第14話 ドロップアイテム調査


「どれどれ、ドロップアイテムを調べようじゃないか」


 俺はマリンと共に鹿が何を落としたのか確認……いや待てよ、ボスのエリアに長いすると他のハンターと遭遇する可能性もあるし、ここは一度安全地帯に移動してからにするべきだなと我に帰る。


 大学生パーティへのイラつき、戦闘の興奮によるアドレナリンの噴出により、またもや冷静さを失っていた。あれだな、俺は銃を持ったらトリガーハッピーになっちゃうタイプだと思う。


「マリン……さん、一旦移動して休憩がてらこいつらの詳しい確認をしよう」


「あら、別に呼び捨てで構わないのにシオン君」


「とは言えあんた……いや、あなた、歳上でしょう? 嫌じゃないんすか?」


「ダンジョンでそんなこと気にしてたら意思疎通が難しいと思いますけれど……あ、私の喋り方は癖ですからお気にならさず」


「それもそうか……あ〜あの大学生たちもだから乱暴な言い方で……って違う違う! 人に救助求めるくせに、さも当然のような物言いと捨て台詞、さらには俺らを放置して逃走は許されることじゃない! 危うく騙されるところだった!」


「私、騙そうとしたわけではないんですけども」


「あっ、いや、マリンが悪いってことじゃなくて……場所を移そうか」


「5階層を抜けると、6階層との間に休憩出来る場所があるみたいですよ」


「おお、情報助かる」


 俺たちは移動して安全地帯に腰を下ろした。


「シオン君はそれだけしか荷物がないんですの?」


「え? ああ……いや、ポケットに入れてるんだよ」


 魔導士の袋のことは言えない。だが、手ぶらで移動するのも変だと思われる。まあ、浅い階層を軽く調べる程度なら軽装備のやつはそこそこいるし、パーティなんかじゃ荷物担当のやつだっているからな。


 ただ、ソロで5階層まで来て手ぶらってのもおかしな話だ。それは指摘されることを想定して俺はポケットからあるものを取り出す。


「それ……レジ袋……」


「ああそうだよ、十分だろこれで」


 そう、俺がポケットに入れてたのは小さく折りたたんだレジ袋だ。呆れてるところ悪いが、このダンジョンで大したドロップアイテムなんか望めないし、実際弁当なんかがなければ、今日拾ったものはこれで事足りるほどの成果しかない。


 殆どが小遣い程度にしかならない小石のマナストーンだからな。


 ソロだとリュックなんか背負ってたら動きの邪魔になるし、ある程度の大きさのものがドロップされてやっとレジ袋の出番なくらいしょっぱいダンジョンなのだここは。


 だが、今回のはそれなりに大きさがある。レジ袋の出番というわけだ。


「マリンこれ、何か分かるか?」


「さあ……なんでしょう?」


 俺が倒した鹿が落としたアイテムは他の雑魚よりは少し大きい赤ん坊の拳くらいのサイズの石と、細長い真っ直ぐの白い棒。


 石は分かる。見たまんまだ。で、マリンが倒したやつが落としたのは6階層までいけるチケットのような役割を持つ転移陣のスクロール。


 これは殆どのダンジョンの階層ボスを倒したらもらえるし、誰でも知ってるから分かる。俺とマリンの2つを落としていた。


「振ったらあいつが使ってた石みたいなん出るかな……そりゃっ! ……ダメだ、武器じゃないのか」


「戻ったら鑑定してもらえるでしょう? 」


「え〜鑑定金かかるから、自分で分かるならその方が良いじゃん」


「他の人が既に見つけたドロップアイテムなら鑑定しなくても少し調べたら分かるんですのよ?」


「そうなんだけど……初めてだから自分で調べたくて……」


 ドロップアイテムは見た目だけでは用途不明なものが、それなりにある。


 俺が拾った透明人間になれる指輪や、ダガーなんかはすぐに分かったが、この棒はよく分からん。


 金を払って鑑定出来るスキル持ちの人に調べてもらうのも良いが、こんな浅い階層で得られるアイテムなんて希少な効果があるはずないし、ガッカリした上に金まで取られるってのも釈然としない。


