第9話 役得


「曲直瀬〜、また何か注文したの?」


「ああ……トレーニング用だ」


 ミレイが宅配の受け取りをしてくれていたらしく、呆れるような顔をする。


 俺じゃなくて、サミュエルの荷物だが俺が買ったということにするしかない。

 彼は早速通販というものを学習してしまった。


 買ったものから、好みを把握してオススメまでしてくるなど、御用商人のようだと笑っていたが受け取りも運ぶのも俺なんだ。ほどほどにして欲しい。


 おかけで俺がミレイに散財するアホに思われ始めている。


 段ボールを抱えてダンジョンに降り、サミュエルの部屋のチャイムを押す。


「おお、来たか……」


「今度は何買ったんだよ……」


「いや深夜にテレビを見ていたら偶然面白きアニメに出会ってな。そのグッズを買ってみたのだ」


「国民の血税がこんなもんに使われてると知ったら泣くな……」


 箱を開けるとかなりエッチめのイラストが描かれたタペストリーと抱き枕が入っていた。こんなもん、俺が買ってると勘違いされたらたまったもんじゃないぞ。


 てか、いつの間にアニメにそこまでハマってんだよ。


「女が嫌いなのでは?」


「ああ嫌いだ。だからと言って拒絶し続けるのも良くない。剣の練習でも、最初は木剣からだろう。これは俺にとっての木剣だ……」


 いや、嘘っぽいな〜。あんた開けた時かなり嬉しそうな顔してたぜ?


「良いか、シオン。こう言った絵のことをニジゲン、と言うのだろう? あってるな?」


「あってると思いますけど」


「ニジゲンの女は良いぞ」


 おいおい、あんたもう完全に日本のアニメにハマったオタク外国人じゃねえか。


「俺はそこまでアニメとか見ないんで詳しくはないんですけどね。まあ、好きな人は多いでしょうけど」


「ニジゲンの女は俺のことを絶対に好きにならんからな。安心して楽しむことが出来る」


 違った。普通のオタクと真逆のベクトルで楽しんでるぞこの人。


 なんちゅー傲慢な発言だ。他のオタクに聞かれたらキレられるんじゃねえか?


「息抜きにアニメ見るのは良いとして……勉強の方は捗ってるんですか? そっちがあなたの仕事でしょう?」


「今はひらがなの練習を終え、カタカナに移行しているところだ。そして意識すれば日本語で会話することも出来ると気がついた。

 コニチワ! ニホンゴワカリマセン!」


「おお、確かに……でも翻訳は自動でされるから必要ないでしょ?」


「いや、やはりこの国の言語で理解するべきことは多い。5月からは漢字の勉強を開始するが千文字以上の文字を記憶するのは難しそうだ」


 なんでも、小1から小3までの言語力、常識を今年中に身につけることを目標としているらしい。アニメに感化されて日本の高校に通いたいと言い出す日も近いかもな。


「マスター、新たな来訪者が……」


「…………」


 まだ、ブランカはダメか。急に口を閉ざしてしまった。厳密には女じゃないんだが見た目が女だから身体が拒絶する感じなんだろうな。


「じゃ、勉強頑張ってください」


「……」


 うん、と頭を少しだけ動かしてドアを閉められてしまった。


「まだ会話は無理か。にしても来訪者は久しぶりか?」


「いえ、むしろこのペースだとダンジョンを拡張するより先に部屋が埋まってしまいますよ」


「2週間後にはハンターの申請が出来るようになるし、頑張らないとな。その為にも戦闘に使えるスキル持ってる人が来ると良いんだが」


 そんな僅かな期待をしながら、ブランカと共に来訪者の出現した部屋を開ける。


 しかし、誰もいない……?


「……何者だ?」


 声がしてチクリと首に痛みが走った。


「落ち着け、ここの主だ。武装解除しねえなら弾き飛ばすぞお前」


「いいや、解除はしない。私の身の安全が確保されていない。ニンゲンの男の話など信用出来るか」


「言っておくが、俺の殺したところでお前が元いた場所には戻れないからな。いきなり違う場所に移動しただろ、ここは元の場所とは物理的に隔離された空間、異世界だ。脱出も不可能だ」


「ッ!?」


「では、次の問いに答えてやろう。何故? だろ? さっさと武器を下ろしやがれ首がチクチクしていてーんだよ! 下ろしたら答えてやる」


「……妙な真似をしてみろ」


「お前がな……なんだその格好は」


 刃物が首から離れ、流れる血をブランカが待っていたハンカチで抑える。


 あ〜いきなり何すんだよ。警戒するのは分かるが寸止めだろうが、刺さってるんだよふざけんなお前と、文句を言おうと振り返るとそこには黒い影があった。


 いや、黒い服に身を包み、目だけ出している女がいた。


 あれだ、中東の女性が使ってる……ヒジャブ、ブルカじゃなくて……ニカブだ。異世界の宗教関係者か信徒か?


