第3話 バイト
定期試験も終わり、徐々に夏が近づいてくることを感じる6月の半ば。
衣替えの季節で、夏服で登校するようになる。
少し前から自動車の免許を取るべく教習所に通うようになった。本当は校則で免許を取るのは原則禁止。
ハンターの免許は良いのに自動車免許は許可制って変だが、昔ながらの校則が残っているようだ。
まあ、ハンターの免許もまさか俺みたいに単独でダンジョンに突っ込むほどの馬鹿は今までいないという前提の話。
ちゃんとした経験者が付き添い、複数人で挑戦するのが普通だからだ。
ただ、俺の場合は両親もいないし、祖父も入院を繰り返していて、家庭の事情もあり許可されているのでバレるかをビクつくことなく通えている。
バレる、と言えばミレイだ。どっからか俺と付き合ってるって噂が流れてるらしい。一緒に買い物をしてたのを同じ学校の奴らが目撃した、とかそんなところだろうが、皆そういうの好きなんだよな。
で、俺はそんなに友達もいないし特に聞かれることはなかった。
ミレイの方は友達が多いし、女子はそういう話が大好物らしくて格好の餌食になったと疲れた様子で話していた。
そこで、面倒になり親戚という情報を出すことで難を逃れたという。
親戚なら、あり得るかとちょっとした騒ぎは沈静化したのだが、同居っつーか、居候状態を知られたら同級生じゃなくて大人の問題として話が変わってくる。
俺も、ミレイもそこを突っ込まれるとダルい。
あいつの親がまともじゃないのは話を聞いているし、俺の家に住んでいるのも面倒がなくて良いと喜んでいるくらいで、あんまり気分の良い状態ではないが、一応のWin-Winの関係だ。
だから、そこを変に突かれたくない。警察とか児相とかそういうのが出張ってくる可能性もあるし、ちょっと外出時には気をつける必要がありそうだ。
***
「マスター、こんなのを見つけましたけど」
「なんだ?」
いつも通りに訓練をしているとブランカがスマホを見せてくる。
「……バイトの求人広告? おいおい、言っちゃあなんだが俺はその辺の光合成どころか、社会人より稼いでるんだぞ、今更アルバイトって」
「いや……お金ではなく仕事内容を見てください」
チラと見た俺に呆れながら顔のギリギリまでスマホを近づけて、よく見ろと言う。
「なんなんだよ? うん? 採掘……マナストーンがよく出るダンジョンでのバイトだよな。これ珍しいってほどのもんでもないだろ?」
「この紹介動画で……ここッ! ここに写ってるコレッ! よく見てくださいッ!」
ブランカが指差したのは……マナストーンではないな、なんだこれ。
色合いとか輝きが若干違うのか……?
「これは?」
「これはアッパーストーン片ですッ!」
「いや、名前聞いても分かんねえけど」
「私も調べていて気付いたことなのですが……」
と、ブランカは『アッパーストーン片』なるものの説明を始めた。
簡単に言うと、ダンジョンから得られるものとして、現在全く見向きもされていない役立たずに石ころのことらさい。見た目が多少綺麗でマナストーンよりも出現率が低いので、ハズレの石ころ。そんな認識らしい。
しかし、この石ころ俺たちには使い道があるようだ。
「じゃあなんだ? この石をいっぱい集めたら俺のレベル上限を引き上げることが出来るって言うのか?」
俺はモンスターを倒せば強くなる。ダンジョンを吸収してその上限を上げることが出来る。
上限までいったらそれ以上は強くならないので、ダンジョンをその度に破壊する必要があった。
そして、このアッパーストーンだが、全てのダンジョンで取れる訳でもなく、取れる良自体も少ない。
前からブランカは存在を知っていたが、このアッパーストーン目当てでダンジョンを探し回るのは非効率的過ぎて、俺には教えていなかったらしい。
今回、ブランカが興味を持った理由はそのアッパーストーンの採掘率だ。
統計的に考えて、ここまで出るダンジョンは世界でもそう多くはない。
『屑鉄鉱山』と呼ばれるダンジョンだが、鉱物資源が豊富で危険なモンスターはほぼ出ない。
ほぼ、であって全く出ないわけではないので、それなりに危険はある。
わざわざアルバイトの募集をしているくらいなので条件はそんなに良くない。戦闘力のないハンターが小遣い稼ぎするような場所として知られる。
屑鉄、と呼ばれるだけあって排出率もそんなに良くはない。ただ、排出量はそれなりに多いのだ。
人海戦術で労働者を安く買いたたき、良い鉱物でそこそこ稼げる場所。
「こことここ……ここにも……割合から考えてこの屑鉄鉱山はアッパーストーンを頑張ればかなり取れます」
「なあるほどな、命懸けのダンジョンアタックを自粛している今、俺が更に強くなるにはここでバイトしてアッパーストーンを集めまくるのが一番現実的ってか」
「はい、本当に偶然ですが、いけますよこれ」
「面白くなってきやがったな日雇いの派遣か……これなら経験のない俺でも紛れ込めるってわけだ」
ふと、免許を取った時に出会った穴掘り名人とかいう配信者に影響を受けた小西って名前のおっさんのことを思い出した。
あの人もこういう現場で働いてるんだろうか?
