第10話 夏の実習その3
付近の環境をチェックすると言って俺は昼食終わりのタイミングで拠点から離れる。
周囲に誰もいないことを確認し、透明にもなっておく。
「やっと昼飯だ……」
普通の人間基準の昼食、それもサバイバルすることを想定しての計算した量しか食べられないというのはキツイ。身体能力を維持出来ない。
俺は島の中でコソコソと顔くらいあるおにぎりを食べるという、何とも情けない食いしん坊に成り果てていた。
「隠れてルール違反してる分、ちゃんと仕事するから許してくれよな……さて、先延ばしにしていたが今回はあいつらマジで来るだろうな……」
何の話か、それは八島と世良である。合法的に俺を怪我させられるこの機会を奴らが逃すはずないのだ。
一度、停学処分を受けてからは大人しくなったが、反省などしておらず、本質は何も変わらないどころか俺に対してのヘイトは加速している。
今まで下に見てたやつにマウントを取れないどころか、五十嵐や氷室さんという実力者から認められている現実を直視するのはさぞ辛いだろう。
俺は運が良い、恵まれていただけで俺自身が決定的に強くなっていないことは分かっている。それでも、やりようによっては手も足も出なかったあいつらと戦うことは出来るくらいには成長はしている。
八島と世良は同じ班になったが、残り3人はそこまで脅威ではない。無理やり組まされて嫌がっていたようだし、チームとしての連携はないだろう。
あいつらにとって、勝ち負けは大して重要ではない。俺に痛い目を見せられるか、ざまあ見ろと笑えるかを最優先としているのは分かる。
島に上陸してからこっちをニヤニヤしながら見てたしな。
「そろそろ他の班も一旦落ち着いた頃だろうし、拠点の位置くらいは把握しておきたいな」
基本は地面を歩かず、影蔦で木々の間を少し浮いた状態で移動する。足跡でバレる可能性もあるし嗅覚で追われることも考えてだ。
そういえば、肉として食える動物って生息してるのかな?
でも素人知識で解体とか触るのとかそもそも危ないか……ダンジョンのモンスターって消えるから、そんな技術要らないからなあ。
「お? このフルーツは食べられそうだが……マンゴーか? 市販されてるのは形が綺麗だから、分からんなあ……ん、んん? よく見たら他にも色んなフルーツが集まってるな、なんなんだここは……?」
様々な形のフルーツが生っている果樹園のようなエリアに足を踏み入れていたことに気がついた。
そこまで詳しくないが、この小さいバナナは島バナナってやつじゃないだろうか? これはラッキーだな……って、いやいや、そんな訳ないな。
普通に考えたらあり得ないだろ、こんな都合の良い果樹園。
これはつまり、運営側が用意していたものだと考えるべきで、食料としての意味と実習用の仕掛けだ。
宝箱、拠点、水、それに加えて安全な食料。素人知識でキノコを食うのはやめとけと言われていたし、明らかに安全なフルーツがあると手を伸ばしたくなるだろう。
注意深く観察して……やっぱり、罠が仕掛けられていた。
枝をじっくり観察すると、鳴子がいくつもつけられていた。迂闊にもぎ取るとカラカラ音が鳴ってしまい、敵に発見されてしまうってことか。
なんていやらしいんだ、って文句言えないよなダンジョンにはそういう罠が設置されてることも珍しくないし、それを教える為の実習なんだから。
さて、こいつをどうするか?
