第16話 吸収か投資か


 姿も気配も出来るだけ消して、ひっそりと、そして慎重に20階層に足を踏み入れた。


 誰か……いる……。


 モンスターではない。これは間違いなく人だ……いや、人に見えるモンスターという可能性もあるのか……とにかく、話し合いが通じる相手と考えて甘く見るのはまずそうだ。


「う〜ん……わっかんないな〜無駄足だったか……」


 男の声だ。少なくともモンスターではない……か?


 人の声を真似するモンスターがいるとは聞いたことがあるが、真似ではなく言葉を発することにより思考の補助をしている。そんな感じからして、単なる猿真似ではないだろう。


 いるはずのボスモンスターがいない。つまりは既にボスは倒されたということだろうが、俺の場合はここでダンジョン・コアが出てきた。


 だが、それがない。ということは俺が倒さないと……俺のようなスキルがないとダンジョン・コア自体が表出することはないってことなのか……?


 ならば、こいつは何故こんなところで立ち往生している?


 何が目的だ?


「てっきりボスを倒したらダンジョンが僕のものに出来ると思ったんだけどな〜……『吸い尽くして』みるしかないのかな……」


 断片的な情報ではあるが、男が何をしようとしているのか、おおよその見当はついた。


 あくまで仮説だが、何かしらの方法でダンジョンを自分のものにしようとしている、俺と同種……。


 だが、『方法』が違う。


 あいつは『吸い尽くして』と言っていた。そこから考えられるのはマナリソースを吸収出来るようなスキルを持っていること。


 ダンジョンの枯渇の兆候が見られたのは、あの男がマナリソースをスキルによって吸収したから。


 仮説に次ぐ仮説で、不確かではあるが、そう考えた方が良さそうだ。


 そして、問題はこっから先俺がどうするべきかという話。


 戦うか? いや、未知数の相手だ。ボスモンスターを倒している時点で弱くないのは分かる。怪我なんかも見られないし余裕を持って攻略している。


 せめて顔だけでも……ダメだな、背中を向けてて顔が見えない。


「……ダルマさんが転んだ、じゃないんだからさいつまでそうしているつもりだい」


「ッ!?」


 バレてるのか……? 俺の姿は見えないはずだぞ!?


 これは間違いなく俺に向けて発している言葉だ。


 どうする!? 逃げるか?


「……あれ? 誰か居たと思ったんだけどな?」


 背中に悪寒が走った。嫌な冷たい汗がブワッと吹き出す。


 あいつは……いつの間にか、俺に背後に立っていた。


 俺を目で捉えてはいないが、気配は感じ取っておりそれを確かめるべく、俺がいるこの場所まで移動している……!


「やっぱりいるよね……ここら辺かな?」


「ッ!」


 マズイッ……!


 殺気を感じて俺は反射的に身体を動かした。いや、動いた、と言った方が正確だろう。


 とにかく、前方に飛び込み1秒にも満たない未来に来るであろう攻撃に反応した。


「あ〜やっぱり見えないだけで、誰かいるねえ……光を屈折する系のスキル所持者かな? 便利だけど戦闘能力は低そうだ」


 地面に僅かに舞った砂埃までは消すことは出来ない。


 俺の移動した形跡の見える場所までジャンプして地面をブン殴りやがった……!


 ドガアアアアァンッ! っと派手な音がする。


 尋常じゃないパワーだ。


 こいつはヤバいッ……!


 だが、顔は見えた!


 黒髪、やや目にかかるほどの長めの前髪、年齢は25前後ッ! ハンターだとしても見たことない奴だ!


 逃げてる余裕は無さそうだぞ……戦うしかないのか……!?


 ダガーを握り、影蔦を操る準備をする。やるしかないッ……! こいつはこのまま逃してくれるほど甘いやつじゃあなさそうだ!


「何が目的だ!?」


「お、会話はしてくれるのか……でも、手足が折れても会話は出来るからね……」


「クッ……!」


 一応、話し合いによる情報収集を試みたが、それによって攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。


 大雑把な攻撃だが、速度が速過ぎる。避けるのも紙一重だ。


 走っての移動は足跡が見えて危険だ。影蔦の牽引による移動をしないとマズイッ!


 喋って、移動しての繰り返しで時間を稼ぐんだ。


「ダンジョンを壊すつもりかお前」


「声の場所が……いや、壊すのではなく所有がしたかったんだけど、無理そうだから仕方なくさッ! ……ハズレか」


 天井にぶら下がるような状態で真上から奴を見下ろす。まさか透明な上に立体的な動きが出来るとは思うまい。


 エネルギーを吸収してパワーにするタイプのスキルか……?