 出来るなら自分で効果を調べたい。まあ、使ってる本人が知らない効果があった、なんて話も珍しくないので気に入ってる道具は一回しっかり鑑定してもらうべきって講座動画でも言われてたんだけどな。


「この棒……まさかな……」


「何か分かって?」


「いや……確証はないんだが……研ぎ棒っぽいなと思って」


 普段料理をする俺は自宅にある包丁を研ぐ為の棒を思い出した。


 試しに持っていたダガーの刃を研いでみる。これで無意味に傷ついたら悲しいけどな。


「おっ……やっぱり研ぎ棒だこれ……!? 色がッ!?」


 シュッシュッと数回擦ってみると、確かに研がれているような感触があり、やはりと自慢げになりかけたのだが、ダガーの刃の色が一気に変わってしまい慌てて研ぐのを中止した。


 だが、もう遅かった。更に俺を慌てさせたのは砂のようにポロポロと崩壊していく研ぎ棒だ。


「す、すまん……2人の報酬なのに俺が壊しちまった……」


 俺とマリンの2人でボスを倒した。ここは等分するのが妥当なところだろうと思っていたので、マリンにもこのアイテムの恩恵に与れる権利がある。


 つまり、この損失は俺が補填するべきだ。


「壊した、というよりは何か効果が付与されのではなくって?」


 壊れた、という光景がショッキング過ぎて動揺したが、確かに単に壊れただけではなさそうだ。ダガーの刃が変色したのも意味があるだろう。


「そうか……しかし、どんな効果かってのが問題だよな。効果次第ではマリンにデカい損失を与えたとも考えられるし……」


「まあまあ、わざとではないのですから、私は気にしてませんわ。それよりも試してみません?」


 マリンは残念というよりはワクワクしているような顔でガックリしている俺の顔を覗きこんでくる。


「そっちが良いなら付き合ってもらおうかな……でも、まずは昼飯休憩にしないか?」


「でもシオン君、昼食をお持ちではないでしょう?」


 そうだった、俺は客観的にはほぼ手ぶら状態に見えるんだった。


 どうしよう、あのサイズの弁当箱をポケットから出したらもはやマジシャンだ。


「一旦ダンジョン出ないか? 転移のスクロールも使ったことないし、慌てて使うよりは今どんなものなのかってのを把握して安全に行きたいんだが……」


 これは本当に思ってることだ。慣れないことは重要な局面で出来るとは思えない。


 安全地帯にいる今、正しい使い方を確認しておくべきだと考える。


「……それもそうですね、戦闘中の乱暴な物言いをしていた人と同じ人とは思えない冷静なご指摘ですね」


「聞いてたのか……恥ずかしいな」


 マリンは俺の意見に同意しつつも、戦闘中の言動を掘り返してきた。ブランカにも好戦的過ぎる、と何度も言われてるんだ。


 グードバーン、サミュエルにも、歳の割に頭が良いのに精神面で幼稚と指摘されている。


 これは一番の課題だが、幼少の頃から舐められたら理不尽な目に合うも経験してきてるので防衛反応みたいなもんなんだ。こればっかりはすぐに強制出来なさそうだ。


 ……注意はしてるんだけどな。


「じゃあ、使ってみるか……スクロールって確か開いて両足乗せるだけでいいんだよな?」


「ええ、そのはずです」


 羊皮紙のような少し茶色っぽい色味のスクロールを2枚開いて、マリンとアイコンタクトをした後、息を止めてスクロールを踏んだ。


 ***


「……お、入り口だ。本当に使えるんだ」


 感覚としては自宅のダンジョンに戻るのと同じものだったので、仕組みはほぼ同じなんだろうということは分かった。


「不思議な感覚ですわね……」


 そして、昼食。荷物を預けるクロークがあることを利用し、俺は荷物を取りに行くフリをした。


 バスの時点で手ぶらってのもおかしいからダミーバッグを持ってきていたし、そのバッグはマリンも見ている。


