第11話 18歳
グードバーンがくれた、巾着は正式名称を『魔導士の袋』と呼ぶ。
はるか昔に凄い魔導士が開発したもので、特殊な素材で出来た袋の内側に魔法陣的な刻印をすると空間が拡張されるようだ。
爆買いしてどんどん袋に詰めていき、大体500kgくらいまでは入ることが分かった。しかも2つなので1tは入る。
これは助かる。1個は普段使いで常に持ち歩いていても良さそうだ。
なんと、これは防犯機能がついており、血を中に入れて呪文を詠唱すると俺しか使えなくなるようで、他人からはただの袋にしかならない。これは便利だ。
戦いも終わり、今は食べ物と酒で英気を養い、部下を労う期間だとのことで、今後は定期的に訪れて色々と買うようだ。
もう少し頑張れば土地持ちの貴族の仲間入りらしく、領地経営の視点からサミュエルに質問もしていた。
あの人は男が相手なら慣れれば割と普通に話せるからな。
流石王の兄ってことで、その辺りの知識も凄く、色々なアドバイスをしていた。
住民同士が交流するってのも良いもんだ。
さて、買い出しも終わり5月に入り、本日は5日。
俺の誕生日で18歳になる。
ソワソワしながら朝から連休で遊びに行く人たちに紛れて窮屈な電車に乗って免許証を受け取りに行った。
必要な書類などは筆記試験の時に提出しているので、顔写真の撮影をして終わりだ。
「曲直瀬様、こちらが免許証になります。ダンジョンに入る際は必ず所持していてください」
窓口で俺の顔写真つきの免許証を受け取る。
別に凄いものではない。ほぼ誰でも取得出来るものだ。
だが、両親のやっていた仕事に少し近付いたことの象徴である免許証はやけに眩しく見えた。
財布の中に大事にしまい、帰宅した。
「ただいま〜っと」
「おかえり、どうだった?」
「ああ、ちゃんと貰ってきたぜ」
ミレイに免許証を見せてやる。
「ふーん、盛れてて良かったね」
開口一番言うのがそれか。写真の顔の写りの良さを気にするあたり、まるで違う人種だな。
「おいおい……ん? なんか良い匂いがするな」
「今日誕生日でしょ、料理の準備してるの」
「おお〜! 助かる〜! 俺、ちょっとトレーニングしてくるわ!」
「待ちなさい」
料理の楽しみにお腹を空かせておこうと、地下に向かう俺をミレイは止めた。
「なんだ?」
「ご両親に報告しておいたら?」
「……だな」
うちには仏壇がない。俺自身、別に信心深いわけでもないし、宗教に救いを求めたりもしない。
ただ、2人の写真はリビングの端にある台に写真立ての中に入っており、いつの間にかそれを仮の仏壇のようにして見立てるようになった。
ミレイはここに来た日、その写真に向かって「よろしくお願いします」と頭を下げていて、「あ、こいつめちゃくちゃ良い奴だな」と好感度が上がった。
ミレイの言う通り、報告はしておいた方が良いだろう。聞いてくれているかどうかは重要じゃない。
心の整理、そして儀式的にやっておくことが大事なんだ。
生きている俺が。
お父さん、お母さん、俺ハンターになったよ。親からしたら危ない真似なんてして欲しくないんだろうけど、そこはまあ、血筋ってことで勘弁してくれな。
あと、もし殺されたんなら俺は復讐するよ。え? 復讐なんか望んでない、俺が幸せならそれが一番?
ハハハ……無茶言うよなあ、俺の親なら一番分かってるだろ? 俺がどう考えてもクレイジー寄りの性格してるってこと。
俺は2人を殺したやつがもし、本当にいるならそういう奴らを殺して初めてスッキリした状態になり、のうのうと幸せを感じるようなタイプだろ?