食後のデザートにいただくのもアリだが、多分俺が最初に発見した場所だ。これは貴重な『情報』だ。
情報を先んじて手に入れられたアドバンテージを利用するべきだな。
罠を利用して攻撃するか、ここに来た奴を追跡して拠点を探すか、大きく分けるとこの2つだな。
ガサ……。
「ッ!」
茂みの揺れる音がして、俺はすぐに木の裏に身を隠し音の方をジッと見る。
「見ろ、なんかフルーツあるぞ」
「おお、ラッキーだな」
他の班の奴か……顔は見たことあるが話したことはないし、スキルも分からんな…………だが、あまりにも無警戒で目の前の発見に喜び過ぎている。声も結構デカい。
人のこと偉そうに言うつもりはないが、流石に大丈夫かこいつらと心配になる立ち振る舞いだ。
「うお〜やっぱ南国の島にはこういうの生えてるんだな〜」
そりゃ生えてることもあるだろうが、な訳あるかよ不自然だろ、ここまでしっかり揃ってたら。
「ヨッシー、それ毒とか大丈夫か?」
「あ? 大丈夫じゃね? 一口齧って痺れたりしなかったらいけるだろ……どれどれ」
ヨッシーと呼ばれた男……確か吉川とかそんな名前だったな。こいつ行動が迂闊過ぎて見ててヒヤヒヤするな。
吉川が島バナナをもいで、皮を剥き頬張った。
「うん……ちょい硬いし思ってたより甘くないけど普通に食えるな」
「一口ってか、それガッツリ食ってんじゃん」
「ソーマも食ってみろよ、不味くはないから俺たちの食料がなくなっても最悪これ食えばなんとかなるレベルだからよ」
取り敢えず、フルーツ自体に毒が仕込まれてるとか、そういう罠はないと見て良いのかな。
「じゃあ……俺はこれ食ってみるか……」
あ〜それは触らん方が良いぞ〜……。
「ッ!? 何ッ!? 何の音ッ!?」
「やべっ、罠じゃね!?」
いや、遅いって。カラカラカラァッ! って鳴ってますけど。
「ここにいたらマズイ! 逃げるぞ!」
逃げるか、ならこのまま追跡してお前らの拠点の居場所を把握させてもらうとするかな……おっ!?
吉川とソーマ(ちゃんとした名前は知らん)が走って果樹園から離れようとしたその時、運悪く厄介な連中と鉢合わせした。
そう、八島と、世良の2人だ。八島……お前、この森の中でシャツを肩まで捲るって馬鹿なのか? 虫に刺されるし怪我するぞ?
「おーっと、早速雑魚発見〜!」
「潰しとくか」
いや、お前らが雑魚丸出しのセリフ喋ってどうするんだよ! ってツッコミたいところだが、ここは観察だな。
「八島と世良ッ!? ヨッシーどうする!?」
「……なあ、俺たちは別にお前らと戦うつもりはない。こんな早いタイミングで戦ってもお互い得はないだろ? 何もしないし、俺たちはゆっくりここから離れる。問題ないな?」
吉川、意外と冷静な判断だな避けられるなら戦いは避けるべき、それは正しいし敵にするメリットがないからな。
……ただ、ずっとアイツらに絡まれてた俺だから分かるが、それは悪手だ。
「はぁ〜? 敵の数減らした方がこの後やりやすいだろうが? お前らの持ってきた飯も奪えるんだし、得しかねえだろうが、馬鹿かッ!」
ほら、こうなる。弱気を見せたらつけ上がるんだよこいつらは。アホの獣なんだから、威嚇しないと舐められるだけだ。会話が通じる相手だと思っちゃダメだ。
もうこうなると一当てして、追い払うしか方法がなくなる。にしても、このタイミングで居場所を把握出来たのは助かるな。
そこまでの脅威ではないとは言え、加減を知らない奴らだ。怒りに任せて何するか分からんし、班の皆に迷惑かかりそうだからな。
それに、いつ攻撃してくるか分からない、どこにいるかも分からないってのは結構な精神的ストレスになるはず。そのストレス源を把握出来ていれば動きやすいというもの。
「クッソ……やるしかねえのか」
「安心しろ、殺しまではしない」
「世良、殺しまでって……クク、ああそうだよな、殺すのはアイツだけだ」
それ俺だろ。何笑ってんだお前。しれっと危ないこと言ってやがるな。
吉川とソーマに加勢はしないが、八島、世良、お前らの邪魔はさせてもらうぜ?
