第9話 夏の実習その2


 まずは拠点を探す。物資が限られているのであれば、最低限の自給自足が必要であり、何よりも水の確保が最優先である。

 つまり、お宝争奪戦の前に料理となる拠点の確保を他の班も当然考えていることだろう。


 しかし、拠点を確保したからといって、その拠点がずっと安全とは限らない。

 あまり早いタイミングで拠点を決めてしまえば、狙われるリスクもある。


 見晴らしの良い場所を陣取っても格好の的。だが、あまりにも辺鄙な場所も生活がしにくい。


 このあたりのバランスは全員が理解出来ていない。何せ初めてなのだ。


 そもそも、拠点確保が必要なハンターはそれなりに高ランクであることが多い。長い期間ダンジョンに篭るということは、それだけ奥深くに潜るということ。


 浅い階層であれば、帰った方が効率的だ。俺の場合はそう言った制限を受けにくいという有利なアイテムがあるが、経験しておいて損はないだろう。


 知っていて、やらないということと、知らないでやらない、では隔絶がある。


 そして、森の中を歩き回りサバイバルすることも初めてだ。やってみて初めて分かることが多かった。


 ──虫が多いッ!


「ギャッ!?」


「キモい〜……」


 女性陣の悲鳴が時折聞こえてくる。俺は声こそ上げないが羽音なんかはビクッとしてしまう。


 都会育ちだからな、全体的に虫への耐性がないのは仕方ないだろう。


「うむ……不快という点もあるが、毒や感染症という点でも虫は脅威だな」


「いや……五十嵐……お前ズルいって……」


「ん? 何がだ曲直瀬」


 パチッパチッと五十嵐を中心に弾ける音がさっきから鳴り続けている。


 五十嵐はコンビニなんかにある紫に光ってる殺虫器の容量で近付いた瞬間殺し続けている。

 こいつだけ虫への対策がバッチリだ。それズル過ぎるって。


 影蔦で体中を覆うのは……ダメだ、潮風があるとは言えこの島の気温はかなり高い。一番危険なのは他の生徒よりも熱中症になることだろう。


 そう考えると……氷室さんからふわ〜っと冷気が漂ってくるので三枝さんと富永さんは彼女に引っ付いて涼しそうだし、俺がその輪の中に入るのは流石に不可能……。


 あれ? なんか俺だけ通常装備でシンドくねえかこれ?


 なんか……こっそりガッツリ飯食うの申し訳ねえな、なんてちょっと考えてたのが馬鹿らしいつうか……。


 あ、そうか皆同じなんだ。皆それぞれお互いの自分には無い部分を羨ましいって思うもんなんだ。だから、何かを良いなと思ったり、妬むのってマジで時間の無駄、気にするだけ無駄だな。


 嫉妬したところで自分も同じようにすることは出来ないし、相手に嫉妬されたからと言って、相手に自分と同じようなことはさせられない。


 な〜んだ、そう考えたら結構楽ってか、変に遠慮しなくえ良いってか……俺がやれることに制限をかける必要って全然ないな。バレて情報漏洩だけ気にしてたら良い。


 良さそうに見える部分にだってデメリットは当然あるだろうし、その浅い表面的な部分だけ見て判断するのは愚かしいことだ。


「地図って言うか航空写真は事前に用意したけど、この木の中じゃ全然アテにならないね〜」


「このみん〜なんか涼しくなるやつとか虫を追い払えるバフとか無いの〜」


「そんなのは無いよ。炎系の攻撃に対する耐性とかはあるけど、別に涼しくはならない」


「え〜泣きそう」


 氷室さんは地図をグルグルと回しながら「あれ?」とか言って現在地を把握しようとしてるが、海岸が見えてるし、コンパスもあるからそうはならないと思うんだが……方向音痴じゃね? 大丈夫か彼女に任せて。


 富永さんは……うん、虫が嫌ならまず肌の露出を控えた方が良いと思うんだがな……虫の毒よりも目に毒だ。


 基本は水辺の近くだが、それでは狙われるということで水源にそこそこ近いが、それよりも発見されにくく、迎撃しやすい場所を探す作業をしている。


 氷使いの氷室さんだが、なんと凍らせる際に使うエネルギー量から水がどこら辺にあるかまで、感知出来るらしくかなり応用の効くスキルだと分かった。


「あっれ〜……? ごめん迷ったかも」


「いや海見えてるし全然迷ってないって大丈夫だから」


 なのに何故地図と睨めっこする必要があるのか、俺には皆目見当がつかない。


「五十嵐君ごめん、私地図読むの下手だ〜交代して」


「氷室君、そもそも今の段階で地図を読む必要はない。それよりも目視で確認出来る情報を優先して欲しい」


「は〜い……ごめんね……」


 氷室さんはションボリして肩を落として力のない声を出した。


「あ〜生徒会長なのに女の子泣かしてる〜」


「なっ!? いや俺はそんなつもりは……すまない! 決してそんなつもりでは……!」


 五十嵐は露骨に動揺して、しかしながら具体的にどうフォローして良いのか分からない様子でアタフタしていた。


 流石に見てられないと思い助け舟を出す。


「ばーか、お前富永さんに揶揄われてんだよ」


「も〜曲直瀬言っちゃダメだって〜もうちょっと遊ぼうと思ったのに〜」


 俺は一番後ろを歩いているので、俺の方に振り返り「シーッ」とやりなが、眉間に皺を寄せた富永さんに叱られる。


「こいつは俺らの班のエースだぞ、そんなことにリソースを割かせるな」


「『そんなこと』?」


 しまった! これは失言だ……富永さんの罠だ!