 地面が吹っ飛ぶんだから、あんなの食らったら死ぬぞ。


「そういう君こそ、一度は追い出されたダンジョンに戻ってくるなんてただの新人って訳ではなさそうだ。何が目的だい?」


「……」


「答えるつもりはない、か……不公平だろ?」


 ああ確かにな。だが、そんなのは気にしてられない。ペラペラ喋るそっちが悪いんだよ!


 とにかく、こいつをなんとかしないとダンジョンが崩壊するのはマジなんだろうな……常時発動するのか、集中しないと発動出来ないのかは分からないが、マナリソースを吸ってるっぽいからな。


 勝てるかは分からんが……ダガーで一太刀入れてあのコンボを使わないと勝ち目は無さそうだ。


 俺は蔦のロープを振り回して奴にダガーで斬りかかる。


 近づくのはマズイ……遠距離で削るしかないッ!


「風切り音……少なくともスキルとアイテムを持っていないと説明が出来ないね」


 こいつ……見えないはずなのにダガーを避けやがるッ!


 身体能力だけじゃなくて、感覚まで鋭いぞ。


「半時計周りに同じ方向からの音……何か振り回してるね」


 すぐに仕掛けに気付いたッ!?


「なら、ここら辺にいるはず……!」


 奴は砕いた地面の砂を握り空中に投げた。


 目潰しか……いや違うッ! 俺の姿を見る為の攻撃だ……!


「見えた……ここに居たんだね」


 俺のすぐ目の前。瞬きをする間に奴は急接近していた。


 そして、車に轢かれたような内臓を貫く衝撃が襲う。


「グホァッ……!?」


「あれ、予想してたより硬いな……アイテム頼りじゃなくて結構鍛えてる……いや、身体強化がスキルで後はアイテムか……」


 い、息が……吸えねえ……! なんつーパワーだ!


 しかも加減してこれかよ!? グードバーンくらいパワーあるんじゃねえのかコイツッ!


 だ、だが……入れてやったぞ……一太刀、入れてやった……!


 かすり傷程度のものだが、確かにダガーはあいつの肌を傷付けた。


「これは……毒?」


 あいつも自分の左手の変色に気がついたようだ。


「ハァハァ……ああ、クジラも数分でぶっ倒れる猛毒だ。動き回ったらドンドン……毒がお前の身体を駆け巡る……!」


 息も絶え絶えに俺はハッタリをかました。これで動きが止まってくれればいい。そんな淡い期待をこめて。


 肋骨の数本イッてるなこりゃ……肺が膨らむ度にズキンズキンしやがる。


「面白い、今殺すのはもったいないか……」


 ああ、そうだ。今殺すのはやめてくれ。つっても止まらねえんだろうな。


 ここは賭けだ。決まるかどうか分からんが鎖鎌ショットガン戦法を試すしかない……!


 もう、足がガクガクしてて走り回るのは無理だ。移動は影蔦に頼るしかない。


 とにかく、攻撃を……入れるッ!


 ヒュンヒュンとダンジョン内に風切り音が鳴る。


「またそれか……!?」


 食らえッ! つーか死ねッ!


 高速で飛来する石の礫に流石に顔色を変えやがった。


 何発かは命中する。


「いったぁ〜!」


 ダメだ、エアガンで撃たれたくらいのダメージしか入ってない!


 なんなんだよコイツッ!


「結構多彩な攻撃してくるねえ……まだ何か仕掛けて来そうだ。力量は雲泥の差があるにも関わらず諦めないか……うん、決めた。君はもう少し育つのを待とう。その方が吸い甲斐がある」


 は……?


 いきなり、戦闘態勢を解除して俺に向けていた殺意を引っ込めやがった。


 吸い甲斐だと……? こいつ、まさか人間の力まで吸えるってのか?


「おっと……君のせいで時間が来ちゃった……あ〜どうしようか……ま、良いか。ダンジョンは僕のものに出来ないってことは分かったしね……まあ、『今は』だけど……お疲れ〜」


「ま、待ちやが……ゲホッゲホッ……!」


「これ飲みな。回復薬だ」


 制止しようとすると、俺は吐血して言葉が続かなかった。そしてあいつは俺のいる方向に小瓶を投げた。


「回復薬だと……? 毒か……慈悲のつもりかテメェ……」


「毒? 慈悲……? ハハハ……違う違う、投資だよ。じゃ、また会おう……まあ僕は君の顔が見えないから会っても分からないかもだけど」


 そう言って笑いながら奴はダンジョンを去った。


「ハァハァ……完敗だ……格が違い過ぎた……」


 気配が消えて、俺の緊張の糸も切れた。地面に寝転がり痛む肋骨を押さえて呼吸するので精一杯だ。


 痛みがドンドン鋭くなってくる。動けねえ……。


 ど、どうする……ダンジョンの崩壊は阻止出来たみたいだがこのまま脱出して良いのか?