「夜に紛れて行動しているのだから、漆黒の衣を纏うのは当たり前だ」


「どういう生活……仕事なんだよ」


「森を荒らすニンゲンから里を守る影の部隊長ノノンだ。さあ質問に答えたぞ、こっちの質問に答えてもらおうか」


 違った、こいつ多分ニンジャだ。ニンジャ的な仕事してるわ。


 の割にあっさり所属を吐いたが大丈夫なのかこいつ。


「まず、何故? という疑問についてだが、俺がお前を狙ってここに呼び出しているわけではない。それは俺には制御出来ないからな。

 俺はここに流れ着いた者をもてなし、滞在する契約を結べば、代価をいただく代わりにこの空間を自由にする権利を与えている」


「良くわからんな、代価とはなんだ? 奴隷契約ではなさそうだが」


「簡単に言えば違う空間にある宿屋みたいなものだ。代価は金になれば何でもいい。ただしモノに限るがな」


「ふん、我々はニンゲンとは違い薄汚い金など使わない」


「お前さっきからニンゲンニンゲンってうるせえんだよッ! 何様なんだよッ!? デケェんだよ……主語がッ……!」


「私はエルフだ。ニンゲンより高等な生き物なのは寿命が長いことを考えても明らかだろう」


「その理屈だったらカメの方がニンゲンより高等な生き物になるんだが、そもそも高等かなんて定義出来ねえだろうが!」


 何言ってんだこいつ? レイシストか?


「エルフの森を荒らして奪う連中がまともなはずがないだろう。一体何人の仲間が犠牲になったと思ってる?」


「知るかッ! 俺はお前らの世界のニンゲンじゃねえ! 全くもって関係ないね! 責められるような言われは無いッ……!」


「もしそれが本当ならば、謝ろう。だがニンゲンの口から出る言葉など信用に値せんからな」


「言ったなテメェ? やってやろうじゃねえか! ブランカ、おもてなしの準備だッ!」


 ***


 数時間後、こいつは完全に落ちた。まんまと俺の術中にハマりやがった。


 エルフの森だか、里だか知らねえが、舐めやがって。


 黒い顔に覆ってた布も外して長い横に伸びた耳が見えてすっかり警戒は解いている。髪は春生まれだからピンクとか訳分からんが。


 人種とかじゃなくて生き物としての種類が違うのだと思い知らされる。これは街中に歩かせるわけにはいかないな。


 どうだ? 日本のカレーは美味いかこの野郎!?


「これは植物を混ぜてこのような味になるのか?」


「ああ、基本的にはそうだな。そっちにはないのか」


「基本は岩塩を使う。後は薬草だな。胡椒はニンゲンたちの間で高値で売れるのは知っている。エルフも肉の臭みを消し、保存性を良くするのに重宝している」


「なら栽培でもしてんのか?」


「いや、ニンゲンの商人から森の恵みと交換している。そこらに落ちてる石を渡せば喜んで交換するぞ。馬鹿な奴らだ」


 ……いや、商人が喜ぶってことは価値があるけど、エルフの連中は知らんだけだろうな。

 ってか、見下してる割にしっかりニンゲンから恩恵得てるんならお互い様じゃねえの? それって二枚舌じゃねえの?


 とは思うが、異世界の俺が事情も知らずにこいつに説教しても意味がないからな。


 複数の香辛料を合わせるのが珍しいようでパクパクとカレーを頬張りおかわりまでしている。


「で、その石ってどんなんだよ?」


「これだ」


 ノノンがポケットから出したのは黒い透き通った石だった。


「ブランカ、何か分かるか?」


「地球には存在しない物質ですね……金属のようにも見えますが使い道はまだ分かりません。でも価値は間違いなくありますよ」


「そりゃ地球にない未知の物質ならそうだよな」


「ふう……その石が欲しいならくれてやる。代わりにこの野菜や香辛料の種などが欲しい。

 年寄りどもは慣れた味が良いと言うだろうが、若いエルフは目新しいものが好きだ。

 士気も保たれるはずだ」


「別に良いけど? さっき説明した通り契約するか? 危険な時にはいつでも逃げ込めるとっておきの隠れ家だ」


「正直、仲間に黙って私だけ良い思いをするのは心が痛む。だが、森で取れる恵みも減ってきている。聞けば他にも育ちやすい作物があると言うでは無いか。

 私は森の為にもここに通う必要がありそうだ」


 ……う〜ん、言ってることは立派なんだがカレーに釣られてる気がするんだよな。


 役得って思ってないかお前?


 だが、俺にそれをやめさせるメリットがないので勝手にしてくれとしか言えない。


 生態が変わるリスクも説明したが、自然の扱いの歴史が違うと、余計なお世話として逆に怒られた。


 まあ、俺素人だからな。超ベテランの農家一族に危ないかもよなんて言ったら、馬鹿にしてんのかと思われても仕方ない。


 そんな訳で契約は済ませた。


 今日のところは里に報告しに戻る必要があるからと、すぐに帰っていく。


「マスター、スキルが得られましたよ」


「ああ、どうせあれだろ? 気配感知とか夜目が効くとかそんな感じじゃないのか?」


 ニンジャっぽいからな、なんとなくそんなイメージをしてしまう。


「スキルは『影蔦』、蔦状の影を操る能力のようです」


「クソ当たりスキルじゃねえか!?」


 試しに使ってみると、これはまるで触手だ。


 光が強いと効果は弱まるが、夜や暗闇の場所ではポテンシャルを発揮出来る。


 コントロールが難しくて今は振り回すくらいしか出来ないが、これでリーチは稼げる。


 遠くの敵を攻撃出来る手段が得られたのは大きい。


 これはダンジョンで活かせそうだ……。


 俺は早速、影蔦のトレーニングを始めた。

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