第8話 体力テスト



 俺の両親のニュースは俺が思っていたよりも早く、周りのやつが飽きていた。


 1週間も経てば、新しいクラスに馴染むことや進路について考える者が多く、誰も気にも留めていない。


 まあ、噂なんてそんなものだと思うが、俺はしっかりと覚えているし、これに関しては白黒つけたい。


 そして、同居人となったミレイだが、クラスが違うので弁当の中身が同じだとかそんな理由でバレて騒ぎになることもなく、単に俺の弁当のデカさで笑われているだけだ。


 登校のタイミングもズラしているし、学校で会話することもない。避けているということはないが、所属しているグループも教室も違うのだから、狙って会いに行かない限り接触するタイミングがない。


 必要な連絡はスマホで事足りてしまう。


 学校で特に大きな問題は今のところ起きていない。八島なんかも案外絡んでこないしな。


 個人的なニュースを上げるとすれば、身体計測の結果だろうか。


 去年は170.5cmだったが、今年は174.2cmになっていた。高1から年間で1cm伸びれば良いくらいの成長期の終わりを感じていたが、今年は3cm以上伸びていた。


 体重は55kgから65kgと10kgも増えていた。体格が大きく変わっている。


 ふと、風呂上がりに鏡の前に立つとその変化に驚くことはあるが、改めて数字で確認すると身体そのものが強くなっていることを実感する。


 努力すれば、成果がこうやって形に出るというのはモチベーションを保つのに大いに貢献してくれる。

 多少筋トレやランニングした程度でハンターになれる訳もなかった貧弱な俺が背が伸びて筋肉質になっているのだ、喜んだって当然だろう。


「曲直瀬、お前マジでやめとけ、午後から体力テストだろうが、吐くって流石に!」


「関係ねえ!」


 どデカい弁当を食い続ける俺に槙島がストップをかけるが、そんなことで俺は止まらない。


「馬鹿! 出る結果も出ねえよそんな重い身体になったら! 出るのは食った飯だけだぜ!?」


「力貯めてんだよ」


「バトル漫画のキャラじゃねえんだから無理だって……」


「大丈夫だって、去年の自己記録全部塗り替えてやる」


「言ったからな? 知らんぞ?」


「ああ、任せろ」


 槙島の注意を無視してそう言いながら昼飯をかきこむ。


 ***


 今日は午後から体力テストの全ての種目を計測する。


 全て終わり次第自由解散となるので、やる順番は好きに選んで良い。


 種目は握力、上体起こし、長座体前屈、立ち幅跳び、反復横跳び、20mシャトルラン、50m走、ハンドボール投げだ。


 一応、記録は男女別で水準が決められてるが、スキルで身体能力を向上させることが出来る者がいる為、女子でも凄い記録を出すやつはいる。


 この体力テストではスキルの使用が許されているのだ。


 スキルの自分の身体の能力の一つ。それを使い記録を伸ばせるのなら使えば良い。そういう考えだ。


 ただし、禁止されてることもある。


 例えばハンドボール投げだが、風を操るスキルがあったとして、投げた後に飛距離を稼ぐことは許される。


 だが、そもそも地面においたボールをぶっ飛ばすとかはダメだ。あくまで投げるという動作が基本であり、それに足すようにスキルを使うことが許されているというだけ。


 だから、これはスキルのスペックを競うものではない。決められた方法の中でスキルを活かすことを目的としている。


 俺はまず、大して身体を動かす必要がない長座体前屈と、立ち幅跳びを槙島と共に計測していた。


「え〜61cm……お前結構柔らかいな」


「まあ、トレーニング前にストレッチしてるからこんなもんか。元々柔らかい方だしな」


 これは大した記録は出せなかった。手が伸びるとか、そんな身体を変化させる系のやつしか大記録は出せな地味な種目だ。


 お次は立ち幅跳び。これは少し期待できる。


「253cmだな。あー後1cm飛べてたら9点だったのに惜しいな」


「それでも去年に比べたら記録は伸びてるぞ。確か200cm超えてなかった気がするからな」