だから、止めても無理だぜ。
でもさ、心配しないように出来るだけの努力はするつもりだ。俺には力がまだまだ必要だからな。
最近は影蔦って便利なスキル手に入れたんだ。これがまた、扱いがクッソ難しいんだよ。
狙った場所にズレなく伸ばすってだけでも苦戦しててな、まだまだ大雑把な操作しか出来ないんだけど、上手く使ったら攻撃、防御、移動と、かなり応用が効きそうだから頑張ってるんだ。
お父さんはアイテムの使い方が抜群に上手かったんだろ? 俺にもその才能が遺伝してるかと思ったけど、平凡だったらしいわ。
2人で活動してたから全然ダンジョンでの動きが記録されてなくて、勉強出来ないなんてショックだよ。
息子より、同業者の方が詳しいんだからさ。
じゃ、そろそろトレーニングしてくるわ。
***
ペットボトルを並べて、10m距離を空ける。現状はそれが精度を保つ限界だ。
蔦を伸ばして、巻きつけ、投げ飛ばす。それを空中で掴む。
止まっているものはなんとか捉えることが出来るが、動くと難易度が跳ね上がる。
当たり前だが、モンスターは動く。動いているものを蔦で捉えられなければ、使い物にならない。
鞭のようにしならせて、叩くことは出来るがこれじゃ致命傷には至らない。
現状は拘束か、注意を引くくらいの攻撃しか出来ないだろう。
影蔦には、伸縮性があり、根本からだけでなく、先端、真ん中からも伸ばしたり、縮めたりが出来る。
だが、この加減が尋常ではないくらいに難しい。神経を使う。『思考加速』が無ければ、扱いきれていないだろう。
ノノンに聞いてみると、エルフはこれを何十年という単位で訓練を積み、実用に耐え得るレベルまで修練すると言うのだから、そんな1ヶ月足らずでマスター出来るはずがない。
普段はこれを操って森の中を立体的に移動しているのだとか。一度見せてもらったが、真似出来る気がしなかった。
だが、出来たなら、機動力は凄いことになる。今は伸ばして何かに縛り付けて、その方向に俺を引っ張り、移動するというだけのショボいものだ。
それでも緊急回避程度には使えるだろう。あるのとないのとじゃ大違いだ。
蔦を操りながらも、ブランカは石を投げまくってくる。
操作に集中し過ぎて、周囲が見えなくなるのは問題だからな。
とは言え、二つのことを同時並行して処理するのが大変で、何発も石が当たる。俺に石を投げ過ぎて肩力が上がってるし、精度も上がってる。
油断したらマジで危ないんだこれが。
「マスター、今日のところはこれくらいにしておきましょう。疲れのせいで雑になってきています」
「だな……影蔦も使用制限ないって訳じゃないし、要所要所で効率良く使わないとダメそうだ」
石が連発で当たった頃に、ブランカに切り上げることを提案される。
時間的にも結構経ってるし、これ以上やっても意味がないなと思っていたタイミングだ。
「こんなんで来週のダンジョン生きて帰ってこられるのか心配だ」
「焦っても仕方ないですよ。たった2ヶ月しか訓練してないんですから」
「もう2ヶ月は経ってるんだよなあ、ダンジョンにいるせいもあるが、時間経過が思っているより早い」
このダンジョンは時間が現実よりも早く進むからずっとここにいると1日が早く終わってしまう。
トレーニングには向いてないな。逆のパターンだと俺は年齢の割に老けてるってことになるだろうから、一長一短だが。
「じゃあ飯食ってくるわ。付き合ってくれてサンキューな」
「はい……マスター」
「ん?」
「誕生日、おめでとうございます」
「おお、ありがとう。ブランカの誕生日は受肉した日ってことになるのか?」
「さあ……ダンジョンが発生した瞬間の方が正しいと思いますけど」
「まあ、受肉した日ってことにしておくよ。じゃないと分からんからな」
「別にダンジョン・コアの誕生日を祝う必要がないと思いますが?」
「細かいことは気にすんなって……サムさん?」
ブランカと話していると、サミュエルが珍しく部屋から出てきた。
ブランカは気を使って少し距離を取る。
「どうしました?」
「ブランカが誕生日だと言ってたのを聞いた。これを」
「手紙……?」
サミュエルはコピー用紙を1枚俺に渡した。
「王族として祝いの手紙を寄越す必要がある時もある。我が国の祝いの文を日本語で書いたものだ。世話になっているからな……その、漢字の部分の拙さは容赦してくれ。まだ練習中だ」
「ありがとうございます……嬉しいです」
手紙には殆どひらがななのに、やたらと仰々しい畏まった内容が書かれていた。
ひらがなは、かなり上手だが、漢字はまだちょっとバランスがおかしい。
全体的にアンバランスな手紙だが気持ちは伝わる。普通に嬉しいなと心が温かくなった。
「マスター、私はスイーツを作ってあるので後で食べてください」
「えっ!? ブランカも用意してくれんの?」
「ここにいても、普段はやることがないので料理か情報収集くらいしか趣味がありませんので。私ではそれに買い物なんかも出来ませんし」
この2人、なんとか1人でも外出出来るようにしてあげたいな。
ブランカは物理的に、サミュエルは精神的にと抱えてる問題は違うが、不自由なのは変わらない。
ブランカの場合は俺が強くなってダンジョンのランクを上げれば解決方法があるかも知れないし、この思いに応えてやりたい。
「2人ともありがとう」
お礼を言ってダンジョンを出る。
***
「うお〜すっげ……豪華な夕食だな、うわ、装飾まで」
リビングは暗く、キャンドルによる明かりが用意され、普段とは違う雰囲気だった。
そしてテーブルに並べられた様々な料理、これは準備が大変だったはずだ。
壁には風船で『HAPPY BIRTHDAY』と書かれている。
「あなた、私がいないと誰からも祝ってもらえないでしょう? 可哀想だと思ってね」
ああ、そうか。ミレイはブランカもサミュエルも知らないもんな。そう考えると可哀想なやつか。
毎年祝日だから、同級生に祝われるってことも体験してこなかったしな。
こうやって、親以外に祝われるのは新鮮だ。
「いや……マジでありがとうな……嬉しいわこれ。俺こういうの出来ないもん」
「ああ、それとなんかまた配達されてたんだけど」
「……お爺ちゃんから?」
「プレゼントじゃないの」
「だろうな、はは……今日は最高だな。早速だが食っていいか?」
「開けなくていいの?」
「後で良いだろう。せっかく作ってくれた料理が冷めたら勿体無いしな」
「そう……じゃあ冷めないうちにどうぞ」
「いただきまーす! うんまッ! これ美味えよ!」
「作った甲斐があるね……流石にどれくらい作れば良いか見極められるようになってきたわ」
大食いの俺の食事量を把握、更に好みまで把握してくれている。そういえばちょっと前にそれとなく好きな食べ物とか聞いてくれてたな。
こいつ、マジで良い奴だわ。あ〜もう、マジで好きになりそうになるから勘弁して欲しい。
「私からもプレゼントね」
「え? 飯まで作ってくれたのに!?」
「まあ、金欠高校生だから大したものは用意出来ないんだけど……」
ミレイはラッピングされた箱を俺に渡した。あんまり大きくないから、食べ物じゃなさそうだな?
