第8話 夏の実習その1


「到着〜!」


「うおおお島だあああああ!」


「あっつ……これ危ないだろ……エアコンなしで1週間って……」


「思ってたより大きいぞ……」


 ハンター志望組は夏のビッグイベントである無人島による実習の為に数時間船に乗り、上陸した。


 武器、装備、キャンプ用品などの持ち込みは自由であり結構な大荷物で中にはキャリーケースを持ってきた奴もいる。


 食事は3日分で計算された規定の量までしか持ち込めず、残りの4日は自給自足をさせられる……のだが、俺の場合は必要なカロリー量が普通では無いのでそれをされると死ぬ。


 よって、ルールは破らせてもらう。どうせ魔導士の巾着──最近は言いにくいのでマジックバッグと脳内で呼ぶようにしているが、そこに多めに入れてある。

 とは言えだ、スキルによっては体内のエネルギーなどを利用して使うものもあるので、場合によっては武器、または装備扱いにもなる。


 申請さえすれば認められるのだが、俺はスキルを知られたく無いので申請はしなかった。


 しかしながら、仲間に隠れて馬鹿みたいに食べるというのもどうなのかとは思う。食料が確保出来ないなどのトラブルがあれば提供しようと思う。


 装備の効果によって食料が得られる。バレた場合でもルール違反ではない。などと言い訳をさせてもらう。

 実際、そういう類のアイテムがあること自体は知られているので俺は親のお下がりとでも言えば許されるだろう。


 そもそも、持ち物にルールがあるのは何故か。


 単純にダンジョンに入り、攻略を目指すことを想定しているからである。持ち込める物資は有限であり、攻略するのならば、それを持って移動しなくてはならない。


 持ち歩き出来る範囲内に留めるというのは当たり前のことだと思う。


 ただ、現状それは俺には関係がない。それだけの話だ。


 ズルいと思うだろうか? しかしズルくない。


 ハンターの強さはスキルだけではなく、装備してるアイテムや武器も指標になる。これはスポーツではないのだ。


 ダンジョンという危険な場所で生き延びる力が強ければ強いほど良く、そこにルールなどない。


 もちろん、嫌がる人間に無理やり荷物持ちをさせる、などはルールというよりも法、人権に触れているので問題だが、如何にして生身を強化するか、強化する財力やコネがあるかも重要である。


 だから、だからこそ、俺の親は狙われたのだろうが……。


「集合ッ!」


 ハンター協会の人が全員無事に上陸を確認出来たタイミングで実習開始に関する挨拶を始めるようだ。


 ***


「曲直瀬、思っていたよりいやらしいルールを設定してきたな」


「ああ……お宝を探すだけじゃなくて、他の班からの妨害……見つけた後は盗まれるのを警戒しなくちゃならないとはな、ちょっと考えが甘かったか」


 五十嵐が、相談という感じで近付いてきて声を落としながら話す。


 先程発表があり、事前に聞かされていた情報と今日初めて聞く情報があった。


 島に隠されたお宝を見つけるのだから、早い者勝ちか発見した順番で順位をつけるものだと思っていた。


『隠された5個のお宝を最終日に提出する』

 それが今日明かされたルール。


 しかし、お宝は5個しかない。ここにいる班は10組。半分は負ける。つまり、早い者勝ちとかよりも、もっと複雑だった。


 そして、俺たちは衝撃的な一言を協会の人から伝えられる。


「今回、残念ながら実習の内容で不明な部分を探ろうとする生徒は誰一人居ませんでした」


 と言われたのだ。情報は今日解禁されると聞いていたし、俺たちはどんな内容になるかについて予測しケースごとに作戦も立てていた。


「は……そんなんありかよ?」


「運営側がズル認めんのか……?」


 いや、それしたら意味ねえじゃんと反論する声が小声ではあったが聞こえてきた。


「ん〜勘違いしてるようですけど、それダンジョンで通じると思ってるんですか? ダンジョンに入ってモンスターの種類や地形などを把握せず出たところ勝負なんてしてたら即効で死にますよ?

 プロなら、あらゆる手段を使い私や、実習の運営で情報を持ってそうな人から内容を聞き出そうとするべきですねぇ。

 生き残る為の努力が出来てないということで、皆さんは既に減点された状態でスタートです」


 その通り、正論過ぎた。反論の余地なんかあるはずがない。


 これは学校の定期試験ではない。『実習』なのだ。


 俺たちは内容を何とか知ろうとする発想がそもそもなかった。視野が狭かったし、何となくそれは『カンニング』に値する行為だと思い込んでいた。


 しかし、ハンターとしてダンジョンに挑むのであれば、むしろ事前調査は重要であり、プロなら誰もがやる当然の作業。


 それを怠ったので減点。生き残る気があるのかと言われても仕方ない。


 俺自身も、調べられる範囲での調査は重要だと親からの動画で聞いていた。


 だが、それは実際のダンジョンの話で実習は別、実習は協力したりすることの方がメインだと考えてしまっていた。


「……五十嵐、これは思ってたよりも本番……実際のダンジョンを攻略すると考えた方が良さそうだ……これは授業じゃない……」


「ああ。お前はさっき半分は負けると言ったな? あれは間違いだ。お宝を1個しか持っていてはいけない、なんてルールはなかった」


「つまり……成績の為に複数のお宝を持つ班も出てきて、派手に争うことになりそうって話か」


「運営側のテント……治癒系のスキルを持った人が常駐する……あの回復薬の量を見ろ、戦うことを想定して準備しているぞ。下手すれば誰か死ぬだろうな」


「誓約書か、形式だけって訳でもなさそうだな」


 ここに来る前に誓約書に本人と保護者のサインが求められた。


 ざっくりと説明するならば、この実習中に運営側が予期していない事態以外の事故、怪我については自己責任であるという旨。


 最悪、実習中に本人のミスで死んでも俺たちは知らんぞって言い訳が出来る契約。


 そして、実習中のお宝を奪い合い際に発生するであろう戦闘での怪我などは想定の範囲内。治療はしてくれるが、怪我することは想定内であり、責任は追及されないということだろう。


