第6話 家出少女


 渋々ではあるが、知らんぷりして駅で待ちぼうけを食らわせるわけにもいくまい。


 我ながらお人好しだと自嘲気味に笑いながらも、駅に到着する。


 ただ、俺の記憶の中の『すみれちゃん』はかなり朧気で、しかもそれが化粧なんかもする女子高生くらいの年齢になっているとなると、判別出来る自信がない。


 そもそもだ、おじいちゃんよ待ち合わせさせるなら相手の情報や連絡先は俺に教えておくべきじゃないのか?


 いくら電話しても繋がらねえし何考えるんだよ。


 駅の中をウロウロしてそれらしき人物を探すが見つからない。


 困ったなと思いながら歩いていると制服の女子高生を発見した!


「と……思ったけど、あれうちの学校の生徒だな違うか。なんか見たことあるし同じ学年の人だよな……確か……来須……」


 そこにいたのは同じ学年の来須という女子。色白と少しつり目、背は俺よりも少し低いくらいで女子の中では高めで目立つ。

 髪をハーフツインにして黒いリボンを結んでいるのがトレードマークだ。強力なスキルがあるとかは聞いたことないが、男子生徒に人気の女子グループのメンバーの1人。


 ざっくり言うと、イケてる部類の人間だ。


 待てよ、いや……あり得るのか?


 俺の中に一つの仮説が生まれる。


 駅の改札口の近くで大きめのボストンバッグとキャリーケースを持っている同じ学校の生徒がおり、学年も同じ。


 つまり、受験の年である。


 そして、何より彼女の名前。同じクラスになったことはないし、喋ったこともないので確信は持てないが、彼女の名前は来須美玲なのだ。くるす、みれい……すみれ……と一応入っている。


 まさかとは思うが……だが、状況的にそうだと俺の直感も囁いている。


 しかし問題がある、あっちはまず間違いなく俺のことは知っているだろう。そして同じ学校の曲直瀬が駅で声をかけてきて、「すみれちゃんですか?」などと質問をする。


 これはハイリスクだ。間違っていた場合、俺はあらぬ噂を更に流されて女子からのキモい、ウザイ、クサイ、キモい、キモい、キモいのバッシングを浴びる。


 キモいという言葉は人を容易に傷つける。八島や世良に「ムカつくんだよ!」とか言われるより何万倍もだ。


 それは困る。高校最後の年を女子からの総スカンの白い目で肩身狭く送るわけにはいかない!


 1時間はうろついた。遠巻きに来須を観察しているが、時々顔を上げて誰かを探しているようだ。待ち合わせにしては1時間待つのは長過ぎる。


 これはもう……声をかけるしかないだろう、ダンジョンアタックくらいの気持ちで彼女に近付いた。


「あの……もしかして……家出したすみれちゃんですか?」


 待てぇえええッ! 俺は何を口走っている!


 これでは家出してネットでいうところの『神待ち』をしている女の子を探している変態男子高校生のセリフそのものではないかあああああ!


 失敗した、テンパって言い方を完全に間違えた。


 もし検討はずれな間違えていた場合だ、俺は終わる。もう穴という穴から出る液体や固形物の全部が吹き出るほど焦った。


 返事が返ってくるまでの数秒が永遠のように長く感じる。


「……曲直瀬紫苑……?」


 ほらああああ! やっぱり俺だって分かってるじゃん!


「あの……迷惑だと思うけど、そのよろしくね。本当に助かる……」


「え、あ、ああ……」


「てか、すみれちゃんって……親戚の年寄りしか言わないよ」


 せ、セーフ……!


 正解だった。そして反応的にマジで困ってるっぽくて俺が疎ましいって感じでもない。ああ、良かった。こんなキラキラ女子高生にキモい判定されたら終わってた。


「いや、うちのおじいちゃんからさっき連絡受けて全然詳しいこと教えてもらえないまま電話切れたんだよ。で、小さい頃にあったことのある『すみれちゃん』を迎えに行けって言われてさ……その、来須のことだとは思わなかったからしばらく探してたんだよ」


「あ〜、年寄りからしたらミレイって音の響きが聞き慣れなかったのか、いつの間にか親戚の間ではすみれちゃんって呼ばれるようになったのよ」


「あのさ、そっちは俺が来るって話聞いてたの? いや、俺は来須があのすみれちゃんって認識してなかったまま2年学校に通ってたんだが」


「そりゃ知ってるに決まってるでしょ。あなたが私を認識してなかったことの方がショックなんだけど……というか私があなたのおじいちゃんに頼んだし」


 そうだったのか、なら無駄に待たせて悪いことしたな。おじいちゃんには後で文句を言っておく。


 私が頼んだ……?


 何故? たらい回しにされた挙句なら分かるがあっちから頼んでたのか? しかもよりによって俺?


「なんで俺の家?」


「学校から近いし、テストの成績いつも学年でトップだから真面目そうだし、一番受け入れてくれる可能性が高そうだったから。私料理とか家事とかやるからさ、そっちも一人暮らしで大変だと思うし丁度良いと思った」


 まあ、ダンジョンが無かったら俺も正直なところ話し相手でも欲しくて内心嬉しいな、なんて思ったかも知れん。


 そこは予測出来ないから仕方ないが割と打算的だな。


 俺に悪い感情を抱いてなくて、出来るだけ面倒かけないようにするつもりだということは伝わってくるし、なんとかやっていけそうか?


