第12話 御岳山ダンジョン


大型連休も終わり、粛々と学校が始まる。そろそろ定期テストがある時期だが、俺の頭には御岳山ダンジョンに行くことしか頭になかった。


講座動画も見てガッツリ勉強していた。そして、悲しいお知らせだ。


動画内に自宅の地下に続くダンジョンが発生したスペースに秘密の武器庫があるから、困った時は使えというメッセージがあり、俺は膝から崩れ落ちた。


そんなのってアリかよ……!?


おかしいと思ったんだ。あの地下の部屋だけに収まる量じゃないからどっかに隠してんじゃね? って思ってたんだが、ダンジョンの入り口が出来てるせいで侵入出来ない。


というか、何かダンジョンから拾ってきてそこに置いてたせいで、自宅にダンジョンが発生したんじゃないかという疑いも出てきた。


ダンジョンには必ず入り口がある。それ以外からは侵入が出来ない。


つまりだ、あると思われる自宅の武器庫、そこにアクセスするには地下に更に穴を掘り、横から分厚い鉄板か何かで覆われる壁を突き破る必要がある。


そんなこと、俺のパワーでは無理だし、下手したら家が崩壊しちまう。だから、諦めた。自宅ダンジョンが遺産ということにした。


「明日、ちょっくらダンジョン様子見してくるわ」


「1人で行くの危なくない? いくら初心者向けとは言え……」


「様子見だって、無茶するつもりはないからさ」


流石に、同居してるミレイに黙って行くのも良くないと思い正直に話した。免許証取ってるわけだから、遅かれ早かれ行くのは察されていただろうが、やはり心配される。


「ねえ、今まで敢えて聞かなかったけど、そこまでしてダンジョンに……ハンターになりたがる理由は何なの? ぶっちゃけ、曲直瀬は頑張って鍛えてるの知ってるけど、戦闘に向いたスキルじゃないよね?」


「お前もあのネットの記事見ただろ? 疑惑程度のもんだが、真相は知りたいしな。それには力がいるだろ? ヤバい奴に殺されたなら、俺が強くならないと」


「な〜んか、隠してる気がするのよねえ……ゼノフィアスの社長がテレビに出たらチャンネル変えたり過剰な反応見せたりしてさ」


「目ざといやつだよ、お前は……。まあ隠してもしょうがないから何で憎んでるのか教えてやるよ」


まず、うちの両親が死んだダンジョンはゼノフィアスが所有するものだ。国内最高難易度の京都にあるダンジョン、通称『百鬼夜行』。


あそこの社長は口先だけの残念でしたとか、お悔やみ申し上げますなんて、会見では宣っているが、親の装備をちゃっかり買い上げて、自社のハンターにそれを貸与し攻略を進めて儲けている。


どの口が言ってんだって話だ。


死んで割とすぐのタイミングで俺じゃなくて、うちの親戚に買取りますよってオファーしてんだ。


全然悔やんでない。親の死をこれ幸いに、有用なアイテムを回収するチャンスとしか思っていないのは明らかだからな。


で、親戚のアホどもはそれを端金で売り払いやがった。呆然とした俺と、お爺ちゃんも騙して書類にサインさせて、普通は俺に相続されるものを書き換えやがった。


うちの両親は慎重で俺のことをよく分かっているが、唯一誤算があるとすれば、親戚が想像以上のカスの集まりだったということだろう。


会社の広告にうちの親が使ってた武器を装備したハンターの写真とか使ってるの発見した時は血が沸騰するかと思うくらい怒りが込み上げてきた。


あくまであっちはビジネスとしてやっているだけで、俺が恨むのは筋違いと言われるだろうか?


