第5話 湧き穴


 悲鳴が聞こえる。金属のぶつかる音がする。


 近い。もう少しでモンスターと接敵する気配を感じる。


 俺はダガーを取り出して手に持った。


「助けてくれーッ!」


 誰かの声がした曲がり角まで辿り着くと、壁に身体を預けて顔だけを出す。


「なんだ……この数は……?」


 せいぜいが20〜30程度の数を想定していたが、そこにいたのは50以上の大群で押し寄せるゴブリンたち。


 しかも奥からは更に後詰めが次々と合流している。


 労働者たちはあるものを利用してバリケードを構築し、その前線にはハンターがいて迎撃していた。


 だが、倒すペースよりも増えるペースの方が明らかに速い。


 このバリケードが決壊するのも時間の問題だとすぐに分かった。


「……いた! 川口さん! 大丈夫ですか……ッ!?」


 すぐ近くの壁にもたれかかって座り込む川口さんを発見して俺は駆け寄った。


「へへ……だ、大丈夫だってそう騒ぐな……」


「いやいや! 大丈夫じゃないでしょう!? 怪我してるじゃないですか……」


 川口さんは脇腹から出血している。止血する為に服と手で圧迫しているが、血の広がりから見てそれなりに深い怪我のようだ。


 素人考えだが、まだそこまでヤバい量の出血ではない。だが、このまま放置していれば話は変わってくるだろう。


 ここから無事に脱出し、しかるべき治療をすればなんとか助かるだろうか、そんな感じの傷。


 そして問題は現在の状況的に簡単に脱出が出来ないということだ。あのゴブリンたちを倒さないことには、逃げられない……。


 ……方法はある。そうするべきだが、その後のことを考えると二の足を踏んだ。


 怪我をすぐに治せる回復薬はこういう時の為にストックしている。だが、高校生がポンと渡せるようなものではないし、怪我人は川口さんだけじゃない。


 彼に今渡せばそれを奪い合い、余計なパニックを更に引き起こすだろう。


 ベストな方法じゃあない……。


「非常事態だ! 攻撃を発射する系のスキルがある者はゴブリンに向かって使ってくれッ! 治療系、サポート系のスキルがある者は怪我人を後方に運べ!」


 ハンターの1人、リーダー格の男が前線で剣を振り回してハンター以外の労働者にも戦闘に参加することを要請する。


「おい! 小僧ッ! そこのおっさんを運べるなら運ぶんだ! 下がってろ!」


 どうする? このまま言われた通りに川口さんを運び、入り口まで逃げるか? だが、この場にいる人たちが安全に逃げられると保証出来るものはないだろう。


「シオン君ッ! 川口さんッ!」


「小西さん! 良かった! 出血してます! もっと布がいる! 圧迫して運んでください……ッ!? 気を失ってるッ! ヤバいッ!」


 小西さん、および他の班の人も騒ぎを聞きつけて少し遅れたタイミングで合流した。


 川口さんを運んでくれと頼む時に彼の顔を見たら目を閉じてぐったりとしていた。


 考えてる余地はねえか……。


 俺は回復薬を傷口に少しかけ、完全に治らないまでも時間を稼げる量を使用する。


「回復薬ッ!? まさかそんなものを持っていたとは」


「とっておきですけど、そんなことも言ってられないでしょう! 俺は戦います!」


 傷が少し癒えたのを見て班のメンバーたちは驚く。そりゃそうだ、全部は使ってないにしても回復薬はかなり高価なもの。


 プロでもない高校生が持ってたら驚く方が自然だ。


 だから、俺は万が一の為のとっておきを使ってしまったという演技を非常事態ながらもしなくてはならなかった。


「おいッ! 何考えてるんだ! プロに任せた方が良いッ!」


「そんなことは分かってますよ! でもプロに任せきりってなんとかなる状況じゃないことも分かってますよ! 早く運んでください!」


 勢い、アドリブ、パニック、興奮状態、この状況を利用し、とにかくそれ以上の不自然さに違和感を持たせないようにして強引に川口さんを渡してこの場を任せる。


 ***


「……! ガキッ! お前……いや! 戦えるのかッ!」


 前線に加わろうとするとハンターの1人が俺に気がついた。ガキはすっこんでろとでも怒鳴りたげだったが、今は猫の手でも借りたい状況。


 無駄な言い争いは時間の無駄になると判断したようで、俺の参加を暗に認めるような言い方をした。


「雑魚の殲滅なら得意です」


「ダガーッ!? そんなもんで突っ込んでも無意味……! あっ! おいッ!?」


 俺はダガーを持ってバリケードをヒョイと飛び超えた。


 突っ込むつもりはない。


 影蔦をいつも通り結びつけてぶん回す。サクサクと浅い切り傷をつけてロックオン。


 そして、発射ッ!


