第17話


 玄関から帰宅した俺は疲れ果ててた。身体的なダメージは無いのだが、極度の緊張やストレスによりクタクタで、すぐにでも寝たいくらいだった。


 しかし、俺の帰宅を察したミレイが玄関までパタパタとファンシーなウサギの耳のついたスリッパで足音を鳴らして走ってくる。


「ちょっと! なんで連絡しないの!?」


「……うわ、すまん。スマホ見てなかったわ」


 連絡? と思いスマホを見るとかなりの量のメッセージが届いており、そのほとんどが俺の安否を心配するものだった。


「ニュース見てたらあなたの行ってたダンジョンの名前が聞こえて心臓が止まりかけたじゃないの、それで連絡しても何も返ってこないものだから、こっちは気が気じゃなかったわ!」


「すまん……すまん……」


 謝罪の一択だ。


 俺は欲を出した。焦った末の無謀な行動に出た。


 今考えれば、俺の実力では不測の事態に対応が出来ないと客観的に判断が出来る。


 俺が今こうやってミレイに叱られているのは、あいつの気まぐれによって、ただ生かされただけという話で、状況次第では殺されていた可能性だってある。


 ビビって何もしないのは問題だが、加減ってものがあるだろう。透明の指輪だってバレるやつにはバレてしまう程度のものだと判明している。


 あらゆる事態を想定しての行動、感情のコントロールが甘いのだ。


 ダンジョンを1つ、自分のものに出来たという成果もあったが結果的に上手くいったというだけで、俺自身の選択が正解だったとは到底言えないようなお粗末なもの。


「本当に心配したんだから……次は遅くなるなら連絡の一つくらいはしてよね?」


「ああ、約束するよ」


 そして、こうやって俺のことを心配してくれるやつが家で待ってるんだ。目的達成の為に迷惑をかけて良い道理などない。


「……ご飯、出来てるから食べよ」


「ありがとう」


「何かあった? ……いえ、何があったの? やけに元気がないじゃない?」


「まあ……そうだな、俺が思ってたより弱くて馬鹿だったってだけの話だよ」


「何をそんな今更なことで落ち込んでるのよ? 怪我もないみたいだし……ま、ご飯食べながらにしましょう」


 俺は取り敢えず着替えて手洗いうがいをしてリビングの椅子に座る。


「流石に疲れてるかな〜と思ったから今日は酸っぱい味付けとか、疲労回復に良さそうなの作ったの」


「美味そうだ……いただきます」


「はーい」


 俺はまず、味噌汁を口に運んだ。豆腐と油揚げのオーソドックスな味噌汁だが、ホッとしたかったのだろう。


 汁の温度が食道を通って腹の中にストンと落ちると気持ちが和らいだのが分かった。


 ほうれん草と豚バラの炒め物を箸でゴッソリ取って米を合わせる。うん、塩気と米の甘みがちょうど良い。それを計算してくれた塩加減だ。


 唐揚げね、俺が喜ぶと思って作ってくれたんだろう。鶏肉はタンパク質も豊富だしな。


「あ〜美味いッ!」


 唐揚げの油分は味噌汁で流す。心の底から声が出た。


「ありがとう。それで? ダンジョンが消滅したって結構なニュースになってたんだけど」


 食べている俺を観察していたミレイが口を開いた。俺が一息つくのを待ってくれていたのだ。


「ああ。午前中は浅い階層で慣れながらやってて、別にそこまで大したことはなかったんだ。

 ちょっと冒険だったが、初めて階層ボスも倒せたしな。で昼過ぎくらいに飯食ってそろそろ戻るかって時にいきなりダンジョンから強制的に出されたハンターたちが騒ぎ出して何事だ〜? って思ったらあのニュースの通りさ」