な訳あるか……! ロクな事故調査もしなかった癖に、親戚にあれこれと欲しい物の注文つけてんだ、ピンポイントで親の装備を狙い撃ちして調べる調査力があるのに、誰も目撃してなかったから詳細は不明、ダンジョンでは残念ながら起こり得る不幸、そんな話信じるはずがない。


大体、トップランカーが抜けて独立してるあたりまともな運営してるはずがないってのは前から言われてるんだ。真っ白なはずがねえ。


強い装備品を集めて、自社に所属しているハンターに貸与し、トップランカーを増やして会社のブランド価値を上げようって戦略なのはガキの俺でも分かる。


「だから、俺はあの社長の顔見たらイラつくんだよ」


「……その、返してもらえたりはしないのかな」


「あ? んなもん無理に決まってる。ダンジョンで拾ったものは発見者のものになるって原則があるだろ? あれで、うちの親が戻ってこないなって言われてる時にゼノフィアスのやつが装備品を見つけたから死んだって確認してんだよ。

で、その装備品は拾ったってことには変わりないからって遺族の俺に返還なしで、自分たちのものにしてるんだぜ?

その件は割とネットで叩かれてたけど、ほとぼりが覚めたら普通に使ってやがるからな」


その件に関しては流石に結構な批判があった。だから、後から遺族から買い取り故人の意思を尊重して有効活用するのが、企業としての責任だとかなんとか、くだらん屁理屈を並べて沈静化を図りやがった。


もちろん、その金は俺はもらってない。親戚が受け取ってるからな。


「そう……あんまり気分良くない話だね、聞いてごめんね」


「いや、これは誰にも言えなかったからな。俺もぶちまけて発散する相手が欲しいと思ってたところだ。ちょっとスッキリしたわ」


「それで、ハンターになってお金稼いで取り返したいってこと?」


「ああ、それはもちろんそうだが、最低限の目標だな」


「じゃあ最高の目標は?」


「……そりゃ秘密だ。何でもかんでもは教えられねえよ」


言えるかよ、国内で最大手の会社のダンジョン奪ってぶっ壊してやろうとしてる、なんて。それ聞いたら下手したらお前にまで危険が及ぶ可能性あるからな。


話したのは、事故で両親を失った息子が取り得る行動でおかしくないと思われる程度の範囲だ。


「そうね、詮索し過ぎたかも。でもね、やっぱり心配なのは変わらないからね、安全マージンしっかりとって危ないと思ったらすぐ逃げて帰ってきてね?」


「お前は母親かっての。分かってるよそれくらい……まあ、心配してくれてありがとうな。明日はダンジョンの空気感的なものを感じられる程度で引き上げるつもりだ」


「うん……明日は夕飯作って待ってるね? 夜には帰ってくるんでしょ?」


「ああ、朝イチで直通のバスに乗って昼前から夕方くらいまでダンジョン行って、帰ってくる予定だ。なーに、ヤバかったら他のハンターに泣きついてでも逃げ延びるさ」


「お弁当いる?」


「お、良いのか? なら、ありがたく頂くとするよ」


「食べ過ぎて動けなくなってモンスターに襲われる……とかやめてよね、死因が私のお弁当だったら笑えないから」


「分かってる分かってる。安全地帯で食ってちゃんと動けるようになってから行動するって」


なんか、マジでミレイが最近母親みたいなことを言い出すようになったなと思う。うちのお母さんに似てるって訳じゃなくて、世間一般の母親のイメージに近いってだけだが。


ただ、打ち解けてお互いに良い感じの距離感になっていて、家にいても変に緊張しなくなってきたし、あっちも心を開いてくれているのは分かる。


時々、あっちの家の事情も愚痴のように冗談混じりに話してくれる程度には仲良くなったからな。


登校は未だにズラして一緒には出ていないけど、バレた時面倒なのは同級生よりも教師とか、福祉局系の連中だろうな。


はっきり言って、ミレイはネグレクト受けてる状態だから、大人に知られたら余計な介入がされるはずだし、それで事態が好転するなら、俺の家に転がりこむはずがないんだから。


