第6話 一手先を読め


 俺の親は、たった2人しかいないパーティとも呼べない単位でのハンター活動をしていた。


 強いスキルがあれば、問題はない? いや、俺の為に用意していた教材の動画では、かなりの頻度で2人だけで戦うことの難しさを説いていたし、ソロなんてもっと難しいと言っていた。


 戦闘において『数的有利』を取るのは当たり前だが、役割分担が出来ないというのが弱点だと。


 今の状況がまさにそうだ。デカいオーガ2体の注意を引き付け、ユニーク個体を殺す。


 これが、同時には出来ないのだ。


 強い弱いではなく、単純に物理的に俺の身体は一つしかないから無理。それこそ、分身のスキルでもないと不可能。


「……ッ! 戦わなくても動かすことは出来るか!」


 だが、オーガを引きつける対象は何も人間ではなくて良いことに気がついた。


 確証はない、だが時間はもっとない。


 今決断して行動するしかないッ!


 マナストーン……俺のダンジョンで生産された、俺には何の価値もない石。


 だが、これは他のダンジョンのモンスターからすれば餌となる。


 オーガの背後に回り込み、俺はマナストーンを少しずつ落とす。


 ヘンゼルとグレーテルが家へ帰るまでの道が分かるように落としたパンクズのようにマナストーンで出来た道を作る。


「準備完了だが……待てよ、マナストーン食わせたらパワーアップしちまうんじゃね?」


 マナストーンに注意が向いてる間にユニーク個体を暗殺する作戦だったが、その少し先のことを考えてこの作戦の欠陥に思い至る。


 餌になり得る理由まではちゃんと考えていなかった。


 これはまさに墓穴を掘るということなのではないかと……。


 考えろ、発想は良かったはず。どう動かし、その後どう殺すかまで考えろ……!


 俺のパワー、装備では殺すのに時間がかかる。2体同時は流石に無理。


 片方ずつ……いや、そんな上手くいくか?


 俺がオーガ並みの巨大とパワーがあればそれも出来るかも知らない……が……ッ! 分かったッ!


 突如、閃く。俺の持つ範囲内でのオーガを殺すことの出来る可能性。


 相応のリスクは付きまとうが一番現実的。


 これしかないッ!


 作戦の肝は『マナストーンの配置』ッ!


 一本道のマナストーンの配置を分岐させる。それぞれ反対の位置になるように。


 そして、ひっそりと息を殺しながら影蔦を伸ばす。


「食いやがれッ……!」


 俺はマナストーンを投げたッ!