穴掘り名人って言っても単身でダンジョン行って戻ってくるくらいだから弱い訳ないしな。誰もが真似出来る稼ぎ方じゃあない。
レアな石を見つけたらボーナスもつくし、完全な歩合制のようだが、出る前に持ち物検査されるのな。
まあ、それは巾着で解決出来るし、バレたところでクズ石扱いされてるアッパーストーンならものの価値を分かってない馬鹿ガキ扱いされて、多少怒られて終わりだろう。
体力には自信がある、やってやろうじゃねえか。
「言うと思いましたので、もう申し込んでおきましたよ。土日だけですが、頑張ってください」
「ああ、そういう手続き俺は面倒だから助かるや。んじゃ明後日からいっちょ掘りまくるか」
「最低でも10kgは必要ですからね。ラクではないですよ?」
「へえ、10kgか。それでレベル上限は大体どれくらい上がるんだ?」
「まあ……質、純度によりますけど、1〜3くらいですかね」
「渋いなあ、おい……まあ、死にかけるよりは全然マシか……」
ちょっと舐めてた。思ってたより多いじゃねえかこの野郎ッ!
***
そんな訳で、採掘に必要な道具を急遽買い揃え、『屑鉄鉱山』に向かうことになった。
土曜日の朝、4時に集合でバスに乗り千葉県の旧落花生工場の地下に連れて行かれた。
仕事内容が仕事内容だからか、男女比なんてものはなく、男しかいない。それもおっさんばっかり。
ちょいちょい大学生ぽいやつもいるが、男しかいない。
「おや……? あなた以前に……」
「小西さんですよね? 曲直瀬です」
ああ、やっぱりいた。小西さん。 あれ、でもただのバイトじゃなくてなんかバインダーみたいなの持って現場監督っぽい感じだな?
「あーやっぱりっ! ……曲直瀬君ですねお久しぶりです、本日は私が曲直瀬君の班の班長なんですよ、何か困ったことあったら聞いてください」
あらら、いつの間にか班長になってるぞこの人。1ヶ月くらいしか経ってないよな? 実は凄い人か?
「そうなんですかよろしくお願いしますッ!」
ここはしっかり挨拶しとかないとな。班長の心象を悪くしたら仕事がやり辛いだろうし。俺の名前を小さめの声で呼んでくれる配慮にも感謝しかない。
「あの〜業務中名前呼ぶことあって、都合悪くなければシオン君って呼んで良いですか?」
「いやっ! むしろ、その方が全然助かるんでッ! 大丈夫です! 小西さんの方が年上なんでそこまでかしこまった喋り方されなくても大丈夫なんで!」
「ああそう? いや〜最近はパワハラだなんだって若い人には気遣うこと多くて出来るだけ丁寧な話し方心がけてるけど、逆に気遣うこともあるよねえ?
そう言ってくれた方がコミュニケーション取りやすいしこっちも助かるよ」
あれ、意外と気さくな感じの人なのか。まあ、流石に親くらいの歳の人にここまで配慮された感じの話し方されても俺も困るんだよな。
「じゃ業務内容の説明、全体にするからまた後でね」
「はい、よろしくお願いします!」
その後、業務内容の説明があった。と言っても極めてシンプル。
とにかく掘りまくる。それをスコップでネコと呼んでた台車の上に乗せて運びまくる。マジでそれだけ。
一応モンスターが出たら大きな声で周知し、倒すのが専門のハンターを呼ぶ。
時々ゴブリンが出るくらいで、モンスターによる死亡事故なんてのは全くないらしい。
心配なのは落盤事故の方のようで、こっちは時々死亡者が出るとか。初心者の俺は開けた安全な場所でやらされるようだが、慣れた人は危ない場所にも向かわされるそうだ。
小西さんはその危ない場所の採掘に志願して実力を発揮しまくり、班長になったとか。
才能はどういうところで芽生えるか分からないもんだって笑って言ってたけど、地味に凄いだろ。
なんでも、危険予知系のスキルがあるらしい。めちゃくちゃ向いてんじゃんか。
バイトって言っても、上手くやれば会社員より稼げてその実力を買われて社員になってしまう人もいるらしい。
採掘って言ってもハンター業だし、実力社会だなあ。
有能なやつは普通に働くより全然稼げる。
だから皆夢見てハンターって職業に手を出すだろうなと説明を聞きながらなんとなく思った。
やっぱりこの職業には夢、人を惹きつける魔力みたいなものがあるんだろう。
俺は俺のやるべきこと、アッパーストーンをこっそりと持ち出すことに集中しよう。
もちろん、本来の業務をしっかりとこなし、その間に拝借するだけだ。
ここを運営してる親会社、もちろんいつものゼノフィアスだぜ? 俺が容赦するわけないだろ。
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