「飲む……か? い、いや……危険だろ……ッ! どう考えても……!」


 俺の目の前に転がる瓶を見る。回復薬と言っていたがそれを信じて良いのか……?


 回復薬って言えばダンジョンでもレアなドロップアイテムだ。飲めば怪我がたちまち治るって言う一本数十万円するような代物。


 そんなものを俺にタダで渡すか? いや……投資と言っていたか……。


「クッソ……一か八かだッ!」


 影蔦で引き寄せて回復薬の瓶を手に取った。


 そして、一気に飲み干す。どうせほっといても内臓がやられてるんだから死ぬだろう。今か、少し後か、その程度の違いだと思って賭けた。


「……マジかよ」


 痛みが一瞬で消えた。内臓、肋骨の骨折、疲労感。全てぶっ飛んだ。どうやら回復薬は本物。しかも上等な部類のやつだ。


「チクショウッ! 完全に遊ばれてたッ!」


 痛みが消えると今度は怒り、悔しさが込み上げる。殆ど攻撃が通用しなかった。


 俺は……弱いッ……! 何度も地面を殴ってこの気持ちを発散させようとした。


 何がコンボだ、何がレベルアップだ。弱えじゃねえか……! 調子に乗ってただけ、仮初の力に浮かれてただけだ。


 八島たちと変わらねえ。力を持ってるからイキる。俺は力に溺れて、勘違いしていた大馬鹿やろうだ。


 強い奴とは天と地ほど差がある。免許証をもらっただけの雑魚だ。こんなんじゃ他のダンジョンはクリア出来ねえ。


 俺が強くなったんじゃない、ここが元々初心者や遊び気分で来るような場所なだけ。他のやつが俺よりも弱いだけ。


 階層ボスなんか、そもそもボスって言えるほどの強さじゃなかったんだ。サクサク進めたのは強くなったんじゃなくて、敵が弱かっただけなんだ……!


 馬鹿……泣いてどうすんだ……情けねえ……ガキかよ……!


 それでも俺は涙が止まらなかった。自分の愚かしさが恥ずかしくて……先があまりにも長くて。


 今回で見えた。今までは弱過ぎてその道のりが如何に遠いかを理解していなかっただけ。


 階段じゃねえ、壁、崖なみの差があって、努力云々で簡単に縮められるような距離じゃあねえ!


 ちょっとずつ進んだところで越えられない差がある。


 プロと俺にはそれだけの差があるんだ……。


 これはダニングクルーガーってやつだ。初心者ほど、自分の実力を実際よりも高く見積もってしまう認知の歪み。


 まるで見えていなかった……現実が……。


 そんな時、階層のボスがリポップした。頭の2つある熊のモンスター。


「俺は今機嫌が悪いんだ……失せろ……」


 八つ当たりだった。何の達成感もなく、一撃入れて石をぶつけまくって倒した。


 3分くらいの出来事だろう。快勝だ。さっきまでの俺ならダンジョンクリアだって喜んでただろう。


 でも、何にも嬉しくない。こんなの勝てて当然なんだ……。


「やっぱり俺が勝ったらダンジョン・コアが出てくるみたいだな……」


【『管理人』の所持者を確認。マナセ・シオンは別のダンジョンの管理人として既に登録されています。

 新たに管理人として登録しますか? またはダンジョンを吸収しますか?】


 家のダンジョン・コアの時とちょっと文言が違う。強くなりたいとは思うが、ここは慎重にいく。


「管理人として登録した場合のダンジョンの改築は俺が選択出来るか?」


 俺がダンジョンを吸収した場合、ブランカの方がレベルアップして、マンションが更にデカくなるのは分かってる。


 ただ、マンション以外の用途を持つダンジョンを所有するのもアリなんじゃないかと思った。


 強化か、可能性を広げるか。


【可能です。以下の候補から選択してください】


 ・薬草園

 ・鍛冶場

 ・小鉱山


「……これだけか?」


【マナリソースが枯渇しかけています。現在このダンジョンから改造出来る候補は以上になります】


 あいつ……あいつのせいだ! あいつがマナリソース吸いまくってるせいで俺の選択肢が狭まっているぞ!


