第5話 真相探る為には


 気が付けば俺は自宅に帰って来ていた。それまでの道中、一体何をしていたのかも朧げなまま、顔を上げると玄関にいたのだ。


 例のニュースについて、他の人の意見や情報を集めて精査してみる。もっと詳しい事情が知りたい。


「ソースはネットで暴露系やってる奴へのタレコミか……」


 ハッキリ言って、信用に値しない情報源だ。


 この手の話は陰謀論と言っても差し支えない。一々間に受けて振り回されるのも馬鹿らしい話しだ。


 ……だが、そういう可能性もある。そんな何パーセントかも分からない話が俺の頭の中に入り込んでしまった以上、真偽を確かめたい。


 そう思わせるだけの魔力がこの話題にはある。嘘なら嘘で良い。仕事をしていた途中の不慮の事故はハンターにはつきもののリスク。


 悲しいが、ハンターとして生きてきた両親の終わり方がそれならば、納得は出来る。


 だが、誰かの悪意によって命を落としたのならそれは絶対に許容の出来ないことだ。


 ***


「それで、マスターはどうしたいのですか?」


 マンションのリビングで椅子にちょこんとメイド服を着て座るブランカという非日常的な光景にも慣れて来た。


 俺の話を静かに聞いて、今後の具体的な動きについて尋ねられた。


「真相を知りたい。全くの出鱈目だった場合はこの情報源のやつは、ただじゃあおかない……俺の親の話で承認欲求と金を稼ごうとするやつを野放しにするほど俺は優しくない」


「ご両親の尊厳を守ろうとする息子、という時点で優しいと思いますけどねマスターは」


「復讐は何も生まないとか、それをしてご両親は喜ぶと思いますかとか、そんなよくある説得をして俺を止めようとはしないんだな」


「ダンジョン・コアですから、人間の倫理は表面上真似しているだけで、基本的にはマスターのご意向に沿うサポートをするのが仕事ですからね。人を殺してはいけないとか、傷つけてはいけない、といった理屈は知っていても感情が発生するわけではないので」


「その方が俺としては助かるけどな、これで倫理的な話でお茶を濁されたらたまったもんじゃない」


 ブランカは俺とダンジョンが最優先。たとえ俺が人を殺そうと、それが精神の安定に必要なことであればサポートする。そういう姿勢らしい。


「まずはその情報源に直接話を聞くってところだろうけど」


「出版社とは違ってSNSの匿名アカウントですからね、難しいでしょう」


「ああ、俺が曲直瀬夫妻の息子だって分かれば、それすらネタにするだろうな。だから、それが分かってしまうような接触の仕方はするつもりはない」


「なんとか秘密裏に突き止めたいってことですか?」


「そうだな。俺が調べてるって誰にも知られたくない」


「なら、結局のところ当初の目的通り、ダンジョンを踏破していきあらゆる力をつけて、情報が流れてくるような立ち位置になる必要があるのでは?」


「だよな……うん、俺もなんとなく分かってたんだ。だから、これは自分の頭の中を整理したいって言うか、気持ちをお前に吐露したかった愚痴みたいなもんなんだと思う」


「構いません。法律上は18歳になった時点でダンジョンへ入ることが自由になりますから、まずはダンジョンというものの理解度を上げて、ハンターの知り合いを増やしたり、理不尽な相手をねじ伏せるだけの力を蓄えましょう。