「まあ……それなら、せめて俺に一回確認取って欲しかったところではあるが、今更無理って言うわけにもいかんだろ。だが、友達とかに知られると都合悪いんじゃないか、良くも悪くも俺は有名だ」


「別に……あの家にいなくて済むなら周りが騒ぐのなんかどうでも良く思えるよ」


「そうか……だが、悪いんだがいきなりのことで客人? 同居人? を出迎える準備を全くしてない。一応客間はあるんだが、物置きになってて掃除しないと部屋を用意出来ないんだよ」


「うん、そこまで贅沢言う気はないから……リビングにソファくらいはあるでしょ? しばらくはそこで寝るし大丈夫」


 大丈夫か? いや大丈夫じゃないだろ。ぶっちゃけ親戚っていうか、ほぼ知らん同級生が家に来るんだぞ。俺の精神状態がおかしくなるかもしれん。


 それでも俺の家で、俺と済む方がまだマシだと判断出来るほどの家庭状況って一体……いや、下手に突っ込むべき話ではないだろう。


 あまり感情には出していないが、家を出るってよっぽどのストレスがあるのは想像に難くない。そこを刺激するのは良くない。俺だって親のことで時々過敏な反応をしてしまうんだ。


 あっちだって、わざわざそのことに触れる方が自然なのに触れてきていない。これはゆっくりと距離を詰めていくべきだろう。


 詰めないと生活も窮屈だろうからな。それはじっくりで良い。


「……取り敢えず、結構遅い時間になっちゃったし今日のところは飯食ってから家に帰るってことで良いか?」


「うん。ああ生活費は自分の分は私が出すし、これからバイトもするつもりだから気にしないで」


「そうか。今日のところは俺が奢るよ、ちょっとした歓迎会ってことでな」


「曲直瀬、バイトとかしてるの? あなたが年上の社会人ならお言葉に甘えるのも悪いないけど同い年で奢るとかおかしいんじゃない? そっちだって別に安定した収入があるって訳じゃあないんでしょ?

 一応親戚だから、それくらいの事情は聞いてるよ」


「バイト……じゃないけど、収入源は一応あるよ。だからそこまで気にしなくて良いさ。

 今日のところはそこまで堅苦しく考えなくて素直に俺に奢らせてくれよ。1時間くらい待たせた詫びでもあるんだ」


「その方が気が楽になるって言うんなら甘えさせてもらうね……ありがとう」


 意外にも、と言えば失礼かも知れないが彼女はつむじが見えるくらいにお辞儀をした。


 ***


 夕食の場に選んだのは駅近くのラーメン屋。多分俺の懐を心配して出来るだけ安い店にしたのだろう。そんな気遣いを感じた。


「さっきバイトするとか言ってたが来須は受験組だろ? そう聞いたけど」


「来須じゃなくて、ミレイって呼んで」


「分かったよ」


 来須、と呼ぶとさっきからぴくっと反応しているなとは思ったが親と同じ苗字で呼ばれるのが嫌なんだろうな。ここは素直にミレイ呼びにする。


「それで、ミレイはバイトなんかしてて大丈夫なのか? 両立出来るほど受験勉強は楽じゃないと思うけど」


「あのね、ウチの親じゃ大学の学費は出す気なんてないからね。出来るか、じゃなくてやるしかないの」


 ラーメンが届くまで、今後について少し詳しく聞いておくと、彼女はそう答えた。


 やるしかないか……だな。アテに出来ないならバイトでもして稼ぐしかない。


「俺バイトしたことないけど、未成年って保護者の同意書的なもの提出する必要あるんじゃないのか?」


「それはなんとかなる……そっちはどうやってんの? 親の遺産は多少あるんでしょうけど」


「あ、ああ……俺はちょっとしたツテで知り合いの外国人の観光案内とか買い出しの手伝い的なことを不定期でやってるな」


「英語話せるの?」


「それで小遣い稼ぎ出来る程度には、かな」


 こう言うしかないだろ。ギリギリ嘘じゃないラインのはずだ。先に言っておかないと辻褄合わせにくいしな。同居してるなら完全に隠すのが無理ってもんだ。


「じゃ、じゃあ……英語教えて……空いてる時間でいいから」


「俺に出来る範囲でなら教えられるが」


「そう言えばさ、曲直瀬ってそんなにガッチリしてた? もっとヒョロっとした細いイメージだったけど。それにラーメン大と、ライス大とチャーハンと餃子4人前って何?」


 制服では目立たないが、最近筋肉質な体型になってきた。今日は割と薄手の格好をしてたから目立ったんだろう。


 指摘されてしまった。


 そして、注文した料理が続々と届き、俺の食事量に引かれてる。


「最近鍛えてて腹もよく減るんだよ」


「私の3人分以上だけど、運動する男子ってそんなに食べれるの? こっちが心配になるんだけど」


「ここ替え玉2杯まで無料なんだよな」


「ええ……嘘でしょ……」


 明らかに俺を心配するようなハラハラとした視線を送られながら俺たちは食べながら家事や料理の役割分担について話し合い、お互い満腹になったところで店を出る。


 ……殆どは俺の完食待ちの時間だったが。

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