第11話 夏の実習その4



 後ろからの追跡をしきりに気にする八島と世良。


 キョロキョロと周囲を見てはいるが、警戒というよりは草木の揺れる音に一々反応しているだけ。


 小動物のようにビクついて、いつものようなイキリ散らかす威勢はない。


 そして、拠点にあっさり到着する。


 誰かに見つかるかも、なんて心配は拠点に到着した時点で霧散してしまったようで、すっかりと安心しきっていた。


「水ッ! 水つってんだろうが!」


「あ、うん……」


「ったく使えねえッ!」


 お前は何様なんだ……?


 そして、お前らも八島の言いなりになるのはやめとけ。つけあがるだけだ。


 それにしても寝食ともにする相手にヘイト高めてどうするんだ? 寝首かかれるかも、とかそういう不安はないのか?


 まあ、良い。場所は分かった。お前らはいつでも狙える。


 協力もしない、範囲攻撃手段もないお前らは大した脅威じゃない。予想外の外道な行為をしてくる可能性も否定出来ないから一応定期的に様子を見に来るつもりだが、勝敗に影響は与えられそうにない。


 キレて大声を出す八島。それを止めようともしない世良。


 その2人に萎縮する大人しめの3人の班員。悪いとは言わないが、その気の弱さでハンターになれるのかは疑問だ。


 俺は血の気が多いから優秀、とまでは言い切れないだろうが、ぶっちゃけコイツらよりもよっぽど恐ろしいハンターやモンスターと戦うこともあるはずだ。


 こんなアホの高校生2人に一発喰らわせるくらいの気概がなくて、やっていけるとは到底思えないな。


 ただ、鬱憤が溜まった結果爆発、そして暴走となると面倒か……? 一番ある原因としては食料不足による飢えだろうな。


 八島と世良が他の班員の分も食べて、キレる。あるだろう……食べ物の恨み、飢えた時に人は暴れるからな。


 ま、これは一応皆には報告しておくか。


 俺は自分たちの拠点に戻る。


 ***


 拠点に戻った頃には日が沈みかけており、夕食の準備をしているうちにあっという間に夜になった。


 人工の明かりがない、島の夜は恐ろしいほどに暗黒だった。


 そして、月明かりがこれほど頼もしいとは都会にいた頃には気がつけなかっただろう。


 果樹園やそこで起きたこと、八島、世良の拠点の発見など、報告することは多かった。


 俺たちは島の端、八島たちは島の中心、そして吉川たちは果樹園の比較的近くにいるだろうから、八島と俺たちの間くらいの位置。


 と、ざっくりではあるが、2班の動きを知れた。


 残りは7班。全ての班と会うというのはないかもしれない。多分、お互いの場所、距離感というのはなんとなく察することが出来るし、ある程度の距離は取る。


 移動するかもしれないが、スタート時点で皆が違う方向に進んだことから、そこまで偏った位置にはいないはず。


「しかし、川の上流にあいつらがいるなら、水は飲まん方が良いかも知れないな。煮沸など、対策はいくらでも出来るだろうが怖い」


「実習するってからには安全な水だとは思うんだけど、それが汚染されないとは限らないからな」


 五十嵐の提案には全員が賛成する。俺も危ないと思う。


 そもそも、こっちには氷室さんがいて、海も近い。温度の操作により、綺麗な水はいくらでも生成出来る。


 しかも、素晴らしいのは冷たい水がこの暑い島で飲めることだ。


 ……マジックバッグにジュースとアイスが入ってるのは内緒だ。


「ちょっと出掛けてくる」


「またか?」


「ああ、今はどの班も飯時だろ? なら、どっかの間抜けな班は火を使ってるかも知れない。その光から居場所を特定出来る可能性があるからな。

 後は匂いか、それも探す。美味そうなのが盗めそうだったら盗んでくるわ」


「こっちも盗まれないように気をつけないとね」


 今回の実習、物資を盗むことが許されている。というよりも盗まれても文句言わないって誓約書にサインさせられてる。


 盗むことを推奨しているというよりは、盗まれることに対する警戒が目的だが、それを狙うのは生徒だけではない。


 どこかで監視しているハンターもだ。


 事前に発表された情報では斥候として活動するハンターが5人。既に島に紛れ込んでいる。


 監視であり、お邪魔要員。予想外の事態を起こして、実習を掻き回す意図された存在だ。


 まだ、その誰1人発見も遭遇も出来ていないあたり、その優秀さはおして知るべしだな。俺の索敵が単に下手ってのもあるんだろうが、露骨に危険な攻撃はされないものの、無視は出来ない。