 多分、改造してもちっちゃいダンジョンになるんだろうな……。これ吸収した方が良いか?


 いや、マナリソースが枯渇しかけてるなら、吸収した時の旨味も少ないんじゃないか?


「マナリソースの消費コストを抑えればしばらくしたら回復するか?」


【肯定します。これはあくまで現在の消費コスト、このダンジョンの規模では間に合わないという配分によるものです。管理人の管理により、マナリソース配分を変更がすれば可能です】


 だが、今の時点で改造可能な中から選ばないことにはマナリソースの配分も調整出来ないってことだ。

 ほっといてマナリソースを回復させるのは無理……か。


「俺はダンジョンのドロップアイテムは管理人だと効果を得られるないと聞いているが……例えば薬草園を選択して、そこで得られる薬草は俺には効果がないってことになるんだろうか?」


【ドロップアイテムとダンジョンの持つ特性は別であり、ダンジョンの特性による恩恵を管理人は得ることが可能です。

 つまり、薬草園を選択した場合、そこで得られる薬草は管理人に効果があります。

 ただし、ドロップアイテムを生成しそれを利用するのは不可能です】


 なるほど……言われてみれば、俺はマンションの設備を利用することが出来ていた。あれはドロップアイテムではなく、ダンジョンの特性だからか。


「それぞれの規模はどのくらいだ?」


【25m四方の空間になります】


「ちっちぇ〜ダンジョンとしてはちっちゃ過ぎるけど誰もこなせないダンジョンなのにデカくてもマナリソースの無駄遣いか……薬草園や鍛冶場じゃモンスターを出すのも無理だよな?」


【可能ですが、定期的にモンスター生産するマナリソースは残っておらず、モンスターとドロップアイテムの設定は連結しており解除出来ません。その場合、このダンジョンの維持は不可能です】


「よし……決めた、吸収はやめる。薬草園だ、怪我の回復が可能かどうかはかなり今後に影響してくる。ちょっと強くなるよりは回復を俺は選択する。薬草園にしてくれ……あ、入り口は俺以外侵入不可の設定だ。表向き、このダンジョンは崩壊した。そういうことにしておきたい」


 そう言うとすぐにダンジョンは音を立てて変形していく。


 すぐに膝くらいの高さの植物の生い茂り、地面はフカフカの土になった。


【改造を完了しました。管理人の希望に基づきダンジョンの持続可能な範囲のマナリソースの消費に抑える為、現在は薬草の完全な成長までは至らず、時間経過と共に成長します】


「よーし……しばらくはリソースの回復優先で、薬草の成長は後回しでいい。帰らないとな……ダンジョンコア、もう一つのダンジョンとのダンジョン間転移は可能か?


【可能ですが、管理人の所有するダンジョン間の波長の同期は出来てもマナリソースの共有は出来ませんので、こちらの僅かなマナリソースを消費することになります。

 一度外に出て、もう一方のダンジョンのマナリソースを消費して転移するのがもっとも効率的です】


「今からバスで帰るのもダルいしな……そうする。このスクロールって……使えないよな?」


【使えません】


 ドロップアイテムだからなこれ。そりゃ使えないだろう。あれ……? でも、それならダガーの付与された能力も無効か……?


「なら、一度透明化して出て、うちのダンジョンに転移するべきか……あっちからこっちに来る時はあっちのマナリソース消費って認識であってるか? 後、ここのドロップアイテムで付与されたダガーの効果って失われる?」


【既にドロップアイテムではなく、そのダガーの能力として定着していますので失われることはありません。

 管理人のご帰還をお待ちしております】


 へえ、裏技みたいなもんだな。付与されたら既にドロップアイテムって扱いじゃないんだな。


 俺は薬草園となったダンジョンを出て。自宅の地下にあるダンジョンへと転移した。


 ブランカはダンジョンコアの連結を感じ、何も説明しなくとも事情は理解しているようだった。


 あ〜……一度こっそり家出て玄関から入らないとミレイがビックリするよな。


 せめて自宅の玄関まで転移ポイント選べるとかにして欲しいよ。


 微妙に融通効かないのが不便だ……。俺は自宅なのに泥棒みたいに気配を消して地下から上がり、裏口から外に出て、正面玄関から帰宅するという何とも無駄な作業を行ってミレイの出迎えを受けた。


 しかし、大変なのはこの後だった……。

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