第7話 同居人との生活


 すみれちゃん改め来須美玲こと、ミレイは俺と同居することになった。しかし、家族以外と生活を共にするのは初めてだ。


 ブランカは一緒に生活してるって言うとやや語弊があるしな。


「マジでリビングで寝るのか? 壁も何もないからプライバシーはないぞ、それで構わないのか? 何なら俺の部屋で寝て俺がリビングでも良いが」


「着替えは洗面所でしたら良いでしょ。流石にそれ見られるのは恥ずかしいけど……鍵はついてるの?」


「ああ、ついてるよ」


「なら大丈夫じゃない。一緒に生活するのに寝顔見られて恥ずかしいとか、すっぴん見せられないとか言ってられないしね」


 なんか、結構ドライというか気にしないのかそういうの?


 むしろ俺の方が気にし過ぎてダサいような感じになってるな。意識し過ぎか。


「うわ……おっきな冷蔵庫、流石お金持ちね。大きい家にはそれ相応の大きな冷蔵庫もテレビもあるんだ」


「家具とか家電は勝手に使ってくれ。冷蔵庫に入ってる食材や俺の飯は勝手に食っても構わん。お前の食事量なら食われたところで誤差でしかないからな。

 自分で買ったもので、俺に食われたくないなら名前でも書いといてくれ」


「ねえ、朝と昼、学校のお弁当は私が作るってことで良い?」


「ミレイがそうしたいって言うなら別に良いぞ、むしろ助かるくらいだ。朝はトレーニングしてるからのんびり弁当作ってる時間ないからな」


「単に私が毎日買って食べるのは金銭的に厳しいから、そのついでってだけよ」


 彼女の親に渡される生活費は月たったの3万。家賃は光熱費は俺が払うからその負担がないとは言え、これから必要なものは全て自分で賄わないといけない女子高生には余裕のない額だ。


 あまりに不憫だし、そこそこ金持ってる俺がそこをケチるのも不公平な感じがする。俺だって自分の努力で金稼いでるわけじゃないんだ。食費くらいなら、俺が買ったものを勝手に食べるくらいで良いと思う。