 何ともいやらしいのが、ハンターには物資が3日分しか用意されていないということ。


 つまり、初日こそないかも知れないが、盗みに来る前提の設定だ。


 安全な陣地の確保、防衛、察知、これらは全てダンジョンを攻略する上で要求されるスキルだ。


 夏の半ば遊びの林間合宿ではない。マジだ。プロになる為の訓練なのだ。


 そして、俺が他の班の食事の時間を狙うのなら、当然プロもそれを監視しているはず……鉢合わせるならこのタイミングだと思っていた。


 カサ…………。


 僅かにだが、木が揺れた。風か? いや、何かいるべきだと判断して警戒するべき。


 島の動物か、もしくはハンターか……。


「ッ!?」


 俺の耳を何かが高速で通り過ぎる風切り音がした。


「あっれ〜? 何かいたと思ったんだけどな〜」


 気配があった方から女の声が聞こえる。まさか気がついたのか? 透明になって、地面を歩かない俺の気配を察知した?


 これが本職の斥候の感覚か!?


 背中からドッと冷たい汗が吹き出した。牽制、もしくは探りを入れただけの投擲。


 それだけだが、この女からはただならないオーラのようなものを感じた。


「ん〜? やっぱりいないし……おかしいなあ。隠遁系のスキルかな?」


 おいおい嘘だろ……なんでコイツがこんなところに……?


 草陰から出てきた女の姿を俺は木の枝の上から目視した。


 その顔を見て、それが誰かすぐに分かった。


 日本のトップハンター、ランクにして8位の大手ギルド、『アリス』のリーダー『シャドウクイーン』こと、早乙女 凪。


 並外れた美貌、愛想のあるキャラ、確かな実力を持つ、超人気のハンターだ。


 高校生の実習に出てくるような格の人間じゃないだろ!?


 もしかして、他のハンターも彼女に並ぶ、もしくはそれより少し下くらいの実力者なのか?


 だとしたらヤバい。高校生の浅い知恵と経験でどうにか出来る相手ではない。


 どの班の拠点もバレてる、そう考えておくべきで、数日経てば略奪が始まるのは間違いないだろう。


 物資が奪われたとなれば、ハンターではなく生徒間での争いになる。


 大人しく宝箱を守ってジッとしてるなんて許さないってことかよ……。


 周囲を見回して、首を傾げるシャドウクイーンを観察していると、瞬きをしたその瞬間に俺は彼女の姿を見失った。


「ッ!?」


 どこだ!? そんな一瞬で人が消える訳がない。音すらしなかったんだぞ、まだ近くにいるはずだ。


「あ、なんだ〜やっぱりいた〜! 透明になれるんじゃん」


「なッ……!」


 その時だった。俺の乗っていた太い木の枝が、少し沈んだのだ。誰かが乗ったような、しなりがあった。


 そして、背中から声が聞こえて、俺は驚きのあまり声を出してしまった。


「あ、やっぱりいたね」


 しまった……! コイツッ!? 確信は無かったのにカマかけて俺を炙り出したってのか!?


 両手で頬杖をして、ちょこんと俺の後ろに座ってこちらを見つめて笑っていた。


 退避だ! 距離を取らなくてはッ!


 俺は枝から飛び降りて、他の木の枝に影蔦を伸ばし自分の身体を引っ張る。


「お〜どうやって動いての〜それ? 凄いけど動線バレバレだよ?」


 ヤバい、見えないはずなのに、目で追われているのが分かる。振り切れないぞ、こいつは。


 一当てしてから逃げるかッ!?


 ──何を馬鹿なことを考えてるんだ! トップランカーと戦って勝てる訳ないだろ。


 あっちが殺傷レベルの攻撃をすることはない、とは言え攻撃されたら反撃として骨折るくらいのことはやってくるはずだ。


 戦ったらダメだ。なんとか逃げることだけ考えろ!


「一瞬殺気を見せたのは減点だけど、すぐに逃げに専念する、その判断の切り替えの速さは良いね〜。高校生にしては場慣れしてるみたいだ。

 それにリスペクトの念を込めて今回は見逃してあげましょう!」


 それをそのまま信じるかよ! 次は見つかった場合に逃げるルートを確保して、罠もある程度用意しといた方が良さそうだ。


 夜の軽い散歩気分でうろついたのが間違いだったな。


「次はちゃんとルート確保してから潜伏するんだよ〜」


「ッ!? クソッ……お見通しってわけかよ……!」


 今考えていたことをそのまま指摘されるのに、背筋がゾクッとした。気味が悪い……。


「でも、鍛えたらセンスありそうだからね〜私の名刺あげるから、この実習無事で終われたら連絡してきても良いよ〜」


 既に距離はドンドン遠くなっているのだが、まだアイツの声が聞こえる。


 そして、またヒュンっと俺の身体の横を通り過ぎた何かが進行方向の木に突き刺さった。


「ウォッ!? あっぶね……!」


 ナイフか、って待てよ待てよ、ナイフの刃の根本に名刺がマジで刺さってやがる。


 こんなの空気抵抗で狙った通りに投げられねえだろ普通?