 そんな時、大きな歓声がグラウンドで起こり何事かと声の方に注意を向けた。


「八島だよ、ハンドボール投げでフェンスに当てたらしいな。流石馬鹿力だぜ」


 得意げに両手を空に向けてガッツポーズを取る八島の姿が見えた。


 はっきり言って、あいつは今の俺の上位互換だ。


 純粋な身体能力強化は応用の効くスキルだ。こういったテストなら満遍なく良い記録が残せるだろう。


 あいつの記録に勝てるくらいじゃないと普通に殴り合っても勝てない。悔しいが、多少強くなったとは言え差は大きい。


 ああやって端から投げてフェンスに直撃するくらいパワーを見せつけられると、俺はまだまだだと思い知らされる。


「世良もだ、良いよなあ〜触れたものの重量を変化させられるって便利過ぎだろ」


「確かプラマイ20キロまでとかだったか? 確かにそれ使えばボールとか簡単に遠くまで飛ばせるだろうな」


 フワッと重力を無視したあり得ない動きでボールはフェンスに届く世良のスキルを見ていた槙島は羨ましがる。


 確かに計算系のスキルじゃ他人の凄さは理解出来ても自分には何も活かせないし、羨ましくなるのも当然だろう。俺も去年まではそうだったのだ。


 管理してどうなんだよ!? ってキレてたからな。


 直後、大きな音を立ててフェンスが揺れ爆発したような音が聞こえてビクッとした。


「うおっ!? なんだ!」


「ボールが爆発したみたいだ……あれは……ああ、なるほどな。流石生徒会長だわ」


 八島、世良ですらこの学校では2流扱いをされる。確かに平均よりは上だが、圧倒的とまでは言えない。


 では、この学校において1流と呼ばれるのは一体どんな存在なのか、それを体現するのが生徒会長の五十嵐 秀だ。


 彼は非常に真面目で大人しく、絵に描いたような生徒会長で人気も高い。勉強もトップクラスで、俺もテストでは何回か負けている。


 勉強だけ、やっていた俺が負けてしまうのだから逆立ちしても敵わない。


 スキルは『雷身』、その名の通り電気を操り身に纏ったり放つことができる。


 これにより自動的に筋肉に電流刺激が行われて彼の肉体は筋肉でパンパンになっている。制服はいつもはち切れそうなほどだ。


 しかも、筋肉のリミットを無視した動きが出来るせいで馬力もおかしいし、電流による治療も絶えず行われている。


 短距離による攻撃力、長距離への攻撃手段、回復力と、隙がない。既に複数の大手ギルドから声がかかっている天才だ。


 五十嵐には、あの八島や世良すら関わらないように避けているほど、絶対的な強さを誇っている。


 普段は人間充電器になっているくらい優しい性格だが、キレたら危ないのは間違いないからな。黒焦げにされちまう。


「ふう、50m走は7秒切れたか……悪くないな」


 去年は7.4秒。今年は6.7秒と初めて6秒台を記録出来た。やっぱり身体は軽くなってるな……でもこれくらいはスキルなしで達成するやついるから、まだまだだ。


 ここじゃ6秒切るやつもいるし、それくらいの素早さはダンジョンで必須だろう。


「シャトルラン5分後に始まるらしいからいこうぜ」


「分かった」


 残すはシャトルランだけ。これが一番苦手なのだが、今は一番記録が伸びる自信がある。


 全部の種目で記録は伸びたが、スキルによるズルがしにくい種目だ。それに毎日走ってるから体力は多少伸びている。


 ***


「お、氷室さんだ」


「ああ、曲直瀬くん調子はどう?」


「こんな感じ」


「えっ、スキルなしでこれは凄くない?」


 シャトルランをしに体育館に行くと氷室さんがストレッチをしていた。声をかけて記録表を見せると驚かれる。


 だが、別に凄いというほどではないと思うのだが。


「私はスキル使っても記録伸びにくいタイプだし、体力も別にないからね〜」


「そりゃこんな体力テストという枠の中ならって話だろ? 実戦ではエグい性能なのは身に染みてるからな」


「そう言われるとなんか……恥ずかしいんだけど、毎年のシャトルランだけは良い記録出せるから張り切っちゃうよね」


