵士達が顕現する。クレナの術を解析し、自分なりにアレンジしたヴェルティアの術でヴェルティアはこの兵士達のことを従士クファータと名付けた。ヴェルティアの術は操作することはせずに簡単な命令を二つしか行えない。ただそれにより多くの数を同時に使役することができる。ヴェルティアの現段階で1度に使役することの出来る従士クファータは現時点で二百である。


 ヴェルティアの作り出した従士クファータは前面に壁を築き始めた。


「とりあえずはこれでよしとしましょう。いや~一仕事をあっさりと行えるあたりやっぱり私優秀です!! はっはっはっ!!」


 ヴェルティアはそう誇らしげに言う。確かに普通に考えれば二百もの従士クファータを生み出し配置するのは並の魔術師ならば一仕事というレベルではない。クレナでさえⅠ時間はかかるものである。だが、ヴェルティアは一分ほどでそれを為してしまうのである。


(やっぱりこの方すごい。あいつらホントにバッカじゃないの!?)


 クレナはオルガス達の短慮を今さらながら罵らずにはいられない。どう考えても人智を越えた実力者である。誇張無しで人族を滅亡させようとすれば可能であるとクレナは思っていた。そんな実力者の不興を買うことを続けているオルガス達が不思議でならない。


「おや?」


 ヴェルティアがディアーネとユリが一人の少女を伴って歩いてくるのに気付いた。


 年齢は十代後半という感じの黒髪の美少女である。側頭部に羊のような角が生えていることが、彼女が人間ではなく魔族であることを示していた。魔族の少女はありふれた村娘のような格好をしており、戦闘力を感じることはできない。


「ディアーネ、そちらの方は?」

「はい。実はこの先にある村の方だそうです。村に帰る途中で傭兵の方々が見つけました」

「なるほど。それで手荒な事はしてないですよね?」

「もちろんです。事前に通達しておいたように兵士以外には自衛以外で戦闘しないようにという通達を守ってくれました」

「うんうん、うちの傭兵さん達は本当に優秀ですね。かなり怖いと思いますがよく堪えてくれました」

「まったくです。シュレーゼントのクズ共とは雲泥の差です」

「おお、失礼しました!!うちの傭兵さんたちは本当にすごい実力者で人格的にも立派なので民間人に気概を加えるような事はしないですから安心してください!! やはり兵を見ると将が分かると言います。これだけでこのヴェルティアが立派な人格者と言うことがわかりますよね!! う~ん、やっぱり私ってすばらしいですね!!だから安心してください!!」

「は、はぁ」


 ヴェルティアのまくし立てるような怒濤の称賛に少女は完全に呑まれているようであった。


「まずは自己紹介といきましょう!! 私の名前はヴェルティアといいます!! 夫はの名前はシルヴィス!そしてこっちのメイド服をきたのはディアーネ、剣を持っているのはユリ、そしてもう一人のメイドはクレナといいます!! それではあなたの名前を教えてくれますよね!!さぁ、どうぞ!!」

「えっと…私はリゼルフィアといいます。村のみんなはリフィと呼びます」

「なるほどリフィさんですね!!よろしくお願いします!!」

「あっはい。こちらこそ。それからさんはいりません。そのリフィと呼んでください」

「なんと!! わかりましたリフィ!! 私の事もヴェルティアと呼んでいただいて構いません!!」

「は、はい」


 ヴェルティアの提案にリフィは頷いた。


「それでヴェルティア達はどうして壁の向こうから?まさか魔王様を?」


 リフィの声はかすかに怯えているようであった。その声には自分の問いかけを否定して欲しいというような響きがある。


「実は魔王さんと一戦交えようと思ってここに来たんですよ!!別に殺すことが目的達成の第一条件ではありませんので、人族の脅威でなくなったことを示せば別に殺す必要はありません!!」

「は、はぁ」

「元々、私は頼まれただけですからね。要は人族が滅亡しなければよいのです!! はっはっはっ!!」

「えーと、ヴェルティアは魔族を皆殺しにするつもりはないと?」

「当然です!! そもそもそんな非道なことを私がするわけ無いでしょう!! はっはっはっ!!」


 ヴェルティアの返答にリフィはホッとした表情を浮かべた。


「しかし、やはり拳で語り合う必要はあると思うんです!! そうは思いませんか?」

「え?」

「考えてもみてください。この世界の魔族と人族は長く争ってきたのでしょう?積もり積もった憎しみや偏見は言葉だけでは融和は無理です!!ならば1度拳でわかり合う必要があるのです!!」

「わか、いえ、そういうものですか?」


 ヴェルティアの言葉にリフィは戸惑いの声で返答する。


 その時である。


「おもしろい事をいう娘だな」


 そこに威厳のある声が響き渡った。


 声のした方向を見ると上空に魔法陣が描き出されそこから二人の黒い鎧、兜に身を包んだ騎士を伴い豪奢な法衣風の服装に身を包んだ白髪の老人が現れた。


「お前が今回・・の勇者か。今までの勇者とは異なった考えのようだな」


 老人はゆっくりと地上に降りてくる。その光景を傭兵達は呆然と眺めている。


「ま、魔王様」


 リフィの言葉に魔王と呼ばれた老人は冷たい視線を向ける。


「ひ」


 その冷たい視線にリフィは恐怖の声をあげる。


「余の臣下に敵と馴れ合うような者はいらぬな」


 魔王は指先をリフィに向けた瞬間にリフィの胸に風穴が開き、次の瞬間に炎に包まれると数秒で灰となり風に舞って消え去ってしまった。


「あなたはなにやってるんです?」


 ヴェルティアの問いかけに魔王はニヤリと嗤う。


「ふ、冷静だな。てっきり怒りを持って襲いかかってくるかと思ったのだがな」

「まぁ、戦いでそんな事はしませんよ。ですがお名前を聞かせていただいてよろしいですか?」

「ふ、余は魔族を統べる王『アリテミュラ』だ」

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