3章 ハンターの夏編

第1話 定期テスト


 少し焦り気味だった俺は危険なことを避けながらも、強くなる方法を模索していた。


 そして、その答えは身近なところにあった。身近、というか俺の下だ。つまり、地下ダンジョン。


 サミュエルは武芸が基本的に苦手と言っていたが、王族として育てられただけあって基礎はしっかりと学ばされたようで、異世界の剣術や兵法などは知っていた。


 とは言え、知識面のアドバイスが多かったが、それでも参考になることは色々と教えてもらえた。


 影蔦の先輩であるノノンには、作物の育て方などを教える代わりに蔦を利用した移動や隠密行動、サバイバルなどの普通の日本人高校生じゃまず、知ることも出来ないノウハウを教えてもらった。


 そして、グードバーン。傭兵であり、屈強な戦士である彼からはスパルタの実践的な訓練を叩き込まれる。


 あくまでモンスターではなく、対人の戦闘だがあの橘とか言うアイドルは人なのだから知っておくべきだし、モンスターにも応用出来ることは多い。


「踏み込みが甘い!」


「あぶねっ!?」


「で、バランスを崩したらこうなるんだよぉっ!」


「いッでぇえ〜ッ!?」


 布を巻きつけて切り傷が出来ないようにされた馬鹿でかい斧をおもちゃみたいに振り回すグードバーン。


 限りなく実践に近い形での模擬戦が、俺をもっとも成長させてくれている。


「この馬鹿力めっ!」


「馬鹿力だぁ? これは技だ馬鹿野郎がッ!」


 ぶった斬られることはないが、金属の塊、鈍器だ。当たりどころが悪ければ死ぬ勢いの斧の側面で殴打されて俺は悶絶する。


「そんなデカい斧で技とか使う余裕がある時点で馬鹿力だろうが……! クッソ……」


 そんな動き、物理的にあり得ないだろうが、という直感に反したスピードでグードバーンは動く。


 山のような巨大であるにも関わらず、ダンサーのような軽やかなフットワークと斧捌きで、機動力にはそれなりに自信のある俺がまるで相手にならない。


「薬草が無けりゃ身体が持たねえよ」


 新たなダンジョンの恩恵。薬草園となった旧御岳山ダンジョンから取れる薬草は疲労回復薬、怪我回復薬草、状態異常回復薬の3種が取れる。


 味は苦いが、効果は劇的でこれを使いながら無茶な訓練を実現していた。


 いっそ、製薬会社でも始めた方が儲かりそうだが、採取出来る量は個人か、パーティ単位かそんな程度の量を賄うくらいだ。


「お前はいっそ俺の傭兵団の新人キャンプにぶち込んだ方が成長が早そうだな」


「なんなんですか、それは」


「いくら腕っぷしに自信があるって言っても素人は戦場じゃあすぐ、死ぬもんだ。心身共に一皮剥ける俺式の訓練だよ。

 下の奴ら曰く、地獄だぞうだ。どうだ? いっちょ参加してみねえか?」


「あいにく高校生ですからね。意外と忙しいんですよ」


「なあに2週間程度のもんだ。それくらい休めるだろうよ」


「2週間か……夏休みを利用すれば可能か、考えておきますよ」


「一度団の連中にも合わせてやりてえしな。今じゃお前は顔を知られてねえのに人気者だぜ?

 俺が戻る場所で皆待ってやがるんだ。調達係に運ばせるんだが、一番最初に目当てのもんが手に入るってんで、毎度殴り合いの大喧嘩してやがるぜガハハハッ!」


「えぇ……ちゃんと皆に回るだけの量は確保してますよね? そんなことで揉められちゃあやめた方がいいんじゃないかと思いますが」


「ばーか! やめるなんて言えばそれこそ団員が俺を殺しにかかるだろうぜ!? この世界の食いもん、酒はあいつらにとっちゃあ一番の楽しみだからな。

 ま、そのおかげで士気も高いし、俺の言うこと聞くしで助かってるんだがよ」


「っと……そろそろ時間です。話は途中ですが、もう戻りますよ」


「かぁ〜コウコウセイってやつは傭兵よりも忙しいなぁ、おい。貴族の坊ちゃんもこんな感じかいサミュエルの旦那!」


 訓練をしていたいが、実は定期テスト期間中だ。勉強は問題ないが、もう夜中近いしそろそろシャワーを浴びて明日もあるテストの準備をしないといけない。


 そして、グードバーンとサミュエルは割と仲が良い。サミュエルも女じゃなければある程度普通に話せるし、共通の話題を持つ、異世界人として時々交流をとっているようだ。


「いや、俺の国の貴族の子供よりも忙しいだろう。やることが複雑で量も多いし、日本人の平均的な睡眠時間も他の国よりも短いと聞く。

 ほどほどにしておけよ、シオン」


 この人はすっかり馴染んでしまっている。ネットやテレビを使いこなして情報収集しているようで、こっちが驚くようなことまで、どこからか覚えてきている。


 ちなみに、このサミュエル。最近動画投稿者としてネットにデビューしてて、驚きで死ぬかと思った。


 マジで意味が分からん。『異世界王族ガイジンニキ』とかふざけた名前で活動しており、ネタだと思われてるからまだいいが、絶妙に日本人のネット住民を面白がらせるコツを掴んでいる。