 リビングで流れるニュースは大体、俺のいた現場の状況をそのまま伝えている。


「ちょっと待って、ボスを倒したの?」


「成り行きでな、1人じゃなかったぞ? 臨時でパーティ組んだんだよ、大学生の女とな」


「ふ〜ん……女ね。強いの?」


「ああ、結構強かったな、ダンジョン慣れしてないだけでポテンシャルはあると思う。そいつと組んだおかげでそこまで危険じゃなかったってのもある」


「その女に泣かされて落ち込んでるとか?」


「まさか。ダンジョンを強制的に追い出された俺はこっそり戻ったんだよ。今がチャンスだ! と思ってな」


 ミレイはそう言った俺を信じられないという風にパチパチとまばたきして、箸の動きを止めた。


「え、なんでそうなるの? 上の人が危ないって判断したから追い出されたのに戻るってどういうこと?」


「いや、お前が正しい。俺が馬鹿だっただけだ。で、強敵と遭遇して命からがら脱出して疲労困憊で帰ってきたってわけだよ」


 かなり詳細は省いた。言えるようなものでもないからな。


 ただ、概ねの話に嘘はない。俺が馬鹿で強い奴にボコられて無様に悔し泣きして帰って来たというだけの話。


「ふ〜ん。まあ、らしいと言えばらしいわね。今回で流石に懲りたんでしょう? ソロでハンターするのが許されるのはよっぽど才能のある人間だけ。

 まだ右も左も分からない素人がやっていいことじゃないって」


「そうだな、たった2人でトップランカーやってたうちの親が異常なんだよな。信頼出来る仲間集めてパーティ組むこともちょっとは考えておかねえとか……」


 パーティを組む上で問題なのが、俺のスキルがどうしてもおかしいって思われることだ。


 アイテムの効果って誤魔化すのも常にパーティで行動していたら無理がある。


 結局は信頼の問題。それを他人にバラしたりしないようなやつを集めることが難しい。それに、俺の個人的な事情に巻き込めばリスクもある。


 それにつき合わせる義理のある人間などいない。


 強いて言うならば目の前のミレイくらいだが……。


「な、何? まさか私をメンバーにって考えてるんじゃないでしょうね? 無理よ? 私弱いからね」


「見ただけだろ。誘ってない」


 ミレイのスキルが戦闘に向いていないことくらいは知っている。こいつのスキルは『記憶読みサイコメトリー』と呼ばれる類のもので、生物以外の触れたものの過去12時間までの記憶を読み取ることが出来るものだ。


 まあ警察とかそういう職業向きだな完全に。一回実演してもらったけど俺にはない感覚だから分かりにくかった。


「かと言って会社の同僚に文字通り背中預けるって俺には無理だな」


「だから結局気が合うもの同士で独立するんでしょうね」


 会社所属からの独立は王道のルートだ。その方が安心出来て生存率も上がるらしい。


 会社に所属するメリットはサポートや雑務などを全て会社がやってくれるというところで、独立するとハンターがダンジョン以外でどれだけ面倒なことに時間を取られるか初めて分かる。

 とプロの人がインタビューで言っていた。


 それって、どの職業でも言えることだろうがな。


 その後、特に叱られるとかもなく、無茶なことは程々にと、連絡はちゃんと返すこと、という同居してたら当然のルールを再度言われた程度で済んだ。


 でも、多分本当は結構心配してくれてたんだと思うけど、あまり俺に干渉するのもおかしいと距離を取った対応をしているようにも感じた。


「心配かけたお詫びってわけじゃないけど、来週一緒に買い物でも行かねえか?」


「良いよ。買いたいものもあったしね」


「荷物持ちなら任せろ! 今日ちょっと稼いだし奢るぜ!」


「あら? 下着なんだけど、あなた本当に買ってくれて、しかもそれを持ちたいの?」


「……ま、任せろ……」


「フフ……いきなり声が尻すぼみになるじゃない? ちなみに下着ってあなたが思ってるよりも高いのよ。買ってくれるなら正直言って助かるわ、ワイヤーが壊れちゃって手痛い出費だと思ってたから」


 ミレイは基本的に俺に奢らせたりはしない。2人ともの生活に必要なものは俺がほぼ出しているが、個人的に必要なものは自分の金で買う。


 俺がそうしろと言ってるのもあるが、下着という極めて個人的なものを俺に買ってもらうってのは、俺の気持ちを考えてのことなのか、マジで金銭的にピンチなのかどっちなんだ?