 そこから先はある程度思い通りに出来るはずです」


「……分かった、まずは理不尽に屈しないだけの力を獲得しないと何も出来ないよな。言う通りだ、あのニュースのことは一旦忘れることにする。

 まずはゼノフィアスの所有する最低ランクのダンジョン攻略に向けて対策を練るか……」


「東京郊外の山奥にある場所ですよね、確か……御岳山ダンジョン……」


「ああ、あそこはモンスターも弱いし、アイテムをショボいから初心者向けって謳って開発してもう全く山中って感じさせないくらい宿とか店とかあるらしい。

 俺みたいな高校生とか大学生くらいでちょっと強さに自信があるような素人が遊び感覚で行くような半ば観光施設みたいなところだ。

 ダンジョンの産出品による収益よりは観光業で稼いで場所だな、まずはあそこをぶっ壊してやる」


「とは言っても一人なら油断出来る場所ではないと思いますよ、どんなにランクが低いと言ってもダンジョンであることに変わりはないのですから」


 それはそうだ。後の調査でサグラダ・ファミリアに出現したダンジョンは中級のランクのものだと報道されていた。


 氷室さんがいて、かなり浅い階層であれほど苦戦したんだ。低いランクだからと言って俺一人で余裕でクリア出来るほど甘くないはずだ。


 最深部は大手ギルドの研修に使われるくらいだし、それこそベテランの引率とパーティを組んでの攻略。

 簡単なはずがない。


「ん? おじいちゃんから電話か珍しいな。もしかしてあのニュース見て心配でもしてんのか? 悪い、ちょっと電話出るわ」


「はい」


 ブランカに断って電話に出る。このマンション内であれば電波が通じるという謎仕様のおかけでサミュエル殿下も自室に篭ってネット三昧だからな。


「もしもし、どうしたの?」


「紫苑元気しとるか〜?」


「ああ、俺は元気だけど。もしかしてニュースの件? それなら心配しなくていいよ?」


「はぁ? ニュース? 何のことを言っとるんじゃお前は……じいちゃんはちょっとお前に頼みがあって電話しただけなんじゃが」


「そうなの……で、頼みって?」


 そうだよな、うちのおじいちゃんがネット使いこなしてあんなニュース見てるはずがないか。まだテレビでは報道されてないみたいだし、あくまでネット上の一部で知られてる噂程度の信憑性だしな。

 俺がちょっと神経質になっていただけだ。


「紫苑お前今、家で一人暮らしじゃろう?」


「そうだけど?」


「ちょっとな……じいちゃんの遠い親戚の子が親が揉めててあんまり良くない感じの家庭状況なんじゃよ。それで、その家の子がお前と同い年なんじゃが、しばらくそっちに住ませてやってくれんか……って相談での」


「えー……いきなりだな。まあうちは広いし一人くらいちょっと住むくらいには十分スペースあるけど、赤の他人だろ〜?

 知らん人と一緒に住むのは抵抗あるんだけど……」


「赤の他人じゃなくて一応親戚じゃよ。小さい頃、親戚の集まりで遊んでおったの覚えとらんか〜すみれちゃんって子」


「すみれちゃん……いた気がするけど、全然記憶にないな。てか、女の子かよ。それどうなの? むしろあっちが嫌でしょ」


 おじいちゃん……いくらなんでも男子高校生と女子高校生が同棲って外聞よくないぜ? 保護者もうちには居ないんだからさ……そこらへん昔の人は感覚が違うのか?


「大人しくて良い子じゃから、話聞いてたら可哀想でな〜父親がアル中になってて母親は不倫してでめっちゃくちゃなっとるんじゃ。

 受験の大事な時期ってことで安心して暮らせる場所どっかないか〜言うていとこの婆さんに聞かれて、お前がおったな〜思ってな。それじゃ18時くらいに駅に着くから出迎えしてやってくれ〜」


「はっ!? おいおい! もう決定事項じゃねえかそういうのは相談って言わねえだろ!?」


「大丈夫大丈夫、親戚言うても遠過ぎて近親相姦みたいなことにはならんから。お前も一人じゃ寂しかろう思って、まあ生活費は持っとるみたいだから仲良くせい〜」


「そんな心配してんじゃねえよ!? てか何言ってんだおじいちゃん!? ……切りやがった!? なんで年寄りは異常に電話切るの早えんだよ!?」


「マスター、事情は何となく聞いてたので分かるんですが……ここを知られるのマズイですよ」


 ブランカの顔色も悪い、だが俺は吐きそうなほど青ざめている。


 生活費とかそんな問題じゃねえって。親戚とか関係ねえって。寂しくないから。


 ブランカもいるし、うちにはお客がしょっちゅうくるんだ。サミュエルとだってゲームして遊んだりしてるし全然話し相手にも困ってないってのに勝手に気を回して良いことした気になってるな!?


 昔からそうなんだよ、困ってる人がいたらすぐ金貸したりとか、なんでもかんでも助けて、犬も猫も拾ってきておばあちゃんに怒られてんの俺は知ってるんだ。


 嫌いじゃねえよ? おじいちゃんのそういうところ。


 でも、その災いが俺に降りかかってくるってなると話は全く変わってくるだろうが!


 なんで、自分の家で他人の機嫌気にしてビクビクせにゃならんのだ、女子高生なんて一番一緒に生活するのに向いてない相手だろうがよ!


「取り敢えず、迎えに行くしかないでは……?」


「そうなるのかあ……」


 だが、そのすみれちゃんとやら自身に罪はない。


 頼れる親戚がやっと見つかってホッとしてるのか、不安なのかは分からないが、困ってて住む家が必要なのは事実なのだ。


 家族のゴタゴタで困っているという状況は俺にだって理解できる。いや、むしろうちのカスみたいな親戚のせいで人生が台無しになる人間が増えるのは嫌だ。


 あああああああああ……こりゃ家系だな。口では嫌とは言いつつも助けてあげようって内心ではもう思っちゃってる俺がいる。


 問題はダンジョンのことを隠蔽出来るか、だよな。


 こればっかりは表沙汰にされたら都合が悪い。俺の生命線だしな。だが、サミュエル殿下ことしっかりオタクになりつつある男の引率や、グードバーンの物資の買い出しなんかは絶対にうちの地下から玄関を経由しないと家に出られない。


「どうすりゃ良いんだよ……」


 頭を抱えながら俺はすみれちゃんとやらを迎えに駅に向かった。

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