 片方の頭にぶつかり、オーガは何か当たった後頭部を押さえてキョロキョロする。


「ブォッ!?」


 視線の先にはマナストーン。それを発見したオーガは目の色を変えた。


「ブォ?」


 マナストーンを発見したのと別のオーガは何だ? と隣にいた相棒のことを見る。


 そしてオーガは地面にしゃがみ込み、マナストーンを拾ってボリボリと食べ始めた。


 その隙に反対側に回り込み、食べていない方のオーガの目の前にマナストーンを転がしてやる。


 俺の姿は見えていないので、いきなり餌が転がってきたかのように見える。普通に考えればめちゃくちゃ怪しい。


 だが、それを怪しいと警戒するまでの知能はやはり無かったようで飛びついた。


 2体のオーガは更にその先にあるマナストーンで出来た道の存在に気がついて、一歩、また一歩と進みながら小鳥のように啄む。


 そして更にその先。壁際に結構な量のマナストーンの山を発見する。


「ッ! ブォオオオオッ!」


 ほぼ同時のタイミングで2体のオーガは壁に向かい走り出した。


 ──だが、2体のオーガは、進行方向とは逆。後方に引っ張られるようにして、その走りを一度止める。


 誰が引っ張ったのか……俺……? いや、まさか……流石にそんな怪力はない。


 答えは単純、『お互いに引っ張っている』だ。


 しかも、首。影蔦をこっそりと首に巻いた。引っ張られて首が閉まるような巻き方で、その蔦は2体のオーガに繋がっている。


 片方が引っ張れば片方も引っ張られる。


 マナストーンしか見えていない知性の低いモンスターは、何故自分の首が苦しいのか、そんなことも分からず、そんなことも気にせず、ただ目の前にあるエサにしか関心がない。


 ニンジンを目の前に下げられた馬のようにただ前に向かって進む。2体とも息を合わせたように進む。


 その道は死へと繋がっているとは知らずに進んで……20秒ほどすると気絶した。


「ギィッ!?」


「お前だけだぞ、このカス野郎がッ!」


 その様子を見ていたのは俺とユニーク個体の2人。


 ユニーク個体は何をしているんだこいつら……と呆然と眺めていたが、倒れたことで状況が悪いと多少は思ったのか、声を上げた。


 背後に回り込んだ俺は喉を掻っ切る。柔らかい、手ごたえは良く、ダガーの刃がスルリと皮膚に入り込み動脈を切断した。


「俺のバイト初日の邪魔すんな迷惑客かテメェ?」


 更に心臓を一突き、一突き……一突き……滅多刺し。


 ユニーク個体は弱い。まるで戦闘能力がなく、すぐに倒れた。ゲートのようなものは閉じてそれ以上ゴブリンが出てくることはなかった。


「チッ……消えねえのかよ……!」


 だが、召喚されたゴブリンは消えなかった。


 優先順位は間違えていない。ベストな選択をした。


 だが、ベストな選択の結果が俺の思い通りになるとは限らないようでゴブリンは穴からドンドンと這い出ていく。


「あいつらは他のハンターに任せるとしてコイツらだな……まずは動きを拘束しておくか。一時的に気絶してるだけだし、もうそろそろ起きてもおかしくない……」


 殺さず、一旦無力化して放置。我ながら、冷静な判断が出来たと思う。


 バトルジャンキーに近い俺だったら、こういう作戦は出来なかったはずだ。


 力押しでぶっ殺そうとしてだろう。


 ダガーで斬りつけて、石礫を飛ばす。こんなのは作戦じゃない。ただの攻撃の手段だ。


 この勘違いを正してくれたグードバーンには感謝だな。


 先を読んで行動する。その為の装備、道具の必要性、それらを活かす為の作戦、これが欠如していたと痛感する。


 ダガー振り回すのを必勝コンボだと思ってた頃が恥ずかしい……。


「ん〜脚の腱を切っておくか……うぉお……硬ってぇ〜腱ってこんな硬いのか?」


 まるでナイフで木を切り落とそうとするような硬い感触がダガーの刃越しに伝わる。


「一気には無理だ! ギコギコするしかねえな……」


 あまり時間はかけられない。そもそも痛みで起きるリスクもある。俺は警戒を怠らずに立ち上がれないようにとアキレス腱を何度も細かく往復してぶった斬る。


 もう1体の方も同じことをする。


「やっぱ斬り方とかもコツあるんだろうな……人体の構造……解剖みたいな知識もある程度必要か。帰ったら調べるか……いや、グードバーンとかノノンなら動物の解体もしたことがあるだろうし、プロに教えてもらった方が早いな」


 そんなことをブツブツと呟きながら、取り敢えずオーガが起きてきても安全な状態を作れた。


 戦い、失敗をしながら具体的に必要な知識や技についての必要性を実感する。


 勉強しかしていなかった俺、頭でっかちで実践のノウハウと座学には大きさ差があると理解した。


 技や知識やこういった経験のもとに成り立つ。単に知っているというだけでは役に立たないんだな。


 ……いや、勉強だって基礎は分かったつもりだった時、応用の問題をやってみて全然分かってなかったってことあっただろ。


 完璧だと思った知識でも、『分かったつもり』だけだったことは何度でもある。


「な〜んか、勉強出来てもこういう要領の良さに欠けるよなあ俺って……自覚的なだけまだマシか……ッと……! 起きやがったか!?」


 低い声を漏らしたオーガの声が聞こえてダガーを構える。


「ッ! ブォッ! ブォオオオオ!」


「……へへ……やっぱり動けねえか……リリパット王国に来たガリバー見てえな気分だろ、ええッ!?」


 脚の腱はあくまでも念の為。影蔦で縛り、そもそも頭を持ち上げられないように固定してある。


 ガリバー旅行記でガリバーが小人たちに拘束されていたシーンを思い出して、応用した。


 マジックでも、椅子に座っている状態で額を押されていると立ち上がれない、みたいなのを誰もが見たことあるはず。


 起き上がる時は頭から動かす必要があるが、その起点を抑えられていれば起き上がれない。


「これで大丈夫ってことも分かったし……首もギコギコさせてもらうぜ〜!」


「ブォッ!?」


 オーガは俺の持つダガーを目線だけを動かして見た。そしてこれから何をされるのか、理解したのだろう。暴れたくても暴れられない。


 そんな苛立ちで声だけはうるさかった。


「太い首だな〜俺も鍛えたらこんな感じになるのか?」


 首をゆっくりと切断していくが、めちゃくちゃ硬い。


 そりゃ、脳という重要機関を支える筋肉だから脆い訳ないんだが、それにしても硬かった。脚の腱の倍以上は時間がかかっただろう。


 同じようにしてもう1体の首も切断する。


「まあまあデカいマナストーンだな。今日の目的はこれじゃないが……まあ、ボーナスってことで」


 拳大くらいのサイズのマナストーンをゲットして袋に入れる。


「おっと……まだ戦いは終わってないし死んだと思って、ここごと爆破されたりしたら困るからな……さっさと戻らないと!」

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