それも何とか出来ればなあとは思うが、今は無力なガキだ。もうちょっと時間が必要だな。


明日は早いし今日はもう寝よう。


***


ミレイにお弁当を作ってもらい、見送られてダンジョンまでのバスに向かう。


新宿のロータリーには、如何にもな格好をした連中が集まっている場所があり、すぐに分かった。


俺は少し警戒しながらも、ミレイが誕生日にくれた帽子を目深く被り、バスに乗り込んだ。


……遊び半分で来てる浮かれた大学生ばっかりだな、肩身が狭いぜ。


大声で喋るいけ好かない奴が多い。後ろ向いて俺越しに後ろのやつと喋るなよボケが……。

到着する前からトラブってダンジョンで妙な邪魔されたら困るから我慢しているが、普段ならキレているところだ。


とは言えだ、ダンジョンに遊び半分でも来るんだから戦闘系のスキルは持ってるんだろう。今の俺はこいつらよりも、弱いかも知れない、そう思うと泣けてくる。


人生とは何と不公平なことか。


隣の席のやつは大学生グループではないようで大人しくしているのがせめてもの救いだな。


遠足か何かと勘違いしてやがる。


「あの、あなたも1人ですか?」


「え? ああ、そうですけど」


いきなり隣のやつが話しかけてきた。てか、女かよ。そんなことにも気付かないくらいイラついていたのか俺は。


いかんな、冷静さが大事だ。そして、挨拶、コミュニケーションもな。


「良かった〜わたくし、1人でとっても心細かったんですの」


うお、えらいお上品な喋り方だなこいつ。ジーパンにブカブカの灰色のパーカーのフード被りだからギャップあるわ。

ハエの目みたいなデッカいサングラスとマスクしてるから顔は分からんが。


「俺は今回が初めてなんですけど、そっちもですか?」


「ええ、そうなんです……あの、もし良かったらなんですけど臨時でパーティ組みません?」


困ったな……俺は1人で行動した方が色々都合良いんだが……邪険にして、断るのも角が立つよなあ。


「すみませんが、ちょっと今日は1人で活動しようかなと思ってて……何せ初めてなもんで、初心者同士が上手く連携取れるとも思わないし、かえって危険かなと思うんで……その、せっかくのお誘いのところ申し訳ないんですが……」


「そう……ですよね、不躾な提案でした。どうかお気になさらないで」


「え、ええ……まあ、せっかく隣なんですし、情報交換くらいはしますか」


これも練習だ、と思って会話をすることにする。ハンターなら情報は重要だし、ダンジョン内で出会った顔見知りに挨拶して、少し話すくらいのことはすると講座の動画で言っていた。


俺はキレやすくて、人とのコミュニケーションを避けがちだが、それはダンジョンではマズイぞってしっかり指摘されていたのだ。


だから、その練習と思って会話してみる。


女は俺の一つ上の19歳で女子大に通う大学生らしく、名前はマリンと言うことまでは分かった。


一人暮らしを初めて親に何か言われることも無くなったので、前から行ってみたいと思っていたダンジョンに休みを利用して初挑戦、ということらしい。


知識としては結構凄かった。俺も知らないような情報を教えてくれて、有益な時間を過ごせたと思う。


どこかで顔を合わせることがあったら、挨拶程度はするし困った時には助けるという約束はした。


ダンジョン内でわざわざ敵を作る必要性がないからな。


そして2時間経たないくらいで到着。


人が多いな……バスから続々と人が降りてくる。


装備が割としっかりしてて、ヘラヘラしてない集団はどっかのギルドの新人だろうな。大学生とはノリが違う。


大体、ダンジョンサークルってなんだよ、バスから聞こえてきたけどさ。サークル活動するようなもんじゃないだろ、危ないって。


にしても、すっかり観光地だな。温泉、宿屋、お土産屋まで……初心者向けとは言え、商売に全振りしてやがるなここは。


ダメだ、さっさとダンジョンに入ろう。イラついてきた。


ダンジョンの入り口にあるゲートにピッと免許証を当てると、簡単に入れてしまう。


入ったってことは、あらゆるリスクなどには同意したと見做されるのだ。あまりにあっさりと入れてしまったことに驚いたが、どこでもこんなものなのだろう。


入り口近くに今日のダンジョンの様子を伝える掲示板があったから、それは読んでおこう。モンスターが出現した場所や危険な場所など、見落とすとマズイ情報がここに集まっているらしい。


「さて……行くか」


初めての正式なダンジョン挑戦。心臓がいつもよりもうるさいと感じながら、俺は足を前に運んだ。

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