「へえ、そんな持久力には自信が……いや、分かった、持久力関係ないな、氷室さん」


「あ? 分かっちゃった?」


 氷使いがシャトルランの記録表を伸ばす、そんなのオチは言うまでもないだろう。


『5秒前、4、3、2……』


 機械のカウントダウンが始まると共に体育館に冷気が流れる。


「やっぱ、そうなるよな」


 彼女の走るルート上にアイススケートのリンクのような氷が生成された。開始と同時にシャーっと1人だけ滑らかに移動していく。真面目にペース考えてゆっくり走るのが馬鹿らしい。


 読めてたから少し離れた位置でスタートしていた。足を滑らせたくないからな。


 カウントが50に達したあたりでチラホラと脱落者が増えてくる。


 俺にはまだまだ余裕があった。丁度アップが終わりエンジンがかかってきたなという程度。


 槙島はハアハア言って足がもつれかけてる。こいつは体力がない。大して氷室さん、汗一つかかずに1人だけ別の競技のようにリンクを滑走している。


 カウントは100を超える。俺は新記録だ。今まで80回で死にかけたくらいだから、成長を実感する。


 だが、疲労感が増してきた。シャトルランのいやらしいところはカウントが進めば進むほど流れる音階のテンポが速くなること。


 どんどん苦しくなっていき、あとどれくらいいけそうか、感覚で分かりにくい。急にドッと疲れが来るのだ。


 で、もう俺の隣は氷室さんになるほど人はいなくなっている。運動部の数人がくらいついてるが、そろそろ脱落するだろう。


 そんな者の苦労など関係ないと言わんばかりにペンギンの如く滑り続ける。


 カウントは120、もうかなり足が重くなってきた。クッソ、また速くなりやがった!

 こりゃ、限界は近いな。


 氷室さんの様子を見る余裕すらなくなってきてる。


「ハァハァ……無理だッ!」


 滑り込むように俺はギブアップする。記録は138。いや、上出来だろう。かなり頑張った。


「おつかれ、急に止まったらよくないから軽く流しとけ」


 槙島に水を渡されて飲みながら、ゆっくりとジョグをする。そして、未だ1人で走り続ける氷室さんを眺める。


「エグいな、やっと走るフォームかよ」


 とうとう、本格的に足に力を入れて氷を蹴らないと間に合わない程のリズムになってきた。140以上の下駄を履いた状態でやっと体力勝負。


 ターンする時に壁際に傾斜のついたコーナーをクルッと回るだけだからストップアンドゴーの労力も少ない。


 ありなのかよ、それ……ありなんだろうな……。


 最終的に結果は191。いやいや……バケモンかよ、ずるいってそれ。


「お疲れ、凄すぎたわ」


「スキルのコントロールと持続力のテストなのこれ、去年よりも氷の維持が上手く出来たから、満足した〜はあ〜疲れた」


「熱は出てないのか?」


「足元が冷たいから、ダンジョンみたいに移動する度に凍らせる必要なくて冷却が間に合うの」


「あ〜なるほどな……ってことは、本来長期戦よりも決められた陣地に氷張って短期戦する方が得意なのか」


「まあ、どっちかと言うとそうなるかな。周囲のサポートがあると活かしやすいと思うけど」


「万能そうに見えて結構相性が大事なスキルなんだな、ハマればめちゃくちゃ強いんだろうが」


「曲直瀬君とは良いコンビ組めると思うよ。というかスペインで相性バッチリだったじゃん」


「ハハ……やめてくれ、周囲のやっかみが酷そうだ」


 ドキッとした。周囲が誤解してするような発言は控えて欲しいのだがな。


 俺の動きを認めてくれるのは嬉しいが、どの記録でも一番にはなれなかった。結局、ダンジョンでは人より抜きん出た何かがないとダメだ。


 ここぞという時の切り札が俺にはない。まだ動ける凡人の域を出ていない。


 手応えはあった。だが、18歳になり、来月には入ることになる初のダンジョンで、その切り札がない俺がやっていけるのか、漠然としていた不安がハッキリと現れてしまった。

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