「お宝を探しながらも、食料を確保しなくてはいけないし、その食料すら奪われる可能性もあるか……こりゃ気が抜けねえ実習になりそうだ」


「……何故笑っている曲直瀬?」


「あ? 俺今笑ってたか? はは……何でだろうな、思ってたよりもハードな実習だが、思ってたよりも面白そうだって感じたのも本当だから、かな」


「まあ……だが、当然勝ちに行くだろう?」


「当たり前だ。なんなら全部のお宝を奪っても良い」


「ハッハッハッ、それはちょっと張り切り過ぎじゃないか? だが、1位で終わる。その目標は最初から変わらんからな」


「ああ……そろそろ始まるから作戦会議だ!」


 ***


「想定していなかったルールが発表されたことから少し計画を変更する相談をしたい」


 五十嵐は班のメンバーを集めてから提案する。


「五十嵐君、何を変更するの?」


「うん、氷室君、三枝君、富永君は他の人たちがどう動くか予想が出来るか? 俺はお宝の奪い合い……つまり激しい戦闘が起こると予想している。

 そこでだ、勝つのは前提条件としてお宝を探して守るのか、お宝を持っている班を探し奪うのか、大きくはこのどちらの方針を取るかということだ」


 熱中症にならないように岸近くの岩場の日陰で円になりながら会議を始めた。


「それウチも思ったんだけどさ〜五十嵐と涼佳の力押しで奪った方が早くね?

 この班って索敵とか感知系のスキル持ってる人いないし、そもそもお宝5個全部発見出来るとは限らないんじゃね?」


 確かに……隠されている訳だから1週間以内に見つけられない可能性もあるか。富永さん普通に頭良いな。


「それにお宝はどこにあってもおかしくないけど、拠点……つまり水場の近くに人はいるはずだから、お宝よりも人を発見する方が簡単そう」


 続いて三枝さんも発言する。


 この島はかなりデカいと船で近付く時点で分かってはいたが、それでも俺たち以外の45人と全く出会わずに終わるということはあり得ないだろう。


 お宝よりも人の方が大きいし、移動するので見つけやすいはず。それにお宝を持っていたら奇襲されるが、それを察知出来るようなスキル持ちがいない。


 今回、お宝を発見及び所持すると通信端末で分かる仕組みになっているそうだ。誰がどれだけ持っているのか分かれば狙われるのは明らか。


 であれば、お宝を所持するのはリスクだ。


「あのさ……宝箱に入ってるんだから発見した時、取らずにその近くで守る方が良いんじゃないかな?」


「む……それもそうか……発見してすぐに手に取る必要はないのか。何なら場所だけ把握して埋めてしまうのもアリだな。どう思う曲直瀬」


「ルール的には禁止されてないしな……極端な話、宝箱ごと担いで移動させて俺たちの拠点に隠して、終了間際に取り出して終わるってのもアリじゃねえか」


「面白い発想だ。現実的かどうかは置いておくがルールの裏をかく必要はありそうだな。これは普通のテストじゃないし法に触れない範囲であれば何をしていい……今後は柔軟な発想が求められるだろうな」


 お宝発見したら俺のマジックバッグに入れて隠してしまえば絶対に取り出せないから安全だしな。


「俺が持ってきた装備に金庫的な役割をするものがあるから、それを使っても良い。俺以外は使用出来ないが……それに入ってるとバレる、もしくはそれ自体を奪われたら意味ないんだがな」


「流石曲直瀬じゃ〜ん、凄いの持ってきたね。それでも無いよりは絶対に安全だし使えるって言うなら使った方が良いんじゃないの?」


「ならば、この班は結局最低1つは探して確保しておきその情報は敢えて公開させる。

 他の班から戦闘などで奪い、曲直瀬には逃げに徹してもらうというのはどうだ?

 曲直瀬の影蔦ならば、立体的な移動が可能だから戦闘ではなく、逃走に専念してもらった方が勝ちやすいはずだ」


「いいぜ、皆俺が弱いと思ってるからまさか大事な宝を俺が守ってるとは思わない。普通に考えたら近付いて奪うのが難しい五十嵐が持ってると考えるだろう。

 五十嵐にはヘイトを買ってもらい、俺が単独で逃げる……まあ、拠点を管理したり雑用してるとでも思わせておくべきだな」


 単独行動の方が俺としても都合が良いし、俺は透明化出来るから逃げるだけなら楽勝だ。

 戦闘のスキルに関しては秘匿しているし、影からこっそりサポートしていく立ち回り……今のところベストだと思う。


「まずは寝る場所、水場の確保が出来るところを探そう。今日はそれだけに時間を使っても良いだろう。こういうのは早い者勝ちだからな」


「協会のハンターも時々邪魔してくるらしいから油断出来ねえな……まあ、生徒同士のドンパチでやり過ぎってなったら止めてくれるのはありがたいが」


 何はともあれ、夏の実習の1日目がスタートした。

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