第03話 ディアーネとユリ

「うーん、これは結構大変ですね」


 ヴェルティアはティレンス達の前で腕を組みながらそう言う。その様子は試験に落第した生徒を見る教師のようである。そのことを察したティレンス達は屈辱に身を震わせるが、先ほど見せつけられた圧倒的な力に口答えなどできるはずもなかった。

 ちなみに戦闘が終わった後にヴェルティアに叩き起こされた面々はヴェルティアに正座を教わり、全員が正座である。


「さて、はっきり言いましょう。皆さんが私を召喚した理由も納得です。この程度の実力が国のトップと言うのならば魔王さんには到底勝てないです」


 ヴェルティアの言葉にティレンス達は歯軋りをする。ヴェルティアの言葉は間違いなく『お前らは役立たず』と言ったに等しいからである。


「このままでは魔王との戦いで無駄に命を散らすだけです。それではあまりにも哀れというもの。我がアインゼス竜皇国式の訓練を導入して皆さんを一流の戦力に仕立て上げましょう!!」


 ヴェルティアの言葉に一同は顔を青くした。ヴェルティアの求める一流の基準がどれほどのものなのか考えたくもないというものであった。


「あの……勇者様」


 ティレンスは恐る恐るヴェルティアへ声をかける。


「なんでしょう?」

「その……アインゼス竜皇国式の訓練とはどのようなものなのですか?」

「私の国で採用されている新兵の訓練メニューから始まって、上級兵士用のプログラムを履修してもらいたいと思います」

「具体的には……?」

「まずは新兵用のメニューですが全員100キロの荷物を背負って10㎞の距離を5分以内で走れるようになってもらいます」

「え?」


 ヴェルティアの言葉にティレンス達は呆気にとられた。明らかに常軌を逸している内容であったからだ。


「そして、素手で厚さ10㎝の鉄板を貫けるようになってもらいます」

「て、鉄板を?」

「はい!!それから槍で腹を突いても跳ね返せるレベルで体を鍛えてもらいます」

「槍で……って死んでしまいます!!」


 ティレンスはそう言って思わず抗議する。その抗議にヴェルティアは首を傾げた。


「え?死にませんよ?うちの軍であれば皆当たり前にできますよ?」

「な……」

「それくらいできないとうちの軍ではやっていけませんよ」

「勇者様の国は一体何と戦ってるのですか?」

「そういえば何と戦ってるのでしょうね?」


 ティレンスの問いかけのヴェルティアの答えがこれであった。ちなみにアインゼス竜皇国の軍の兵士達の訓練が常軌を逸しているのは、ヴェルティアの暴走を食い止めるためであるのだが、このことはヴェルティアに知らされていないのである。


「さて、ティレンスさん」

「は、はい」

「早速ですが魔王との戦いには人族全員で臨むことになると思います。そこで軍関係者全員に早速訓練を行う必要があります!! 当然、ここには来ていない国王陛下をはじめ各貴族の方々にもその訓練を受けてもらいましょう!!」

「は……はい!!承知しました!!」


 ヴェルティアの悪夢のような提案にティレンスはもはや反論することはできない。


「ん? ちょっと待ってくださいね」


 そこにヴェルティアがティレンス達にそう告げると何やら虚空に向けて話し出した。


「あ、シルヴィスですか? はい!! あなたのヴェルティアですよ!!」


 ヴェルティアの言葉にティレンス達は顔を見合わせた。


「はい。心配はいりません。私は無事です!! なんか勇者としてこの世界の魔王を倒すように求められました」

「      」

「ええ、受けました。でも私一人で魔王さんを倒してしまったらこの世界の人たち、特に王族の方々の面目丸潰れですから、この世界の人族を率いて魔王さんと戦おうと思っています」

「      」

「そうなんですよ!! そこでこの世界の方々に我がアインゼス竜皇国式の軍事訓練を行うという話になっているんです!!」

「      」

「ええ、任せてください!! 二ヶ月ほどで戻ると思います!!」

「      」

「はい? ディアーネとユリですか? 来てくれると助かるか?ですか?それはもちろん助かります!! 流石に私一人で訓練を行うことはできませんからね!!」

「      」

「はい!! 待ってます!! ところでシルヴィスは来ないのですか?」

「      」

「そうですか……シルヴィスは来ないのですか……そうですか」

「      」

「なんと!! そういうことでしたか!! わかりました!!その仕事がなんだかわかりませんが楽しみにしてます!!」


 ヴェルティアは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。先ほどあれほどの暴威を振るったヴェルティアではあるがその容姿は美の女神と見まごうほどのものである。ティレンス達が見惚れないはずはない。


「あ、みなさん。これからディアーネとユリが来ますから紹介しますね!!」


 ヴェルティアの言葉にティレンス達一同は戸惑いの表情を浮かべた。ヴェルティアの言葉を額面通り受け止めれば異世界からやってくる事を意味していたからである。

 ティレンス達は神の助けを得てヴェルティアを召喚したのだ。そのために動員された魔術師、神官などは1000人を越えるのである。しかも大規模な召喚の儀式を1ヵ月行ってからのヴェルティア召喚だったのだ。


 ティレンス達が半信半疑でいたとき、突如空間が切り裂かれると裂け目から二人の人物が出てきた。

 一人はメイド服に身を包んだ斧槍ハルバートを掲げた美女と革鎧を身につけ帯剣した褐色の肌の美女である。

 ティレンス達は二人の美女の美貌に見ほれることはなかった。


 その理由は二人から放たれる凄まじい殺気にガタガタと体を震わせていたからだ。あまりにも凄まじい殺気に一同の中には過呼吸を起こしてしまった者もいるくらいだ。


「さて……今回の件の主犯・・はだれです?」


 ディアーネの冷たい言葉が響き渡った。

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