 これはラーメン屋でも話したことだが、俺に何でもかんでも頼るというのも彼女の心情的に負担があるので、朝と昼はあっちが用意するという形で落ち着く。


 正直、朝と昼の用意をしてくれるのはかなり助かる。何の文句もないどころか感謝すらしたいくらいだ。


「一応言っとくけど……俺の弁当箱はこれだ」


 俺は棚にしまってある弁当箱たちを見せる。


「あのさ、普通お弁当箱って1個じゃない? なにこれ、おせちでも入れてるの? 力士志望? こんなのに入れたら重くて持っていくだけで疲れるでしょ……」


「おかずと米用に分けて、プロテイン用の水筒っていうか、シェイカーかな、それも最近買った」


「馬鹿馬鹿しい大きさの炊飯器なら、その馬鹿馬鹿しいお弁当箱に入れるお米も炊けるけど……もう既にあなたの朝と昼の食事の用意すること受け持ったことを後悔してる」


「まあまあ夜は俺が作るからさ……食器とか箸は自分で買うか?」


「一応、お弁当箱とお茶碗とお箸は持ってきたから大丈夫。必要ならここにあるもの使わせてもらうわ。良いんでしょ?」


「何度も言うがうちにあるものは基本的に勝手に使ってくれ。一々俺に確認を取らなくて良いから」


「そう、ありがとう……それで厚かましいのは分かってるんだけどさ、この家こんなに広いならトイレが1つってことはないよね?」


「え? トイレか? ああ、一応それぞれの階にあるけど、それがどうかしたか?」


 うちは3階建てで各階にトイレはある。だから朝のトイレ争奪戦なんてことも起こったことはない。


「どうかしたって……いや、気まずいでしょう。あなたの馬鹿げた量の排泄の後に私が入ったら」


「言っておくが『馬鹿げた』で済む量と匂いではない」


「そんなカッコつけて言うことじゃないって。だから厚かましいけど使うトイレを決めておかない? 着替えはまだしも、同じトイレ使うのはちょっと抵抗あるって言うか」


「それもそうか、俺の部屋が3階だから3階か2階のを使う。そっちは1階のトイレを使う。これで大丈夫だな?」


「そうね、そうしてくれると助かるわ」


 ミレイはホッとした顔で肩をすくめた。当たり前だが、食う量に比例した排泄が行われるからな。臭いって蔑まれた目で言われたら俺は立ち直れないかも知れない。


 ***


「曲直瀬〜お風呂、先に頂いたからね。ありがとう」


「おお、分かった」


 風呂は一つしかない。そこでも議論は起こった。どっちが先に入るか問題だ。


 ぶっちゃけ、俺はどっちでも良い。ただ、ミレイはどっちが先に入るべきかかなり悩んで結論を出した。


 あっちが先で、俺が後だ。ただ、女子高生の残り湯に入るって学校の奴にバレたら羨ましがられるだろうなって発言は失言過ぎた。今日は例外だが、これからはそうなる予定だ。


 大声で怒鳴られるはなかったにしろ、かなり睨まれた。無神経な発言だったと思う。


 理由としては夜もトレーニングをする俺の汗汁に浸かるのが抵抗があること、俺の生活ペースに合わせてたら遅くなってしまうことが主な理由だ。


 俺はいつも22時過ぎくらいに入る。これはトレーニングの兼ね合いもあり、ルーティンとなっているので変えるのが難しい。


 そんな俺を待ってられないということで、俺が後になった。


 お湯を入れ替えればいいのでは、という提案は金の無駄だと一蹴された。これだから金持ちは……と嫌味まで言われたくらいだ。


 むしろ、金にこだわるよりも体面とかを気にしそうなタイプだと思っていたがかなり庶民的な価値観を持っていた。


 まあ、本人がそれで良いと言うなら良いんだろう。


 髪一つ残さないように綺麗にされた風呂に俺は入った。


「なーんか……冷静に考えてみたらとんでもないことになっちまったなあ……学校の連中にバレないことを祈るしかないよなあ」


 洗面所にはミレイの歯ブラシ、櫛、コンタクトケース、ヘアトリートメントなどが置かれており、風呂場にも専用のシャンプーなどが既に持ち込まれていた。


 他人が家にいる、それを見て改めて実感する。


 しかも、同い年の女だ。


 ……良くないことを考えてしまう自分がいる。


 俺が意識し過ぎってのはあるが、マジであっちはそれで大丈夫なのか? 絶対しないけど、俺にエロいことされるかも的な心配して当然だと思うのだが。


 ちょっと、俺という人間を信じ過ぎてないか?


 そんな善人ではないんだがな……これはあれか? 『豪運』が知らぬ間に発動してる感じか?


 人気の女子生徒だから好きな奴だっているだろう。そんな奴からしたら、なんて運の良いクソ野郎なんだと血涙を流していてもおかしくない気がする。


 異性の使った風呂に入っているという何とも奇妙、非日常的な出来事が発生しているこの現実を受け止めるのに時間がかかっている。


「うわ、気がついたら20分経ってた……」


 ぼんやりとしていたら、いつの間にか時間が流れている。おかしい、風呂場はダンジョンになっていないはずなのに。


 さっさと、この煩悩と汗を流して明日に備えるか……あ、布団と枕を出してやらないとな。


 そんなことを考えながらシャワーを浴びて風呂場から出る。


 ***


「おわぁッ!? ビックリしたぁッ!」


「それはこっちのセリフなんだけど……なんでパンイチな訳? 服着なさいよ」


 洗面所を出て、タオルで髪を拭きながらリビングに到着して牛乳でも飲もうかと思ったらソファに顔の真っ白なクマがいたので声が出た。


 もう風呂から出たら日常に戻り、癖でいつもの動きをしていて、ミレイの存在を忘れてた。


 クマの着ぐるみみたいなパジャマを着たミレイがパックをしながらテレビを見ていたのだ。


「わ、わりぃ……マジでいるの忘れて普通に普段通りで動いてたわ」


「お願いだから早く服着て、上はまだ良いけど……タオルで髪拭く時にそのモッコリが揺れてんの目に入るのよ」


「これは失礼……」


 ミレイは忌々しそうに俺の股間を細くて白い指で目に入らないように顔の前を隠す。


 いや、逆だろ! なんで俺がラッキースケベしてるみたいになってんだよ。


 あ、危なかった……今日はパンツを履いてたからギリギリセーフだったが、パンツがないから後で履くかと全裸徘徊する時もあるのだ。


 それが今日だったら俺は変態の烙印を押されることになっただろう。


 俺は慌てて半パンを履いて戻った。


「ご、ごめんな……本当に……怒ってない?」


「いや、怒ってないけど次は勘弁してね。厳しいって、どんな顔して話せば良いのか分からなくなっちゃうから」


 意外にも優しい対応だった。死ねくらい言われてもおかしくないのに。


「マジで注意するわ。でもそっちも注意してくれよ……逆のパターンになったら俺でも自制心が崩壊しかねん」


「するわけないでしょ、馬鹿なの? あと、これは家に居させてもらっておいて言うのも失礼かと思って遠慮してたけど、セックス出来るとか期待はしないでね。身体売ってまでここにいようとは思わないから」