 石礫を飛ばしまくる。これだけの群れだ。狙っていなくとも、勝手に当たる。


 一気に数体のゴブリンを無力化し、そのまま攻撃を繰り返していくうちにバリケードとモンスターの間に空間が生まれた。


「デカしたッ! タンクはバリケードより前に布陣しろ前線を押し上げるんだ!」


「応ッ! やるじゃねえか小僧ッ!」


「いってッ!?」


 30代くらいの体格の良いハンターが俺の肩を乱暴にバシッと叩いて前に出た。


 俺のお陰とまでは言うつもりはないが、遠距離からの雑魚潰しを出来るハンターがいなかった状態から、僅かな余裕が出来て形成はこちらに傾いた。


 もちろん、それまで維持をしていたハンターと俺の貢献どちらも必要なものだった。


 押せ押せムードになり、乱れた陣形も整えられ、雑魚のゴブリンどもはどんどんと倒されていく。


「クソッ! 押してはいるがキリがないぞ! どうするんだ新田ッ!」


 リーダーらしき男は新田と言うらしく指示を求められていた。パーティメンバーというわけではなく、それぞれ別の所属のような感じでそこまで連携の練度は高くない。


 だが、急拵えのメンバーでもそれなりに役割分担をして効率化する為の動きが出来るのは流石だ。


 俺にはこういう周囲に気を遣いながらの動きはまだ出来なさそうだ。


 徐々に押してはいるが、ゴブリンは依然として溢れるように現れる。


「おかしいぞ……! 湧き穴があったとしてもここまで出るのは異常だ!……まさか!?」


「まさかって……おい! なんなんだよ!」


「多分だが……ユニーク個体だ! モンスターを生み出すタイプのモンスターがいるはずだ! そいつを殺さないことには無限に現れ続けるぞ!」


「そんなこと分かってもこの群れの中突っ込むってのか!? 無理だろうがッ!」


 確かに……分かっていても、この奥にいるであろうモンスターを生み出すユニーク個体まで辿り着くこと自体が難しい。


 ……いや、俺なら辿り着ける……か?


 そうだ、出来るじゃないか。俺は透明になれる……!


 ゴブリンたちに気付かれずに接近出来るぞ!


「俺が行きますッ! そのユニーク個体ってのは強いんですか!?」


「知るかッ! 実際に見たわけじゃねえ! ただの推測なんだよ! だが、そういうタイプのやつ単体の戦闘能力は低いのが相場だ! このゴブリンどもを潜り抜けてそいつを殺せばあとは殲滅戦になるッ! はずだッ!」


 新田は俺に怒鳴りながらも説明をしてくれた。ゴブリンを切り伏せながらの説明だ、そんなに丁寧に言ってる余裕がないことも分かるし、それに一々噛みついたりはしない。


「……で! やれんのか!? お前ッ!」


「俺は隠密と素早く動くことが出来るッ! こいつらの波をもう少しなんとかしてくれたらその隙に潜り込んでそのユニーク個体を殺してくるッ!」


「新田ッ! お前こんなガキに任せるってのかッ!? 正気かお前ッ! 何かあったら責任問題だぞ!」


「もう責任問題になってる……だろうがッ! 10秒後に左翼を集中攻撃して道を開けるッ! 今はそんな悠長に作戦練ってる余裕がないッ!

 こいつが出来るってんなら信じるしかねえだろ!?

 動きを見てたら素人のガキじゃねえことくらいは分かるからなッ!」


 失礼ながら、こんなダンジョンで攻略ではなく時々出てきた雑魚モンスターを倒すハンターはそんなに強い部類とは言えない。


 プロだが、大勢の雑魚でも一瞬で倒せるほど圧倒的な力を持つハンターはごく一部。


 連携は身のこなしは流石プロと言える上手さだが、いかんせん、火力に欠ける。


 パーティの中でエースと呼ばれるようなパワーのあるタイプのハンターがここにはいない。


 力押しが難しく、疲労も溜まってくればいつまでも戦い続けることは出来ない。


 となれば、何かしらの打開策が必要になってくる。


 そのキッカケになりそうな提案を俺がしたら熟慮するまでもなく、乗るしか今は方法がない。


 あっちも、俺1人が生きてようが死のうがそこまで影響はないと思っている。何せガキだ。経験が足りないと思われて当然だ。


 上手くいけばラッキー程度の考えだが、何もしないよりはマシ。お互いの打算あり気の作戦だが、行くことは許された。


 まあ勝手にいかないだけ、俺も協調性というものが芽生えたものだと思う。


「4……3……2……準備しろッ! 1ッ! いけぇええええ!」


 カウントの合図に合わせて一斉に攻撃を仕掛けて、ゴブリンの群れに一部穴を開ける。


 そこに俺は滑り込み、程よいタイミングで透明化した。


 影蔦を使いながら天井を這うようにして進んでいく。


 下を見ると無秩序に前へ前へと進んで行くゴブリンたちが見える。


 しばらくすると、大きな穴が見えた。そこからゴブリンは這い出てきている。


 間違いない。あの中にユニーク個体がいるッ!


 そこからは更に慎重に物音一つ立てないように注意して壁伝いに移動すると、穴の中は斜めの坂になっており、ゴブリンたちはそこを登ってきていることが分かった。


 かなり深い。20mくらいはありそうだ。まるで蟻の巣の中に入るような気味悪さを感じる。


 穴の下を降りていくとすぐに広い空間に出た。


 そしてそこにはやはり、という普通のゴブリンとは明らかに違う個体が確認出来る。


 だが、予想外だったのは普通じゃないゴブリンが生み出すタイプの1体だけじゃなかったことだ。


 魔法使いみたいなローブを纏ったヨボヨボの老人のような杖と持つゴブリンがワームホール的な何かからゴブリンの軍団を召喚しているらしい。


 その両隣を守るムキムキのゴブリン……いや、ゴブリンかどうかも怪しいデカい角が生えた鬼……オーガとでも言えばいいか、護衛がいる。


 しかも2体だ。これは厄介だな。


 多分、あのユニーク個体は超弱い。一瞬で殺せる。


 問題はその後だ。あのオーガ2体に暴れられたら危ないし、ユニーク個体を殺せば透明だろうが、流石に気付かれる。


 というか、既に俺がここに来た時点で鼻をヒクヒクとさせ、異変を感知しているようで、警戒している。


 あのオーガたちがユニーク個体を殺した後に暴れ回り、穴から出てきたらあのハンターたちで対応出来るか?


 疲労も相当に溜まっていたようだし、多分厳しいだろう。


 殺しても殺さなくてもマズイ状況になりそうだ……。


 さて、どうするべきか。

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