 もちろん、それは魔導士の袋に収納してダンジョンではダガーくらいしか持っていないような装備だっただけで、それ自体はおかしくないからな。


 ただ、そのダミーバッグもクロークではなく、俺のポケットに収まっているというだけの話。


 時刻は14時を過ぎたくらいだ。腹も空いていたし、休憩には丁度いい頃合いだろう。安全なので帽子も装着しておく。


「まあ……随分と大きいお弁当……」


「それより、いつまでその格好してんだ? 不審者っぽいけど」


 マリンはずっとフードとマスク、サングラスをしている。


 見えにくいし、息もしにくいだろうに……。


「私、どうしてもこの見た目ではダンジョンでは目立ちますので」


 何となく、気付いてはいたが彼女は人種が東アジア系、つまりマジョリティの日本人的な見た目ではない。


 彫りの深い顔立ちをしているのは顔を隠していたのも分かっていたしな。


 まず、女1人ってだけでくだらん連中に絡まれるってのもあるから、顔を隠すって判断は正しい。


「だろうな、まあその格好じゃ何も食べられんだろうと思っただけで顔を見せたくないなら、好きにしたら良い」


「シオン君と一緒ならカップルと思われて声かけられないと思いますし、良いですわ」


「男避けかよ」


 お母さんも昔はよく声かけられたって話は聞いたことあるし、女ハンターはそういうのも気にしないとダメだから大変って言ってたな。


 マリンはサングラスとマスクを取った。目は淡いグリーンだ。


 だが、ノノンのピンク髪見てるし今更驚くことはない。ブランカもだな。あいつ、髪白いし、目とか金だからな。


「片方の親が外国人とかか?」


「いえ、私厳密には留学生の外国人ですの。言葉遣いは少々漫画で勉強したからちょっとおかしいって時々言われますわね」


「十分流暢に喋ってると思うけどな……ま、身の上話は

 その辺にしてさっさと食べてダガーの性能を確認しようぜ」


 マリンは父がアメリカ人、母が半分日本人と半分中東の血が入っているクォーターらしい。ちなみに、マリンってのは日本人が呼びやすいようにという配慮での通名だそうだ。


 髪はちょっと明るい茶色って感じか。確かに新宿や渋谷みたいな場所はともかく、日本人ばかりのここじゃ目立つかもな。


 ***


「よしっ、栄養補給完了だな。待たせてすまない。そろそろ行くか……ん? なんか騒がしいな?」


「何かあったんでしょうか?」


 腹をさすり、ダンジョンに向かおうとした頃、入り口方面でザワザワしていることに気がついた。


 怪我人か死人が出たか?


 だが、こんな場所ではそれは日常のはず。当人たちは騒いでいても、ギャラリーまでが関心を向けるとは思えなかったのだ。


「あの〜、どうしたんですか?」


「ん? いやよく分かんないんだけどさ……中にいたやつが全員強制的に外に出されたっぽい」


 近くの人に聞いてみると、ダンジョンに入っていたハンターがスクロールも使わずに出てきてしまったみたいで、皆困惑しているようだった。


「なあ、こんなことって聞いたことあるかマリン」


「いえ……聞いたことないですね……」


 だよなあ……何なんだろ。


 変なアイテムかトラップが発動したか? と思っている時、地面を突き上げるような強い衝撃が来た。


 地震か!?


 いや、地震にしては短いか……でも何かデカいエネルギーの発生は感じたな……。


 そしてしばらくして判明した。ハンター協会や所有しているゼノフィアスの職員によるアナウンスがされる。

 その場にいたハンターたちの動揺、混乱により不穏な空気が流れた。


 御岳山ダンジョンが枯れる兆候が見られ始め、現在進行形で崩壊が始まっている、と。

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