「お前らアレだろ? 確か空気弾みたいなの発射する奴と、硬くなれる奴だよなぁ? よし、世良お前が空気弾の方やれ。お前の速さなら、当てるのは難しいはずだ」
「了解〜!」
八島は吉川と、世良はソーマとタイマンするってことか。
「ソーマ! 俺の後ろから攻撃しろ守りは俺がやる!」
ほう、吉川とソーマはあいつらの戦い方には合わせず協力するつもりか。最初の行動こそ発見で浮き足立って迂闊だったが、意外とさっきから冷静だな。
そして、八島たちは相手を舐め過ぎ。実力的には勝てるとは思うが連携を甘くみると痛い目に合うぞ。
……経験者は語る。
「硬くなれるって言っても痛覚がない訳じゃないんだろうがぁっ!」
始まった。八島が突進して吉川との距離を詰める。八島はメリケンサック……ガントレットか? 腕に何か装備しているな。あれで、攻撃力アップしてるんだな。
「ソーマッ!」
「おう!」
ソーマは吉川の背に隠れながら手を八島に向ける。溜めの時間が多少必要なようだが、ヒュンと音がして発射されたようだ。空気だから見えないしな。
「ウォッ!? なんだビビらせやがって大した威力じゃねえなぁ!」
それはどうかな? 俺はともかく、皆日本最高峰のハンター養成高校に合格してる奴らだぜ、ポテンシャルが低い訳ないだろうが。
てか、威力も分からんのに正面から当たりに行くってイカれてんのかお前。
「オラァッ!」
ソーマが気合を入れて更に発射。
ドンっと強烈な音がして、八島が後方に吹っ飛んだ。
「これで全力と思うなよ!?」
ソーマは緊張からか、肩で息をしているが八島に一泡吹かせてやることに成功した。
「お前の相手は俺だボケ」
世良が素早い動きで吉川とソーマの上を飛び越えた。流石重力使い、身軽な動きは得意だな。
これで一瞬にして吉川とソーマは挟まれた形になる。
なるほど、八島にヘイトを向けてその間に有利なポジションを取る作戦だったか。それを口にしていないのに世良は八島の意図を汲んで動いた……多少の連携は心得てるみたいだな。
学校ではいつも、つるんでるだけだったから喧嘩売る口上の連携しか見たことがなかったし少し意外だった。
「クッ……速いから狙いがつけらない!」
「手からしか出ないなら射線バレバレだっての!」
世良はソーマの攻撃を回避して注意を向け、八島が吉川とタイマン出来るように持っていってるな。
「ドラァッ! 」
「グッ……!?」
「なるほど、確かに硬えけど、そりゃ俺の装備と同じくらいだな。硬いってことは伝わる衝撃が分散されにくいってことだろ? 内臓を破壊してやる」
吉川は八島に殴られまくってるのを何とかガードしてるような状態。人って素手で殴られたら普通に死ぬからな、それが八島のパワーなら危険なのはなおさらだ。
吉川が硬いから平気なだけで同級生に向ける暴力じゃないだろお前。
こりゃ流石に手助けが必要かな。吉川たちも実力的には低い訳じゃないが、アイツらの加減なしの殺意に気圧されてるって感じでこのままだと、マジで大怪我しかねないからな。
「オラァッ……!?」
「ッ! このッ!」
八島がバランスを崩した瞬間、吉川は硬い拳でぶん殴った。俺が陰蔦で足を引っ掛けてやったんだが、あれは痛そうだ。顎にモロに入ったな。
「いってえ〜! 舐めやが……て……なんだ!?」
八島は立ちあがろうとするが、上手く力が入らない。多分脳震盪を起こしてるはずだ。力が強くて頑丈でも脳までは鍛えられないし、あり得る話だ。
さて、世良の方も邪魔してって……。
「ッ!? 蔦ッ!?」
「食らえっ!」
「グホォアアッ!?」
世良に空気弾が直撃して木に背中を強くぶつけた。呼吸が苦しそうだ。
まあ、こんなもので良いだろう。
「クソッ! 世良、こいつらの仲間が近くにいるんじゃねえか!?」
「あ、ああ……人数不利は分が悪い……」
「……お、俺たちがお前ら相手に普通に戦うかよ!」
「撤退だっ! お前ら次会ったら殺すッ!」
ヨロヨロしながら、八島と世良をその場を離れていく。
「……ビビった〜、仲間ってアイツら俺たちをボコるのに必死で足元ちゃんと見てなかっただけじゃん馬鹿だろ」
「ヨッシーのさっきのハッタリ俺笑いそうになったわ」
「取り敢えずここのことと、八島たちの話は報告だな。いてて……あいつマジで力強すぎだわ、俺が痛いって思うの珍しいんだけどな」
「俺が殴られてたらマジで骨折れただろ、イカれてんのかよ!?」
吉川とソーマはヘタレ込みながら、俺の介入を何故か都合良く解釈していた。良いけどさ、俺としてもバレたくないから。
よし、取り敢えず八島たちを追いかけて拠点だけは把握しておこう。
吉川たちの拠点も知っておきたいが、あの果樹園を見張っていればまた来る可能性が高いしな。
俺は音を立てないようにして、フラフラ歩いている八島たちを追跡することを開始した。
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