「開けて良い?」
「うん」
丁寧にラッピングを剥がしてみると、出てきたのは帽子だ。
「帽子……?」
「あなた、有名人だからね。ダンジョンに行ったら注目されるかもと思ったのよ。普段使いしてる帽子マジでダサ過ぎるし、もうちょっとちゃんとしたもの使った方が良いよ。高校生なんだからさ」
「グッ……!」
その通りだ。俺は良い歳してお母さんが買ってきてくれた服をそのまんま着てるタイプの男だ。
服にはあまり頓着がない。サイズも変わってしまったし、そろそろ新しく買わないとなって思ってたんだよ。
スポーツ系のキャップをランニングの時に使っているが、それを街中でウロつく時の格好として使うのはダサいと前から言われてたんだ。
ダンジョンではオシャレな格好しても意味ないが、帽子ならデザインなんかは関係ないし、移動中も使える。
オシャレ、実用性、俺に必要なもの、色んなことを考えて、使える金額の範囲、俺が恐縮してしまわない範囲で選んでくれたのだろう。
直接言わないが、ミレイは母親のいない男子高校生として、欠如してることをカバーしてくれているなと感じる部分が多々ある。
「ありがとう、大事に使うよ」
「気に入ってくれてホッとしているけど……被りながら食べる必要ある?」
「あるある、嬉しいから被って寝るわ」
「寝汗で臭くなるからやめなさいよ」
「はーい」
ケーキまで名前入りで買ってくれていて、俺は両親が生きていた時のことを思い出し感極まり、半泣きでロウソクを消した。
「それで? お爺ちゃんからのプレゼントはなんなの?」
「えーと、手紙と外付けのハードディスクドライブ? お爺ちゃんのプレゼントにしては妙だな。パソコンなんか使えんはずだが……ッ!?」
手紙には大体、こんな感じのことが書かれていた。
まず、1枚目。これはお爺ちゃんのおめでとうと書かれた内容のものと、お金だ。好きなものをこれで買えと。お爺ちゃんらしいわ。
そして、問題の2枚目。これは何かの事故で両親が死んだ場合に俺が18歳になった日に送られると決めてあったものらしい。
ハンターになることを目指す可能性がある俺に対して、必要な知識なんかを詰め込んだ講座映像が入ったハードディスクを用意してくれていた。
中にはダンジョン内で撮影した映像もあるらしい。
撮ってたのか……そして、俺の考えはバレバレだな。流石親だ。
「へえ……愛されてるね」
親との問題を抱えるミレイからしたら、うちの親子関係は羨ましいもののようだ。少し複雑そうな顔をしていた。
「俺、ちょっと……見てきても良いか?」
「片付けは私がしとくから。お風呂上がったら一応声かけるね」
「悪い、今日はありがとうな」
「どういたしまして。私の誕生日、期待しておくね」
「任せろ、恩は返すタイプだ。じゃ、ちょっと早速見てくるわ」
***
「クッソ……反則……だろ……」
涙と鼻水とで、顔がぐしゃぐしゃだ。誕生日おめでとうって言ってる両親の動画を発見してしまったのだ。
いつの間にこんなん撮ってたんだよ。
ハンターなら常に死ぬリスクはつきものってことか。それを俺に感じさせずに生活しながらも、しっかりこんな愛の籠った映像まで残して凄すぎるんだよ……!
特に、もし誰かに殺された場合は敵討ちするなら捕まらねえようにな! ってお父さんが親指立てて、ウインクしてるところをお母さんが笑いながら叩いてるところとか……ズルいって……やめろとは言わねえんだもん、親過ぎるよ……。
でも、この講座動画、有料級……いや、公開したらひと財産築けるなってくらい有用な情報がてんこ盛りだ。
なんだよ、家と金以外全部取られたと思ってたけど、ちゃんと残してくれてるんじゃんか。
しかも、ハンターを目指す俺に向けてさ。
流石トップランカーで最高の親だ、敵わねえよ。
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