第09話 甘い考えは身を滅ぼす③

 ゴン!!


 クレナの頭にディアーネの拳骨が落とされた音が響き渡る。


「え?え?なんで殴るのよ!!」

「何?」

「いえ、なんでもありません。私が悪うございました」

「よろしい」


 クレナはディアーネの圧に負けて謝罪を行う。


「私の名前はクレナ=ギルネアと申します。名前から分かるようにギルネアでございます」


 ゴン!!


「えぇ!?なんでぇ!?」


 再びディアーネの拳骨が振り下ろされる。丁寧な口調に言い直したというのに拳骨が再び落とされたのだから当然と言えば当然である。


「鈍い子ね。私たちがこの世界・・・・の常識をもっているわけないでしょう」

「あ、そうでした。申し訳ありませんでした。ギルネアというのは暗殺組織の名前です。はい」

「なるほどね。それで他の仲間はどこです?」

「それが……その」


 クレナは言い出しづらそうに言葉を濁した。


「そういい度胸ね。その勇気に免じて苦しめて殺してあげるわ」

「ギルネアは私一人なんです!!」


 ディアーネの言葉にクレナは即座に返答した。ディアーネの声色から脅しなどではないことをクレナは察しているのである。


「一人?組織なのでしょう?」

「い、いえ。組織と言っても私一人でして……私の魔術で人形を作って仕事をしていました」

「ということらしいです」


 ディアーネの言葉にヴェルティアは頷いた。


「なるほど、中々の能力ですね。シルヴィスの術と似てますけどちょっと違うようですね。クレナさんは人形を意識せずに動かすことは可能ですか?」

「はい。可能です。ですがその場合は簡単な命令しかできません」

「なら、自分で操作するとして一度に操作できるのは何体です?」

「十体が限度です」

「なるほど、では操作したとしたら色々と変わった事もできるというわけですね?」

「は、はい」

「なるほど……すると作り出した毒を霧状にしたりできるというわけですね」

「……はい」


 ヴェルティアの言葉にクレナは声を絞り出して返答する。


「あの……どうして私が毒を霧状に出来ると言うことを知っていたのですか?」


 クレナの疑問にヴェルティアは首を傾げて言う。


「いえ、知りませんよ!!」

「え?」

「暗殺なんですから毒くらい使うだろうと思っただけですよ。そうなると毒を霧状にして締め切った部屋に流すくらいは想定するのは当然のことなのです!」

「す、すごいですね」

「そうでしょう!! はっはっはっ!! まさに完璧な皇女とはこの私の事なのです!!」


 クレナが素直に称賛したことでヴェルティアは得意気になっている。


「そうですね。クレナさん、これからどうします? 私達に雇われませんか?」

「え?」


 ヴェルティアの提案にクレナはついつい呆けた返答をしてしまう。暗殺者としては迂闊だがヴェルティアの提案がそれほど常識からかけ離れているといえる。


「ああ、ちゃんと給料も出しますよ。魔王さんとの戦いであなたの能力はかなり有用ですよ」

「そうですか?」

「ええ、毒を作り出せると言うことは逆に言えば薬も作れるのではないですか?」

「……かもしれません」

「ええ、きっとそうです!! 大丈夫です。あなたの力は我々とともにいる事でさらに開花することでしょう!!」

「さらに……開花」

「ええ、それに我々と一緒にいると巨万の富を手に入れられるかも知れませんよ」

「どういうことです?」


 ヴェルティアの巨万の富という言葉にクレナの目が妖しく光る。


「わかりませんか? 我々が魔王さんに勝つことは決定事項ですのでシュレーゼント王国を始め世界各国から報酬がもたらされるでしょう。一生遊んで暮らせるだけの報酬が支払われますよ?」

「一生遊べるだけの……」

「どうします?」


 ヴェルティアの問いかけにクレナは一瞬迷った表情を見せる。それも一瞬のことでクレナは意を決したように大きく頷いた。


「わかりました。あなたにつきます」

「ディアーネ、ユリ!!私の見事なネゴシエイトによりクレナさんが我々の仲間になりましたよ。やはり私って優秀ですねぇ~」


 クレナの言葉を受けてヴェルティアは得意気に言う。その様子を見たディアーネとユリは肩をすくめることになった。


「それじゃあ、お嬢、クレナは条件を詰めるとしよう」

「それでは私はクレナの雇い主と話をつけてきます。やはりこういうこと・・・・・・はきちんと筋を通すべきだと思いますので」

「そうですね。やはり雇い主にちゃんと話を通すべきですね。ディアーネ頼みます」

「お任せください」


 ディアーネは優雅に微笑むとヴェルティアへと一礼した。その姿を見たときクレナは全身から冷たい汗を流した。


(あいつら……とんでもない目に遭うんだろうな)


 クレナはそう確信した。


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