「おお……いきなり直球で来たなあ……」


 そんな露骨な言葉使われたら俺の方が困るって。


「同い年の男と同じ家で暮らすんだから、その危険は考えてたよ。

 でも、話してみたら曲直瀬は悪いやつじゃないし大丈夫そうかなって思ったんだけど、これじゃ心配しても仕方ないでしょう。

 お願いだから、あなたのこと嫌いにはなりたくないし、そういうことはしないでね……お願い……」


 そう言うミレイの顔はちょっと怯え、恐怖を堪えて言葉を絞り出したかのような雰囲気があり、とても笑いながら茶化して答えられる感じではなかった。


 多分、俺には言えない何か事情があって言ってるのだろう。不安にさせた俺の落ち度だ、反省するしかなかった。


「分かった……本当に気をつけるし、手出したりもしないって約束するから。俺もどうせなら仲良くやりたいしな……にしても、そのパジャマなんだ?」


「これは、あなたに配慮した格好よ。これなら肌が見えないでしょ? 私が扇状的な格好しておいて、変な気は起こすなって言うのも筋が通ってないからね」


「配慮した格好……? それが……? いや、肌は見えないけどさ……」


「ちょっと待ってて……後ろ向いて目閉じてて!」


「な、なんだよいきなり……分かったよ」


「一回だけね……」


 俺は律儀に目を閉じて手で顔を覆い、後ろを向いた。自宅で何やってんだか……。


 衣擦れの音がして、なんとなく着替えてということは察せたのだが、何してんだ……?


「はい、こっち向いて良いよ」


「何なんだよ一体…………おま……」


「これがいつもの寝る時の格好な訳だけど、これ見て性欲猿の男子高校生に耐えられる?」


「ごめん、無理。おかしくなる、今すぐさっきのクマのパジャマ着て。理性壊れる」


 振り向くと、太ももが思いっきり見えたドルフィンパンツに、胸元が結構空いてるノンワイヤーのキャミソール姿のミレイがいた。


 無理だこれは。刺激が強過ぎる。こんな格好してる女が家をウロウロしてたら正気を保てる訳がない。


 つーか……デッカ……え、デカくね? 制服の下あんなことになってんの!?


 いや、これは本人に言及するのは失礼過ぎる、失言に失言を重ねるわけにはいかないが俺も男だ、目が胸元に固定されてしまっている……!


 なるほど、これは確かに『配慮』がされていた。あのクマのパジャマは俺への配慮でしかない。

 俺が間違いを犯してとんでもない後悔をしないようにという彼女の慈悲だったのだ。


「でしょ? これで分かった?」


「分かりました分かりました、お願いします動かないでください、前屈みにならないでください、死んでしまいます」


「前屈みになってるのはそっちじゃない……」


「これは……『配慮』だッ! 男しての生物的なごく自然な反応であるが、それでもお前に不快感を与えない『配慮』なんだ……!」


「そうね……自分で言うのも何だけど、私の身体どう考えてもエロいでしょ。そうなるってのは分かってたのよ。だから、自分で処理するのは構わないんだけどお願いだからそれを私には向けないで、約束して」


「はいッ! 絶対自分で処理します! 舐めてました、すみません! いきなり自分のことが信じられなくなって驚いている次第であります!」


 俺は自分が何を言ってるのかすら理解出来ないほどにテンパリ、後で布団にうずくまって心臓が破裂しそうなほど脈打って顔を押し付けてジタバタすることになる。


「今すぐクマのパジャマを着て、俺は一旦失礼して自室に行かせてください!」


 普段は目立たないように隠しているが、素の状態はこれだと1日目に教えてくれて助かった。


 女子からのやっかみとか、イジリみたいなのもあるらしく勿論他言無用を誓わされた……言えるかっての。


「まあ、これでイーブンってことで……私もやっと安心出来そうなところで暮らせそうで本当に助かってるの。

 平和に仲良く……一線越えることのないようにするのは曲直瀬にとって、とても大変だとは思うんだけど、そうありたいとは思うから」


「俺だって家の事情で困ってるお前を更に困らせるようなことするつもりなんかねえ!

 カスの親戚に泣かされてんのはこっちも同じなんだ、服はちゃんと着るし、何もしない、約束する」


「うん……なんかごめんね」


 ちょっと涙目になりながら、嬉しそうに謝られた。

 すっぴんで、やや眉毛が薄いがそれでも大きく印象が変わるほど詐欺的な化粧もしていなかったミレイの顔は美しくて、こんな美少女がこれから家にいると思うと、俺の自制心が本当に試されているなと奥歯をギュッと噛み締めていた。


 明日から授業が始まる。何事もなく、学校生活が始まればと願うばかりだ。

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