「ち、ちなみにおいくらくらい……」


「私が普段使ってるのは大体1つ1万円前後ね」


「マジか……え、マジか……」


「しかも、それが定期的に壊れるし消耗品なのよ。冗談抜きで奢ってくれて一番助かるのが私の場合は下着ね。先月のアルバイト代が吹き飛んじゃうもの……まあ、私を本気で心配させたお詫びって言うなら妥当なところでしょ?」


「そ、そうかも知れねえ……が、めちゃくちゃちょっとだけ血が繋がってる親戚とは言え、同級生の男に買ってもらうもんか!? ちょっと明け透け過ぎねえ?」


「そりゃあただのクラスメイトなら、こんな話恥ずかしくて出来ないけど、一緒に住んでるのに秘密にしてもお互い困るだけだもの。同じ年くらいの女の現実が多少知れて勉強になるでしょう?」


「ああダンジョンで負けたことより遥かに勉強になったぜ……まさかそんなに金がかかるもんとは……いや、これ言ってくれて助かったな。

 ぶっちゃけ、金に関しては俺は現状困ってないしお前の心情的にって遠慮してた部分があったが、お前……多分俺に隠してるだけでもっと金銭的に困って必要なもの買いたくても買えないとかあるんじゃねえの?」


「そりゃ、普通は欲しくても買えないものが誰にでもあるでしょうよ」


「なんだかんだ、家事とかもやってもらってるし、逆に公平じゃないと思うわ。

 別に俺の保護者でも奥さんでもねえんだ。なんでも俺の為にやってくれる必要はない。ただ、やってくれたなら俺は金銭的な部分では援助したい」


 ミレイのサポートがあるから、家事だって自主的にやってくれて、俺は訓練に時間を当てられる。


 家に住ませてもらってるから、これくらいはやると言うが、金に困ってるのは間違いないんだ。


 それも贅沢の為じゃなくて大学の学費とか、自分の服とか、勉強に必要なものとか買わないとダメなものの為にバイトしてる。


 それがワイヤーの故障か、何か俺には分からんが吹き飛んだらキツいってことくらいは分かる。


 下着から始まった話というのも、どうにも締まらないが感謝が足りてなかったと思う。


 それを金で解決って言えば聞こえは悪いが、実際助かるというのだから、出す。


「ええい! いくらでも下着でも化粧品でも服でも買いやがれ! 俺が全部出す! バイト代は全部学費とか将来の為に貯めておけ!」


 ミレイはそれを聞いて少し黙っていた。多分断ろうとしたんだと思う。でもそれを断るのは俺の好意を無碍にするとでも思ったのだろう。


「ありがとう。でも、だからってダンジョンで無茶するのだけは無しね……同級生に金銭的援助って、あまり健全な関係ではないと思うけれど……一緒に住んじゃってる時点でね……必要で困ってる時があればあなたを頼るわ」


「ああ、任せろ」


「ただし、あなたも困ったらちゃんと私を頼ってね。それと本当に無茶はダメ」


「うっ……俺はそんな簡単に弱味を見せられねーもんなんだよ」


「それ、いつの時代の価値観なわけ? 人に頼るのは別に弱味じゃないと思うけどね私は……あなたに頼ることを弱いこととは思わないから」


「すまん、失言だった」


 あ〜俺って馬鹿だな。あっちが譲歩して、歩み寄ってくれようとしているのに突き放すようなこと強がって言っちゃってさ。


 足りてねえよな……色々……。


 また一からやり直しだ。俺はもっと人間的にも成長が必要だ。


 あ、マリンにも謝っておかねえと。研ぎ棒はかなり有用だったから補填しないと不公平になるからな……とは言え、いくら払えばいいのかとは分からんし相談しないとな。


「ん……!?」


「ど、どうしたのよいきなり……」


 ふと、テレビを見ると音楽番組で踊ってる男性のアイドルグループを見て俺は二度見した。


「な、なあ……あいつ! あの男ッ! ほら、今真ん中の! あれ誰!?」


「トゥディズのたちばな蒼人あおとのこと?」


「こいつ……! 今日ダンジョンに居た……」


「な、訳ないでしょ? こいつめちゃくちゃおバカキャラよ? ダンジョンでハンターやってる暇も能力もないと思うけど」


 橘……蒼人……こいつだ、間違いない。髪型や服装は違うけど、顔は覚えてる。


 こいつがダンジョンを壊して、俺を殺しかけた奴だ……どうなってんだよ……。


 まさか、こんな目立つ仕事やってた奴とは思いもしなかった。


「どうせ、似てただけで勘違いよ」


「ああ……そうだよな……」


 とは返事したが、俺はこいつが踊っている様子から目が離せ無かった。




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 2章はこれにて終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます!

 少し休んでからまた連載開始する予定です、お楽しみに!

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