 これでは氷室さんが落ち込むのなんか気にしてんじゃねえよ、みたいな性格が悪いやつに陥れられる!


「……五十嵐、言い方には気をつけような」


 すまん、俺はお前のことを守れないようだ。心の中で女性陣を敵に回すのも気をつけようと念じておく。伝わってると良いが。


 俺はポンッと五十嵐の肩に手を置き感電しかけた。ヤベって思ったところで、三枝さんが俺の手首を持ち、止めてくれた。


「あ、ありがとう。忘れてたわ」


「うん……流石にこれでリタイアは笑えない」


 いや、マジで笑えないだろ仲間内で揉めた訳でもなく勝手に自滅って一生バカにされるわ。


 ***


「おい、皆アレ見ろ」


「洞窟……か、丁度良いんじゃないか?」


 俺は皆から一歩引いて周囲を探索していると、左側に木で隠れていた洞窟の入り口を発見して報告した。


「警戒は必要だけど、雨風をしのげるって点では良さそうね、見つかりにくそうだし」


 五十嵐が先行して洞窟に近づき、氷室さんが周辺の状況を確認する。


「コウモリとかはいなさそうだから衛生的には大丈夫そうだな」


 五十嵐は服の汚れを軽くはたきながら、洞窟から出てくる。


「酸素とか有毒なガスの問題はあるが……」


「それ調べられるの色々ウチ持ってきたよ〜」


 富永さんは便利なアイテムを色々持ってきてくれており、会話の節々から金持ちのお嬢さんな雰囲気を感じる。


 だが、今回に限り非常にそれは助かる。


 俺には扱いがよく分からんが機材をリュックから取り出して、酸素濃度とかを調べると拠点にしても大丈夫な洞窟だということが分かる。


 因みに俺は荷物持ちであり、そういった機材やアイテムの入った重いリュックは全て俺が運んでいる。


 筋力には自信があるし、そういう枠である為仕方がない。


 ここは確かに島の中にある湧水から出来た小さい川の近くであるし、発見されにくい屋根のある場所だからサバイバルには向いてる。


 ……敵がいるサバイバルにおいて適しているのかはやや疑問が残るな。


「襲撃されたら逃げ道が無さそうだな」


「む……確かに……奥の方がどうなっているのかもう少し確認するべきか……どこかに通じているのなら後ろから襲われることも考慮すべきだな」


 不安をそのまま口にすると五十嵐は機材を持って奥深くまで行ってしばらくして帰ってきた。


「どうだった?」


「海岸に繋がっていたが、砂浜から地続きにはなってないし……氷室君地図を……うん、ここだな。ここだが、洞穴の入り口があることは分からないだろうし、奥から攻撃されることはまずないだろう」


「かなり良い場所を早速見つけられたな。何かあれば、下がることは出来るが……完全に脱出は無理か」


 脱出ルートまで確保出来るような場所なら良かったが、開けた場所とは言え完全に逃げるのは無理か……。


 俺は地図を見ながらうなる。


「曲直瀬君……罠を仕掛けて置いたら良い」


「この暗い洞窟で相手がどんな罠を仕掛けてるか分からないってなったらそんな簡単には突っ込んでこれないか……うん、良いんじゃないか三枝君ッ!」


「それに……曲直瀬君の影蔦で引っ張ってもらえば普通は移動出来ない場所でも立体的に移動出来る」


「確かに……俺より俺の力の使い方理解してんの凄いな三枝さん」


「別に……そういうのが得意なだけ……後ろから口出すことしか私は基本的に出来ないから」


 と、謙遜しつつも右の頬をやや膨らませて恥ずかしそうにする三枝さんがちょっと可愛いと思ってしまった。


 ***


 まずは拠点を決めたわけだが、キャンプの準備は後回し。入り口の隠蔽に俺たちは力を注いだ。


 どれだけ好立地だろうが、見つかっては意味がないし出来るだけ不用な戦いは避けるべき。強い奴よりも勝負せずに仕事を終わらせる奴の方が優秀であるとはうちの両親の談。


 蔦や枝を入り口に立て掛け、俺たちがここまで来た痕跡を素人知識ながら出来るだけ消した。


 今の段階では他の班が活発に動いており接敵する可能性も高く、下手に動かない方が良い。罠の作成などが出来てから初めてテントなどを広げる余裕が生まれる。


 取り敢えず、俺は夜に出かけて隠密行動をしながら他の班の動きを探る。それが分かり次第明日以降の行動を開始するってことになった。


「さて……今のうちに実際にこの崖の上に登るかは確認しておくべきだな」


 洞窟の奥は海岸に続いており、バスケコートくらいの大きさの砂浜が広がっている。日陰も出来ており、風の通り道なので涼しい。


 これなら熱中症の心配は無さそうだ。思っていたよりも本当に良い場所を見つけられたみたいだが豪運のおかげかな。


「ん……上に……何かある……っておいおい……まさかもう見つけちまうとはな」


 崖を見上げて脱出のルートを脳内で組んでいると視界に入ったのは木の箱。


 分かりやすいまでの宝箱だった。


「これ取れるって想定で配置してんなら……この実習思ってたよりヤベェかもな……」


 普通に考えて俺のような移動が出来るものしか取れない場所、断崖絶壁におかれた宝箱を見て、涼しいところにいるにも関わらず、額から汗が流れた。

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