 基本は日本の文化や言語を学んでる外国人としての勉強進捗報告がメインなのだが、つい先日収益化に成功したらしく、これで国庫を圧迫しないだろうとドヤ顔をしていた。


 ニートって言葉覚えてちょっと気にしていたらしい。自分でこの国の金を稼ぐのは素晴らしいが、特定されるような真似だけはやめてくれと本気のお願いをした。


 だが、ネットリテラシーという概念まで獲得しており、その点の抜かりのなさは流石王族と感心をさせられたくらいだ。顔出しもしてないしな。


 コメントならば女とも交流出来るというのが良いらしい。でもVtuberの配信も見てるらしいが、コメントする勇気はまだ無いそうだ。

 なんだそれ。


 ただ、最近モーションキャプチャーを購入していた形跡があり、非常に嫌な予感がする。


 あんた、何になるつもりなんだよ。


「じゃあそろそろ行きます。グードさんありがとうございました」


「おうよ! いつでも声かけてくれ。旦那! どうだい一杯やらねえか?」


「いや、俺は配信の準備があるから遠慮しておこう」


「まーたあのちっこい板に話しかけるやつやるのか!?」


「傭兵にはネットの面白さは分からんだろうな……」


 ……いや、グードバーンが異世界人として普通の反応だと思うが? あなたは馴染みすぎてるんだよ、おかしいって。


 妹のミュリエルに怒られないと良いんだけど、知らんからな? 住人の家族の問題までは面倒見きれないぞ。


 ***


「59分59秒までしっかり見直せよ〜」


 最終日、最後の科目であるテストが始まると教師がそんな声掛けをしている。


 いやいや、14時に終わるんだから59秒から1秒あるだろ。こんな計算も出来ないやつがなんで教師になってんだ。


 なんて、内心文句を言う程度には余裕があった。


『思考加速』のおかげで、テスト勉強の効率が上がり、すぐに見たら覚えられる。問題を読んでも理解出来る。


 地頭が良くなった。そんな不思議な冴えた感覚が常にあるので、テストは余裕だ。


 勉強はもうハンターを目指しているから大学受験に通用するレベル、それも受験というルールに特化した勉強を本気でする必要はない。


 家賃収入もあるし、極端な話、卒業後に働く必要もない。これは単なる俺の中でも決め事でしかない。


 思考を加速させる。脳の力が上がる。これは『成長の種』によるフィジカルの強化に対応出来るだけの処理速度をもたらしてくれる。


 よくある漫画なんかの戦闘中にやたらと考える時間がある描写がされるが、それが本当に出来るというのは1秒も惜しいくらいの緊張感のある場で役に立つ。


 それに、グードバーンに覚えが想像以上に早い、と言われたのも学習速度によるおかけだ。


 強くなる下地はもう揃ってる。後は俺の努力次第。


 20分の余裕をもって解答の見直しを終えた俺は戦闘のシミュレーションを繰り返していた。


 もう、本当に強くなるのだから学校の中でこんな妄想をしても厨二病的仕草にならないというのは地味に嬉しかったりする。


 チャイムが鳴り、定期テストの全科目が終了した。生徒たちは解放されたと喜び、答え合わせをして間違いに気付き騒ぐものと、悲喜交々だ。


 かく言う俺も少しホッとした。訓練と勉強の両立に関しては少し自信がなかったからだ。手応えはある。学年で1位も取れるかも……いや、あいつがいたな。五十嵐だ。


 何故しか勉強してなかった俺並みに勉強が出来る? 生徒会だって忙しいだろうに意味不明だ。しかも俺よりも強い。頭が上がらん。


「席付け〜……えー、冬にもやったが、また進路調査書の提出を来週までにするように。あと、ハンター志望組は実習があるから班決めの為に放課後体育館に集合だからな〜」


 実習、ダンジョンを模した場所でパーティを組み課題に取り組み自分の強みや弱点を洗い出すこと、協調性など様々な適性を測る特別な授業だ。


 毎年内容は変化しているので、俺が知っているのは去年までのデータだ。少し調べてみると、毎年難しくなってるとか、過去の体験談が通用しないなんて話を聞くし、かなり凝ってるんだと思う。


 しかし、俺の戦闘は影蔦に頼る部分も大きいし、純粋な身体能力の強化だけで戦うのは危ない気がする。


 何か、俺が複数のスキルを持っていてもおかしくないような、納得してもらえるような言い訳をそろそろ考えておかないとなと思う。


 マリンは俺のスキルについては知らないし、最初から見せていれば、そう言うもんだと認識してくれるが、この高校では俺は戦闘には向かないスキル、とだけ知られている。


 詳細や名前については幼少期の簡単な検査と自己申告によるところが大きい。


 スキルによる特待生みたいな扱いをして欲しければ入学時に試験があるが、俺は一般入学だ。詳細がバレてないってのが今になって助かっているかも知れない。


 ***


「それではハンター志望の担当である舟木が司会、協会の湯浅さんに今年の実習の説明をして頂きますので、静かに聞くように」


 今年の志望者は50人。顔と名前くらいは知ってるが、どういうスキルを持っててどんな性格なのかは殆ど知らない。


 数ヶ月前までは俺には縁のない人間たちだと思っていたからか、意識の外にあったようで知り合いは数人しかいなかった。


 しかし、周囲の様子を観察しているとハンター志望の者同士は割と仲が良いらしい。これは班決めだけでも難航しそうな予感がするぞ。


「こんにちは。協会から来ました湯浅です、この高校の皆さんと一緒に将来のハンター界を発展させる優秀な卵である皆さんとお会い出来たこと、光栄に思います。

 さて、早速ですが今年の実習内容についてザックリ説明させて頂きますと、1週間無人島に籠ってもらいます。

 当然ですが、ダンジョンでの経験がない高校生だけで無人島に入り、サバイバルをするのは危険ですから実践的な訓練や座学の後ですがね」


 ザワ、と生徒たちが一斉に小さな声をあげた。

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