 あの一瞬でナイフに名刺を貫通させて、見えないはずの俺の進行方向に投げて、それを命中させた……?


 化け物かよ……これがトップのレベル……?


 ちょっと待て、うちの親それより上……!?


 え、その方が怖いかも。うちの母さんそんだけ強くて力でねじ伏せる系のお仕置きしたことなかったけど、そんな人を怒らせるようなことを俺は多々やってた?


 いや、怒らせてたのは父さんの方が多かったけど……。


 良かった……夫婦円満でマジで良かった……。夫婦喧嘩したら近所が吹き飛びかねない兵器がうちに2人もいたってことだろ?


 家の下に不発弾が埋まってたのに気付いたってくらい恐ろしい話だぞ。いや、実際に埋まってたのはダンジョン……ってそれは今はどうでも良いッ!


 マズイな、一瞬で色々あり過ぎてパニックになってる。


 思考加速で考えるスピードは上がっても俺の落ち着きのなさをカバーしてくれるわけじゃない。


 俺の頭の中が高速でうるさいだけじゃねーかこれ!?


 落ち着け落ち着け……!


 そうだ、まずは拠点がバレないように直線的に帰るんじゃなくて、追跡がないかを警戒しながら迂回を繰り返すんだ。


 これじゃあ八島たちのこと馬鹿にしてられないな。


 俺はその後30分ほどかけて、落ち着きを取り戻しながら拠点に帰った。


「遅かったね……って、凄い汗だよ?」


「ハアハアハアハア……ハア……」


 俺は拠点に到着すると四つん這いになり、肩で息をした。


「涼佳冷やしてあげて〜熱中症なるわこれ」


「う、うん……何があったの?」


「水、飲んで……」


 氷室さんに身体を冷やされ、三枝さんに水をもらう。


 砂漠のラクダみたいにがぶ飲みして、息を整えた。


「ありがとう……いや、プロのハンターに潜伏がバレて遊ばれた……必死で逃げて疲れた……」


「戦闘になった、ということではなく、か?」


「ああ、五十嵐。違う。音もなく姿を消してその瞬間に俺の背後から声をかけてくるなんて心臓に悪いことされた。

 で、俺は超本気で逃げた。でも、ずっと目で追って声までかけてくるんだよ怖かったぜ……」


「この夜の森の中でか? 気配察知が凄い高いな」


「当たり前だ、マジでビビったぜ、あのシャドウクイーンが参加してるなんて先に言っとけよな」


「シャドウクイーン……それはまさか、あのアリスのシャドウクイーンか?」


 五十嵐がしゃがみ込んで俺に目を合わせながら話していると、ピクッと反応した。


「そのまさか、なんでか知らねえけど、あの人だよ。有望な新人のスカウト目的かな? 名刺が刺さったナイフ投げられたわ」


「それ、凄くね?」


「私もそう思うな。そんな高いレベルの人が会う人間全員に名刺配るはずないし、認められたってことじゃない?」


 富永さんと氷室さんは感心しているようだが冗談じゃない。美人なのもあって、なんか怖いんだってあの人。


 笑いながらナイフ投げてくるやつだぞ。手渡しで良いだろ!


 名刺交換のマナー知らねえのか!


「とにかく、だ。あの人もハンターの1人として参加してるって認識を皆にも持ってもらいたい……下手したらここにあるもの朝起きたら根こそぎいかれてた、なんてのあり得る話になってきたぞ!」


「夜の見張りのシステムをもう少し検討するべきか……曲直瀬、お疲れだったな。そして、よくその情報を持ち帰ってくれた」


「しばらく休んでて」


「あ、ああ……」


 俺は夜の海の波を眺めながら風にあたり、休ませてもらった。


 皆に背中を向け、こっそりとデカいおにぎりを頬張る間抜けな姿だ。栄養補給はしておかないとだからな。


 でも、どっちかと言うと精神的に疲れたって方が大きい。


 言っても、この島はある程度安全だし、それを保証する環境がある。ダンジョンはもっと理屈が通じない危険な場所だ。


 そんな環境にこもって攻略を進めるのが日常。


 これが後何日も続くのか、キツイな。でもやり遂げるしかないし、俺は絶対に負けたくない。


 頬についた米粒を取って、皆の場所に戻った。

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